第80話 京への知らせ
9月下旬
ゴエモン達が伊賀に向かってからひと月近くが過ぎていた。
戦場からの便りはなく、京の町に広がる噂は
「伊賀の村々は皆焼き尽くされているそうな」
「村だけじゃなく人も皆斬られるか焼かれるかみたいやで」
「幼子も、年寄も撫で斬りだそうだ」
「平楽寺という寺では僧侶が七百人も切られたそうな」
「織田はんの治世はきっちりしててよろしいんですけどなぁ。一度怒らせると人ができない事平気でされるさかい、怖いお方や。」
という恐ろしいものばかりだった。
「ゴエモン達どうしているかな?」
左輔が右近に聞いた。
「あのお方たちはご無事でしょう。ゴエモンさん、サイゾウさん、隼人様、そこいらの連中じゃ手も足もでませんよ」
そんな話をしている時、風結庵に霞が飛び込んで来た。
「左輔様、千草様すぐに伊勢屋にお越しください!」
「どうしたの?五平が帰って来た?」
霞のあまりの勢いに千草が目を丸くしている。
「俺これから右近と出かけるんだよ。」
左輔も不服そうな顔をしている。
「もう!いいから来てください!右近さんも、朧姉も!朱音も!」
最近少しつわりが出て来て辛そうな朧が「私も?」と首を傾げている。
5人は訳もわからぬまま、伊勢屋に向かった。
伊勢屋に着き、2階に上がり霞が襖を開けた瞬間、千草と左輔が驚きの声を上げた。
「母様!」
「母上!」
二人は人目も憚らず、母の胸に飛び込んでいった。
「おうおう、左輔に千草。息災でしたか。長く放りっぱなしで済まなかったね。」
左輔も千草も泣いていた。
これまで母を心配しない日はなかったが、それをおくびにもださず、日々過ごしてきた反動か、幼子のように大声で泣きじゃくっていた。
「お方様よくご無事で。」
右近も朧も感慨深そうに親子の対面に目を細めている。
やがて千草が顔を上げ、
「母様どうやってここまで?」
「隼人達と平成の里の者達が落としてくれたのです。」
ミツは百地砦の最後の攻防の様子を左輔らに語った。
あの懐かしい砦が敵の手に落ちたことを思うと、百地党の胸は締め付けられる思いだった。
「それから一度平成の里に立ち寄り、数日様子を見ていましたが、敵の前線がどんどん伊賀の奥に進むにつれて、国境付近の警戒が手薄になってきました。下手に戦が終わると落ち武者狩りが厳しくなるので、今のうちの方が街道を行きやすいだろうと、隼人、玄十、弥太郎が護衛して京まで連れて来てくれたのです。」
「隼人様が京に!」
思わず朧から声が漏れた。
それを聞いたミツは柔和な瞳で朧を見つめる。
「朧、ややができたそうですね。やっとあなたも女子の幸せ掴んだようで、大変うれしく思っていましたよ。これまで千草の面倒を見てくれた恩は忘れません。」
「そんな、勿体ない...」
朧は慌てる。
「隼人達は私をここに送り届けるとすぐまた伊賀に戻って行きました。あなたの顔を見てしまうと、張り詰めた気持ちが緩んでしまうかもしれないから、戦が終わるまで戻らないとのことでした。」
「そうでしたか...」
隼人らしいと朧は思った。
「でも、あなたに言伝を預かってます。『体をいとえ。無理はするな。必ず帰る』と」
朧の頬を涙が伝った。
「あの隼人がこんな言葉を女子に言うようになるとは…。朧、隼人はあなたに惚れこんでおりますぞ」
ミツにそう言われ朧の涙は止まらなくなった。
無事でいてほしい。
そして早く帰ってきて欲しい。
考えないようにして、気丈にふるまっていたものが全て崩れ去り、朧はくのいちではない一人の裸の女に戻り、ただ泣き続けた。
「丹波様らはどうされたのですか?」
右近が聞く。
「私も殿が夜襲をかけている間に抜け出したので、正確なことはわかりませぬが、戦う意志ある者は後方の柏原城を目指せ、と言っていたので、恐らくは柏原に...」
そう言ってミツは虚空を見つめていた。
「それから、平成の里の三太夫から手紙を預かってきております。誰かこれを風結庵のアヤカという者に...」
そう言うと母にすがって泣いていた左輔が涙をぬぐい、
「俺が行って届けてくるぜ!」と言って手紙を受け取ると、脱兎のごとく飛び出していった。
きっと子供のように泣いたのが照れ臭かったのだろう。
「相変わらず、左輔は元気ね…」
ミツが嬉しそうに呟いていた。
左輔が三太夫からの手紙を持ち帰ると、アヤカは逸る気持ちを抑えて風結庵の主だったものが集まるのを待った。
夕方救済所の仕事を終えたオユキらが戻ると、皆を風結庵の2階に集めた。
「どうなったんだろう」
誰もが情報を欲していた。
アヤカが手紙を読んだ。
中でもゲンさんが亡くなったことについては、皆驚き、憤り、そして涙を流して悲しんだ。
「ゲンサン…癌の痛みも辛かっただろうな…ある意味苦しみから解放されたのかもね…」
オユキがそう言うとアヤカも泣きながら頷き
「最期看取ってあげたかった…」
と肩を震わせた。
男たちもぶっきらぼうながら、本当は優しくて、常に若い者の代わりに危険な事を担ってくれたゲンさんを偲んだ。
そして落ちてきた女性の開いた道からシホ、マサ、ユウ、マイ、ショーゾーが未来に戻ったことが伝えられると、一同複雑な表情を浮かべた。
「本当に帰れたのかな...」
「どこか別な場所に飛ばされた可能性もあるぞ。」
「それでも帰れる可能性があるなら、俺なら帰るな。」
そういう会話が弾んでいる中、アヤカとオユキは夫が帰れるにも関わらず、自分達と子のことを思って残ってくれた事に思いは複雑だった。
そんな雰囲気を察したオキョウが、二人の横に来て微笑みかける。
「なぁに暗い顔してんの?二人ともサイゾウとゴエモンが自分の為に無理して残ったと思ってんでしょう?」
「…だって、誰だって帰りたいに決まってるじゃない…」
アヤカがか細い声を絞り出す。
「バカね~、あんた。じゃあ逆の立場ならあんた一人で帰る?」
オキョウにそう言われ、二人とも即座に首を振った。
「人はさ~、どこで生きるかじゃない。誰と生きるかだと思うよ。マイとショーゾーは二人一緒だったから帰ったんだよ。どちらか一人だったら、相手を置いていくもんか。」
オキョウはアヤカとオユキを代わる代わる見つめながら続ける。
「アヤカもオユキも、確かに未来に帰る方が楽だし、いいことかもしれないけど、そこにサイゾウやゴエモンがいないとしたら、虚しくない?不便でもここがいいって思うよね。」
二人は何度も頷く。
「だから、自分たちがお荷物のように考える必要はないんだよ。どんな時代に生きても、お互いが居ればいいなんて相手に巡り遭えたなんて素敵なことじゃないか。」
そう言ってオキョウは二人を抱きしめた。
「帰るなら、一緒じゃなきゃダメだよ」
京で居場所を見つけている風結庵の者達は、帰れた者を妬む者はいなかった。
直ぐに笑顔になり、
「戻ったマイ達、あっちで早く普通に暮らせるようになるといいね。」
「うん。きっとテレビとかに追われるんだろうね。不思議な事件として特番組まれたりして。」
「新しく落ちてきた子、すぐに戻れてよかったね。」
皆ここが居場所だと思っている。
そして懐かしい平成の里を思う。
「戦が終わったら一回帰ろう。帰ってゲンさん弔ってあげなきゃ。ゴエモンもサイゾウさんもきっと待ってる」
アヤカが涙ながらに言うと皆ももらい泣きしながら里を思いだしていた。
間もなく第二次天正伊賀の乱は終わる…




