第79話 決闘
ゴエモンと左近は正対し身構えている。
槍の間合いは遠い。
ゴエモンは間を詰めなければ勝機がないが、槍の名手である左近はそれをさせない。
左近は常にゴエモンの正面に槍を構えようとする。
正面だと槍の長さが確認できない。
左近が少しずつ槍を引き一気に突き出そうとするのを、ゴエモンは左近の右へ右へと円を描くように移動し、槍の間合いを常に確認できるようにしている。
それに右利きの左近の構えでは右への対応が遅れる。
ジリジリとそうした間合いの取り合いが続く中、左近が正面から突くのは無理として、手にした槍を大きく旋回させ始めた。
槍の穂先が鼻先を掠める。
ゴエモンの黒覆面が切り裂かれ、鼻と口が露わになった。
旋回する槍の間合いに飛び込むこともできず、ゴエモンはジリジリと下がっていく。
この様子を囲むように注視していた筒井の兵が、下がってくるゴエモンに対し斬りつけようと槍を構えた時、
「手出し無用!俺の楽しみの邪魔をするな!」
左近が大音声に叫んだ。
戦いの最中なれど、ゴエモンも左近らしいと思い口の端に笑みが漏れた。
「余裕だな、小僧。その笑み最後まで保てるかな?」
左近も嬉しそうに笑う。
ゴエモンも緊張と同時に湧き上がる興奮を抑えきれないでいた。
両軍の全ての目が注がれる中で、音に聞こえた豪の者との一騎打ち。
プロレスのタイトル戦を思い出す。
だが、戦況は圧倒的に不利だ。
左近の槍捌きが凄まじく、取りつくしまが無い。
思い切って穂先の内側に飛びこんで、柄の部分を受け止めるかも考えたが、線鋼で補強されたあの豪槍を体で受けると、恐らくひびの入っているあばら骨が持たないだろう。
後ろにもこれ以上下がれない。
前に出る素振りで誘いをかけると、旋回させていた槍を瞬時に持ち替え、振り下ろすや否や、その反りを利用した反動で振り上げる。
線鋼で柄の部分を強化しているのに、まるで鞭のように左近の槍は多彩に変化する。
恐るべき膂力と槍さばきである。
(こんな化け物近づけるものではない…)
それどころかゴエモンの脛、二の腕など、いつの間に斬られたのか、衣服が裂け、血が滴り落ちていた。
(どうするか…)
ゴエモンは右手の視線の先にある一本の杉の木が目に入った。
瞬間一つの策がひらめく。
(イチかバチか、やってみるか)
上手くいく自信はないが、このままでもいずれ左近の槍でなますの様に切り刻まれてしまうのがオチだ。そう決断すると、ゴエモンは杉の木の方に向かい駆けだした。
左近は後に続きながら叫ぶ。
「どうした!打つ手無しで逃げ去るのか?」
杉の木の手前、行く手を塞がれた形になったゴエモンの背に向かい、左近は豪槍を突き出した。
その時、ゴエモンは杉の木の幹を3歩駆け上がり、宙返りして槍を突き出した左近の後ろに着地した。
ゴエモンがプロレスで得意にしていたサマーソルトキックの要領である。
相手の直ぐ背後を取ったゴエモンは、そのまま左近の体に密着し、足を取ると前方に回転してビクトル式膝十字固めを決める。
渾身の力を絞り極められた左近の膝は、メキメキと音を立てて粉砕される。
だが、左近はそれを物ともせず。鎧どおしを抜き放つとゴエモンめがけて突き下ろしてきた。
ゴエモンは咄嗟に極めていた膝を離し、飛びのいた。
「やるな…小僧!」
左近が不敵な笑みを浮かべつつ、立ち上がろうとするが、膝を壊されて立ち上がれない。
「もう終わりにしましょう」
ゴエモンが言うが、左近は
「まだだ。終わりというなら俺の首を取ってからにしろ」
そう言うと、豪槍を杖にして再び立ち上がった。
「そんなことできません」
ゴエモンが言うと、左近は、
「勝った相手に情けをかけるは武士に対する最大の侮辱。お主がこの首価値無しというなら自らこの腹かっ捌く!」
そう言うなり左近は、再び鎧どおしを引き抜き、立ち腹を詰めようとした。
「待てい!左近、自害することまかりならん。」
筒井順慶が馬上から叫んだ。。
「左近、見事な戦いだったぞ。この何とも鬱々とした気持ちにしかならない伊賀攻めにおいて、初めて男と男の勝負を見た。そちらの忍びもあっぱれだ。」
ゴエモンは順慶に向かい膝をつき、告げる。
「先ほどの戦い、本来であれば私の負けでございます。この囲まれている状況で島様が一騎打ちとしていただけたからこそ、ああした奇策が通用しただけで、本来であれば私は筒井様の軍勢に取り囲まれ討ち取られていたのですから。」
「うむ。儂にとっても左近は余人をもって代え難い忠臣。ここで死なれては困る。そこで、左近の首に代えてお主らを通すことで手打ちとしてくれんか」
順慶がゴエモンと左近を見つめて言う。
左近は
「殿の仰せのままに…」
と言って手にしていた鎧どおしを鞘に納めた。
ゴエモンも
「ありがとうございます。」
と言って一礼した。
順慶は通りを塞いでいる自軍の将兵に向かい
「道を開けよ!」
と指示した。
やがて開いた道を百地丹波らが粛々と通り過ぎる。
サイゾウは左近を見つけると走り寄って来た。
「島様、ご無事でなにより!」
「阿呆!お前のとこの忍びに足を壊されたわ!」
そう言いながら笑っている。
そして真顔になり
「サイゾウ、柏原は背水ぞ。もう後ろはない。
かの地で戦うのもいいが、お前の子らが待っておろう。命大事にせよ。」
「はい。私は恩人を救うために戦っております。自ら命を捨てることはいたしません。」
そう言って笑うサイゾウに、左近は豪槍を差し出す。
「前は貸しただけだが、今回はくれてやる。俺もこの脚では当分戦働きできそうもないからな。」
そう言って笑うと、サイゾウに聞いた。
「俺を倒したあの男、名を何という?」
「石川…ゴエモンでございます。」
「不思議な男だ。使う体術も見たことがないものだが、普通あれだけ強ければ闇を感じさせる部分がある。だが、あやつにはそれがない。命のやり取りだというのに、町道場で強い相手と試合するような清々しさがあった。その熱さにこちらも胸が熱くなる。久々に戦が楽しいと思えたわ。」
「あれは天に愛されている男でございます。あいつに触れると皆あいつのようになっていくのです...」
そう言うと左近も
「俺もなんだかそんな気がしてきたぞ」
二人は大声で笑い合った。
百地丹波は藤林長門と馬を並べていた。
「お主がいるということは、比自山も落ちたか。」
丹波が言うと
「落ちたわけではない。散々に打ち破ってやったが、あそこに籠っていても最後は追いつめられるだけだから、兵を損じる前に皆で抜け落ちてきたまでよ」
長門は不敵にほくそ笑んだ。
「いずれにしろ、柏原で最後だな。」
「あぁ。お主と共に戦ったことはないが、共に最後は…」
そう言いながら一行は柏原城の門をくぐっていった。




