第76話 里の運命
ゴエモンは三太夫、サイゾウと共に崖を登り、裏山からまた平成の里へ戻った。
途中三太夫が、
「そう言えばお前達、織田の重囲の中どうやってここまで来たんだ?」
と今さらながらに聞いてきた。
立て続けに起きる大きな事態に、そんなこと聞く暇も無かった。
「それは、これからわかりますよ。」
ゴエモンが少し意地悪そうな笑みで答えた。
里を調べていた矢野重政らの足軽小隊は、神社以外の建物を調べ上げ、人影も無く、特に目ぼしい財物もない事を確認した。
残るは神社だけだった。
ここが敵の本丸なら、立てこもっている可能性もある。
散っていた各隊をまとめ、矢野は10人を率いて神社に突入した。
残りは外からの奇襲に警戒させた。
慎重に神社の拝殿の扉を開け、中に入ると血の臭いが漂ってた。
一同警戒心を強めながら進むと、正面に一人の遺体が着物を掛け安置されていた。
兵の一人が恐る恐る着物を剥ぐと、年配の男性が槍に刺され亡くなっている。
皆ハッとしたが、矢野は手を合わせ「武士の情けだ、元に戻しておいてやれ」と言うと、再び着物がかけられた。
神社の拝殿にはそれ以外特に何もなく、横に広間に通じる扉がある。
そちらの方から何やら物音がするのが聞こえると、一同はまた慎重にそちらに進んでいく。
扉を開け、渡り廊下を抜けると集会所の様な広間に行きついた。
その真ん中に、縄で縛られ、口に猿ぐつわをされた、斉藤茂助ら5人がいた。
それに気づいた矢野は走り寄り、茂助の猿ぐつわを外してやった。
「大丈夫か?怪我はないか?」
言いながら矢野は短刀で茂助らの縛られていた縄を切り、5人を解放した。
「おぉ、ありがとう重政、助かった。」
斉藤茂助は縛らていた手首をさすりながら笑顔を見せた。
そして一端外に出た。
矢野が再び事情を聞く。
「ここは何だ?神社だけの変わった集落だが?」
「あぁ、何でもここは神仙を祀る守り人の集落らしい。」
「襲われたのか?」
「いやいや、俺たちが悪いんだ。ここの住民は逃げ去り、年寄二人だけが神仙の努めを果たす為残っていたのよ。」
茂助以外の4人も頷いている。
「その時な、本当に出たんだ、物の怪が。」
矢野の兵がざわつく。
「それで気が動転しちまってよ、三左のやつが槍を振るっちまったのよ。そしたらそれがあの拝殿に安置されていたじいさん当たっちまってな。悪いことに命奪っちまったのよ。」
三左という男は本当に済まなさそうな顔をしている。
「その後の事は何も覚えておらん。いきなり気を失って、気づいたらあの広間に縛られていたというわけだ。多分、あの物の怪の祟りだったんだろうけど、ここの守り人の爺さんが守ってくれたんじゃねぇかな。」
なんとも信じがたい話だが、相手の一人を殺したにも関わらず、五人の命を助けたことは、きっと敵意の無い事を示したいのだろうと、矢野は思った。
「それでその生き残りの爺さんはどこに行ったんだ?」
「さてな。俺らは気を失っていたから、その後の事はわからん。」
「うむ。まぁ、ともかくお前たちが無事だったんだから良しとするか…」
そう言って引き上げようとする矢野に向かって、兵の誰かが言った。
「この里焼かなくていいだか?通りがかりの村落は皆焼けって命令だべ。」
すると茂助は慌てて制した。
「やめろやめろ!ここを焼き討ちしたら三代まで祟られるって話だ!実際俺たち物の怪見てるからな。本当に祟られるぞ!」
それを聞くと、焼き討ちを言い出した兵も口をつぐんだ。
矢野重政は里を見渡し、
「本来進軍の道筋から外れている里だろうから、本当は我らも立ち寄る予定の無いところだ。茂助らも殺さず生かしておいたのは、里を見逃して欲しいという意図だろう。それに免じて我らもここは見なかったことにして通り過ぎようではないか。」
そう言って矢野は進発を命じた。
矢野の小隊が、里から消えて行く時、最後尾にいた茂助ら5人が振り向き、木陰から様子を見ていた三太夫に向け手を上げた。
三太夫、サイゾウ、ゴエモンもそっと姿を見せ、手を振った。
時を遡り―ゲンさんが刺された直後
ショーゾー、マサ、ユウが走り寄ってくる方向に斎藤茂助らは槍を構えていた。
それをゴエモンとサイゾウが背後から不意打ちし、5人を生け捕りにした。
ゲンさんを神社に安置した後、三太夫は茂助らに話しかける。
「わが友を刺殺され、俺は本当に憤っている。お前たちはこうして捕らわれている。怒りに任せお前たちを刺し殺しても構わない。」
三太夫はじめ里の者すべてが憤怒の表情で五人を睨みつける。
茂助ら五人は何も言えず俯いている。
「…だが、お主ら五人を誅殺しても、あの元太という男は喜ばない。あの男はこの里を心底愛していた。」
そう言う三太夫の顔は憤怒から悲しみの表情に変わっていた。
「お主らも国に帰れば故郷があり、家族があろう。お前たちの帰りを待つ家族から、旦那や父親を奪いたくはないのだ。」
ゲンさんを刺した三左という男が涙を流して声を振り絞る。
「すまんかったな…。物の怪が怖かっただけで、あの爺さんもこの里にも何の恨みもなかったのに…」
他の者も言う。
「そもそも俺たちもこんな作戦おかしいと思ってんだ。無抵抗の村を焼き尽くす時の女子供の悲鳴と泣き叫ぶ顔…それが頭から離れなくておかしくなりそうなんだ…」
「そうかそうか。お主らも大変なことはよくわかるぞ。そこでだ、お互いもう無駄な血を流したりするのはやめようじゃないか。俺たちはお前たちを生かす。恐らくお前たちの戻りが遅いことで援軍がくるだろう。そいつらを上手く言いくるめ、なんとか里を残して欲しい。それが間違って殺めてしまった俺の友が一番望んでいたことだ。」
そう言って三太夫はじっと茂助の瞳を覗き込んでいた。
「わかった。俺たちも命を救われた恩義には全力で報いるから。あの爺さんのことは許してくれ…」
・・・・・
「うまくやってくれたな」と三太夫。
「はい。ゲンさんが身をもって守ってくれたんですね…」
ゴエモンが神社の方へ目をやり手を合わせた。
「元太…お前のおかげで里は救われた。ありがとう…」
そう言うと三太夫は膝をつき大声で泣いた。
里はとうとう三太夫一人になってしまった。




