第74話 平成の里へ
平成の里にも織田軍の脅威が迫っていた。
人が少なくなった平成の里は、皆神社の大広間で生活していた。
偵察に行っていたショーゾーが戻って来て報告する。
「織田の軍勢が直ぐそこまで迫ってる。この方面を来るのは滝川一益配下滝川雄利の隊じゃないかと。」
「いよいよか。」
マサが呟く
「滝川の軍勢は、正に焦土作戦を実戦しているぜ。道中の村々は皆焼かれてる。既にこの山の麓、我らが交易によく行っていた村も焼き討ちが始まってるけど、村人は百地砦に逃げ込んでいるからもぬけの殻だ。」
「そうか。滝川隊の通り道というのは運が悪かったな。だが雄利の隊ならば一縷の望みがあるかもしれん。」
三太夫がそういうが、一同は理由がわからない。
同じ滝川一族なら考えが同じなのではないか、と思っていた。
だが、そこは歴史学者の三太夫、冷静に理由を説いて聞かせる。
「滝川雄利は滝川性を名乗っているが、元は伊勢出身の僧であったはずだ。信長の伊勢侵攻の際に見出され、滝川一益が還俗させ娘婿としたと聞いている。」
「調略に長けた謀将だが、僧であったということもあり、話が通じる可能性はある。」
だが、そうはいってもこの状況楽観視は禁物だ。
「滝川の兵が来たなら俺と元太が出迎える。マイとシホは万が一に備え、俺の庵の地下の隠し部屋へ避難していろ。」
二人は緊張した面持ちで頷いた。
「ショーゾーとマサ、ユウは山に入り隠れて様子を見ていろ。俺と元太が問答無用に切られらた時は、地下道の抜け道の先からマイとシホを救出して逃げろ。」
皆無言で頷く。
「あとは運を天に任せよう。だが、皆最後まで生きることを諦めるんじゃないぞ。」
三太夫はそう言って一人一人の顔を見つめて微笑んだ。
滝川雄利の隊は、平成の里麓の村を焼き討ちしていた。
もうもうと立ちのぼる火柱を見つめながら雄利は内心嘆息する。
(利発な我が殿が伊賀のことになるとどうしてここまで苛烈になるのか。このような寒村討ち捨てたとて何の脅威にもなるまいに...)
そう思っても、実質的にこの伊賀攻めの作戦は滝川一益が中心となっている。
心情とは別に、課せられた使命は果たす。
雄利とはそういう男であった。
「焼けるのを待っても仕方あるまい。先を急ぐぞ。」
側近にそう言った時、後方の組頭から伝令が来た。
「後方で山上に繋がる細い道を見つけたとのことです。」
そう言われて雄利は山の方に目を凝らした。
進軍目標の百地砦の方とは逆方向で、事前の報告ではこの山に村落があるという報告は聞いていなかった。
「獣道ではないか?」
雄利はそう聞き返す。
「さて、私にはわかりかねます。」
伝令は直に見ていないことを曖昧に答えはしない。
「それもそうだな。数人物見に行かせよ。我らはゆるゆると進んでいるので、確認後追いついて来いと伝えい。」
そう指示すると雄利は馬を進めた。
足軽小頭の斉藤茂助は5人の部下を連れて山道を登っていた。
「こんな辺鄙なところに人なんて住んでなかろうに」
「まったく、今回の作戦は異常だわ。武器を持たない女子供まで皆殺しなど、やらされるこっちの気がおかしくなるわ」
「我らとて国に帰れば百姓だ。焼かれる女子供が、女房やガキどもの顔に思えて見てられんぜ」
同郷の百姓が徴発されてきた小隊という気兼ね無さが、口々に今回の作戦の不満を吐き出させていた。
やがて木々が開け、平成の里の入口に辿り着いた。
「おい…」
「ああ、隠れ里かのぉ」
「だが小さな里だな。神社らしき建物以外、ろくなものがないぞ。」
「人の気配もないな...」
茂助らの一行は、槍を構えながら恐る恐る広場の中へ入って来た。
「おい、人がいるぞ!」
一人が声を発する。
広場の正面、里の炊事場の方から三太夫とゲンさんがゆっくり歩いて来るのが見えた。
「と、止まれ!それ以上動くな。」茂助が叫ぶ。
言われて二人は足を止め、両手を上げて害意の無い事を示した。
茂助ら5人は周囲を警戒しながら少しずつ三太夫に近づいてきた。
「おい、ここは何だ?普通の村落だとは思えぬ。他の住人はどうした?」
隊長の茂助が緊張しながら問いかける。
三太夫は微笑を浮かべ、相手の緊張を和らげるべく、ゆっくり落ち着いた口調で話し出した。
「お役目ご苦労さまです。我らはこの神仙の山の守り人でございます。他の守り人らは、戦の前に逃げ落ちました。」
「神仙の山?」
「はい。古来この山には神仙の力が満ち、時々人ならぬものが現れるとされております。
そのため、普通の人は祟りを恐れてこの山に足を踏み入れません。我らは特別な神託を得て、この地で神仙を崇め奉り、そのお怒りに触れぬよう祈りをささげることを務めとする者でございます。」
神仏の祟りが普通に信じられていた時代である。
里の中にも神社以外目立つ建物もないことが、三太夫の言う事に真実味を持たせていた。
「そんな祟りがある山に足を踏み入れた俺たちはどうなるんだ?」
兵の一人がひどく慌てている。
「なぁに、問題はございません。我らはそのためにここに残っているのです。神仙へのお務めはしっかり果たしておりますので、少々立ち寄られたくらいの皆様に祟りが起きることなどございません。」
三太夫がにこやかに言うと、茂助ら一同に安堵の色が浮かんだ
「ただし…」
三太夫が少し口調を強くすると、一同また緊張した。
「いま織田様の軍勢が当地で行っている焼き討ちのようなことをされたならば、神仙の祟りあるは必定。皆様のご家族は三代まで祟られることになるでしょう。」
三太夫の目つきは鋭く、隊長の茂助を睨みつけた。
一同は青い顔になり、内輪で話し出す。
「おい、こんなおっかねぇ里焼いたら大変なことになるべ」
「んだ。大体俺たち以外誰も知らねぇとこだ。何にも無かったって報告すりゃ問題にもならねえべ。」
三太夫は内心上手くいきそうだと安堵していた。
やがて相談が終わると、茂助が三太夫の前に進み出て言った。
「俺たちは何も見なかったことにするから、俺たちに祟りが起きないよう、しっかり神さんに祈ってくれや」
「勿論でございます。お帰りの道中お気をつけてお帰りください。」
そう言って三太夫とゲンさんはうやうやしく頭を下げた。
「よし、帰るぞ!」
茂助らは里の出口に向かいかける。
その時…
「良かったー!やっと人がいた。もう知らない山で道もわからなくてどうしようと思ってたから…」
という声が里の広場の先から聞こえた。
居合わせた全員がそちらを振り返る。
「…あれ、映画か何かの撮影?私、邪魔しちゃった?」
三太夫はギョっとした。
せっかく全て上手くいったと思った矢先
(よりによって、こんな時に落ちてくるとは...)
声の主は20代と見える女性だった。
ピンクのウインドブレーカーに大きリュックを背負っている。
髪の色も金髪にピンクのメッシュ、目には同じくピンクのカラーコンタクトをしていた。
戦国時代の人間にとっては正に異形の者だ。
「こ、これが、物の怪!?」
「祟られた、我らは祟られたのか!」
茂助らはパニックになっていた。
三太夫は咄嗟にどうするか考えるが、良い考えが浮かばぬうちに、当の女は茂助らに近づいていた。
まずい、と思いゲンさんと三太夫は走り出していた。
驚きおののき槍を構えている兵の槍を指差し
「時代劇ですか~?すっごいこの槍。本物みたーい。」
女性は強烈な香水の香りをまき散らしている。
この時代では到底嗅ぐことのない、甘酸っぱい香り。
それがまた日頃肥えの臭いにまみれて働く百姓足軽たちには怪しいまやかしに思えた。
「なんだ、この怪しい匂いは!」
「物の怪が人をたぶらかすためのものか?」
恐怖にかられている兵士らは、パニックになり、とうとう槍の穂先を女性に向けた。
「おのれ物の怪!成敗してくれるわ!」
槍を構えていた兵の一人が緊張に耐えられず槍を振り上げた。
女もさすがに芝居ではない事を悟り、悲鳴を上げへたり込む。
目を瞑り槍を振るった兵は、グサっと刺した感触で目を開けた。
槍は三太夫と一緒にいた男を刺し連ねていた。
ゲンさんが女性を突き飛ばし、自ら槍を受けていた。
「元太!」
三太夫が駆け寄る。
「嬢ちゃん大丈夫だったか...?」
そう言って笑みを浮かべると、ゲンさんは三太夫の腕の中で意識を無くした。
「キャー―――――」
本物の槍により目の前で人が刺されたことで、女もパニックになった。
「ええい、こうなったらこいつらまとめて…」
敵もパニックになっていた。
ショーゾー、マサ、ユウが樹間から飛び出してくる。
「やはり伏兵がいたぞ!」
茂助らがショーゾー達に向かい身構えている背後から、何者かが5人を襲い、兵らはその場に倒れ込んだ。
三太夫が顔を上げるとそこには、ゴエモンとサイゾウが憤怒の形相で立っていた。
「ゲンさん!」
ゴエモンはゲンさんを抱きかかえ、傷口を手で塞ぎながら呼びかける。
その呼びかけに意識を失っていたゲンさんが目を開いた。
「…よぉ、ゴエモン。久しぶりだな。」
そう言って必死で笑顔を作ろうとしている。
「ゲンさん、ゲンさん!死ぬな!まだ早いよ!」
ゴエモンが必死で呼びかける。
「バカ言うな。俺はもう限界だ…どうせもうダメな命なら、あの嬢ちゃん助けるために使った方がカッコいいだろ…」
そういうとガタガタと震えだした。
「ゲンさん!信長様が、いや、ショウさんが、『楽しかったな』と伝えてくれって!」
ゴエモンが泣きながら叫ぶ。
「ショウか…。あぁ、楽しかった…」
そう言うと左手を上げて振るような素振りで
「…あばよ。」
と呟いた。
瞬間上げていた手が力なく落ちた。




