第69話 回復
ゴエモンが目覚めたのは、銃撃を受けてから2日後の朝だった。
体を起こそうとしたが、胸の激痛でままならない。
アヤカが安堵の涙を流す。
「良かった…。もう起きないかと思った…」
「…俺、どうしちゃったんだ?」
その言葉にアヤカは違和感を覚える。
「覚えてないの?」
「信長様と話をしていて…、敵襲があって、一緒に避難してた…」 そこまで言うとゴエモンはハタと目を見開き、痛みを忘れて上半身を起こし
「信長様はどうなった!?」
とアヤカに向かって目を見開く。
「大丈夫。無事よ。あなたが守ったんじゃない…」
そう言ってそっと晒しの撒かれた胸元に手を当てた。
ゴエモンも自分の胸元を見つめ
「そうか。良かった…」と呟く。
「…良くないわ。」
アヤカが小声で視線を落としながらポツリと言った。
「あなたは他人の為に尽くしすぎ…。自分をもっと大事にしてくれないと。あなたの命はあなただけのものじゃないのよ…」
そう言ってボロボロと大粒の涙をこぼした。
これまで気丈に介抱してきた気持ちのハリが、一気に緩んだのだろう。
ゴエモンはそんなアヤカを静かに引き寄せ 「…ゴメン」と言ってそっと口づけた。
「あまり心配かけるとお腹の子にもよくないからね…。」
アヤカが恥ずかしそうに言った。
「え?!」
ゴエモンは驚き言葉が止まった。
それを見たアヤカはクスッと笑って
「あなたもパパになるのよ。だから自分をもっと大事にしてね…」
それを聞きゴエモンは
「…本当?夢じゃない?」
そういいながら自分の頬をつねっている。
「俺が父親になる…、俺が…」
うれし涙が溢れてきた。
そして、
「やったー!アヤカでかした!」
とゴエモンが叫び、痛みなど忘れてアヤカを抱きしめる。
アヤカも嬉しそうにゴエモンにしがみついた。
「ど、どうなされましたか?お加減が悪くなられましたか?」
ゴエモンの声を聞き、良寛が飛んできた。
ゴエモンとアヤカは慌てて離れて素知らぬ顔をしていた。
それからゴエモンは粥を食べ、庭に降りてみた。
まだ寝ていた方がいいという良寛とアヤカの言葉を笑って制し
「寝ている方が病気になるよ」
と言って部屋を出ようとした時、枕元の花入に一輪挿しの花が生けられていたのが目に入った。
それを見たゴエモンはイタズラっぽい笑みを浮かべ、アヤカに向かって言った。
「その花入、信長様にいただいたもので、一国に値する価値があるみたいだよ」
「うそ!私来た時その辺に転がってたから、てっきり…」
と口に手を当てて慌てている。
「すぐ別のに…」
と慌てて花入を入れ替えようとするのをゴエモンは
「いいんだよ。花入は花を生けてこそのものだろ。その花入も丁重にしまわれているより、本来の使い方されてる方が嬉しいに決まってる。」
そう言ってアヤカの肩を借りながら廊下に出るとき、信長が言った言葉が口に出た。
「所詮泥の塊さ…」
庭に出て、池の鯉をアヤカと見ていた。
手を叩くと寄ってくるのを笑顔で見ていた時、一人の若侍が近寄ってきた。
アヤカはハッとした。
ここに来た時、柘植隼人に向かい挑発的な言葉を投げかけていた男。
アヤカがゴエモンを守る様に前に出ようとするが、ゴエモンはそれを抑えて立ち上がった。
「お気づきになられましたか?私上様よりあなた様の警護を仰せつかっております望月三郎左衛門と申します。」
以前の挑発的な態度と変わり、柔らかな物腰で挨拶した。
「ご丁寧なご挨拶恐縮です。私は京で養生所風月庵を営んでおります、ゴエモンと申します。」
「痛みますか?」望月が問う。
「はい。でも恐らく明日には帰れるかなと思っています。」
それを聞いて望月のみならずアヤカも驚き、 「そんなのまだ無理よ!」と言ったが、ゴエモンは平然とした顔で、
「いやぁ、このくらいなら試合してたから大丈夫だよ」と笑っている。
「呆れるほど丈夫なお体ですな」
望月もつられて笑っていた。
「あなたは伊賀者…ですね」
望月が真顔に戻ってゴエモンを見つめる。
「伊賀に住んでいたということで伊賀者というならばそうですが、私はちゃんとした忍びの修行をした者ではありません。」
ゴエモンは答えた。
「伊賀にとって上様は仇敵。あと一歩で仕止める事ができたものを、何故あなたは阻止されたのですか?」
「伊賀とかそういう事は関係ないのです。この国から戦を無くすことができるのは、信長様だけでございます。信長様を亡き者にすれば、伊賀の平和が訪れるように感じますが、逆です。信長様を葬ることで戦乱は長引き、真の平穏は遠のくと思います。」
ゴエモンの大局を見据えた見識に、望月は驚いていた。
「あと、それ以上に私はあのお方が人として好きなのです。」
そう言うとゴエモンは頭を掻いて照れ隠ししている。
そんなゴエモンの様子を望月はジッとみていたが、やがて口を開いた。
「上様がどういうわけで貴殿を呼び、どんな関係かはわからないが、貴殿の人となりを見ていると、何としても助けよと言った上様のお気持ちが少しわかる気がします。」
望月は微かに微笑んだ。
だがすぐ真顔になり、
「ご回復されたとあらば、私の任務はこれにて終了です。 私は甲賀十三家の一つの望月の家のものであり、上様に飼われている立場であれば、いずれ戦場にて相まみえるかもしれませんが、それも忍びの慣わし。その時は手加減いたしませんので、そのおつもりで。」
そう言って望月は去って行った。
ゴエモンはその後ろ姿をジッと見つめていた。
アヤカは不安げに二人のやり取りを見つめていた。




