第67話 信長暗殺計画
8月某日、ゴエモンの元に前田利家から使いが来た。
前に会った伏見の古寺で信長が会いたがっているとのことだった。
ー面会当日
山の入口には、凛々しい少年が出迎えに来ていた。
「ようこそおいでくださいました。。私上様の小姓を務めております、森蘭丸と申します。」
(これが後世名高い森蘭丸か…)
ゴエモンはそんなことを思いつつ、蘭丸の後に続いて寺への道を登る。
寺へ続く山道周辺には、以前同様、忍びの気配が充満していた。
そして、今回は陣触れ後というせいか、寺の周辺には武装した武者も多数警戒に当たっていた。
寺の離れに通される。
前回と違い持ち物類は調べられなかった。
それに部屋自体を殺気のある目で監視されている感じもない。
信頼の証である。
信長がにこやかに入って来た。
「久しいなゴエモン。その後の活躍色々聞き及んでおるぞ。里の者らも京に到着したのは祝着。今日は前ほど時間は取れぬが、また物語などしようではないか。」
ゴエモンは平伏していた頭を上げ、にこやかに返す。
「これも全て信長様が陰でご協力してくださっているおかげです。前田様や村井様、大和道中では筒井様。信長様のお口添えがあったえればこそ、切り抜けられた危難が多数ございます。」
信長は膝を崩し、満足そうにうなずいている。
「三太夫は里に残ったそうだな…」
どこから聞いたのか、信長に隠し事はできない。
「はい。確か信長様も短期間ご一緒したことがあるゲンさん…は、えっと何…元太さんだったかな...?」
「佐藤だ」
ゴエモンが言いよどむとすかさず信長が言を繋ぐ。
「はい。その元太さんが、病で…。看護師だった私の妻の見立てでは消化器系の癌で、もう長くはないとのことで、今回の脱出行にも同行する体力はございませんでした。三太夫さんは、そんなゲンさんを一人里に残せないといって、自ら残られたのです。」
信長は沈痛な面持ちでボソリと呟く。
「...あのゲンちゃんが病か。俺が里を出るちょっと前に落ちてきたんだが、お互いまだ若くてな。堅物の三太夫と違ってウマがあって、よく近隣に夜這いとか、戦見物とか良からぬ遊びを一緒にしたものよ…」
そういう信長は今にも泣きそうな顔をしていた。
「もう一度会って酒でも酌み交わしたかったものだな...」
「ゲンさんにお伝えしたいことがあれば、お伝え申し上げますが。」
ゴエモンがそう言うと、信長はしばし黙った。
「いや、今更言葉で伝えることなどない。ただ一言、『楽しかったな』とだけ伝えてくれ。」
そう言って目頭を押さえた。
「…確かに承りました」
しばしの沈黙の後、ゴエモンは場の空気を変えるように袋からある物を取り出し、信長に差し出した。
「なんだこれは?」
信長が身を乗り出す。
「どうぞお開けください。」
ゴエモンがにこやかに進めると、信長はそれを手に取り、包んでいた和紙をはがした。
そこには小さな湯呑み茶碗の中に入った黄色い物体があった。
「これは…、プリンか?」
「さすがは信長様。毒など入ってませんからどうぞお召し上がりください。」
そう言われ、信長は同梱されていた木製の匙を使って口に入れた。
「おぉ、これは何とも懐かしい味だ。最近南蛮渡来のカステラや金平糖など手に入るようになったが、乳製品は冷蔵の技術のないこの時代ではなかなか保存が効かぬから口に入らぬ。」
そういいながら信長は一気に食べ尽くした。
「里から逃れてきた者の中に、調理師だった者がいるのです。山奥では手に入る食材も限られており、腕を振るう機会もなかったのですが、さすがに京の都では、金に糸目をつけねば、大抵の食材はなんとかなります。」
信長は感心した面持ちで聞いている。
「また、我ら養生所を営み、薬問屋の神谷氏と昵懇にさせていただいておりますれば、この時代では高価ながら薬として扱われている卵や乳製品も手に入りやすく、今回信長様にお会いするにあたり、何か懐かしい味をと考えた末、これを持参した次第です。」
「ただ、乳製品の保存が効かないため、今朝早く里一の健脚者が近江の牛飼いの所まで走り、少量の牛乳を分けてもらい、駆け戻り作ってまいりました。」
この少量の味を味わわせるために、ゴエモンらが如何に苦労したかを聞き、信長は嬉しかった。
「そうか。お前達の心づくし、身に沁みたぞ。何とも懐かしく、美味であったわ。」
そして、信長の目つきが鋭くなった。
「お主、先ほどサラリと妻がと言ったな。嫁を娶ったのか?」
「はい…いや、そのようなこと、いちいち信長様のお耳に入れるほどのことではないと思い…」
ゴエモンの額に汗が浮かぶ。
「…ふん、とうに知っておったわ!」
そう言って信長は高笑いすると、
「俺からの祝いの品だ。持っていけ。」
それは小さな花入れの茶器だった。
「いいか、これは一国にも匹敵する価値があるものだからな。」
信長は意地悪そうな笑みを浮かべて身を乗り出してくる。
信長が始め、家臣らに浸透させた茶の湯により、高名な茶器を持つのは一種のステータスになっていた。滝川一益が一国を与えるより、茶器を所望したのは有名な逸話である。
「そ、そのような貴重な物、受け取れません!」
ゴエモンは慌てて押し返そうとした。
「ふ、いいのだ。茶器などたかが泥の塊。本当は何の価値もない。」
信長は更に続ける。
「俺が子供の頃、学校給食は瓶牛乳だった。男共はその蓋をメンコ代わりにして遊ぶのが流行ってな。」
ゴエモンには到底わからない昭和の話だった。
「それが流行り出すと、今度は給食の牛乳じゃない、変わった蓋を持ってくる奴が現れる。するとそうしたレアな物を持つことがステータスとなっていった。金持ちのボンボンなど、いくらか金を出すから譲ってくれという奴迄現れる始末よ。そんな遊びが流行らなければ、普通にゴミ箱に捨てていた、ただの蓋がな。」
そういうと信長はいかにも可笑しいという風に笑った。
「茶器などというのはこの牛乳の蓋と一緒よ。人の心は誰かが作り出した価値無き価値にて右左される。俺が茶の湯などを推奨して、これを如何にも価値があるように振舞えば、家臣らは皆それを真似、価値の無い泥の塊をありがたがり、ひいては国より茶器が欲しいなどという者迄現れる。」
信長は人心の滑稽さを皮肉るように続ける。
「土地には限りがあるが、泥の塊には限りなど無いからな。褒美にこんなものを与えるだけで、皆粉骨するならば安い物よ。」
信長の現実的な人心掌握術の凄さにゴエモンは舌を巻いた。
「まぁ、そいつを上手く現代に持ち帰れたら、お主一生遊んで暮らせるがな」
信長はそう言ってまた膝を打って笑った。
そうした楽しい会話が続いていた時、不意に外からズーンという鈍い振動と共に爆発音が聞こえた。
周囲が緊張感に包まれるのがわかる。
音のした方に人が走っていく気配が感じられた。
その後再びの炸裂音と共に、剣戟の音が聞こえてくる。
「上様、間者でございます。」蘭丸が駆け込んできて、信長を連れ出そうとする。
その時、開け放たれていた障子の向こう、庭の奥から黒装束の十数名が殺到してくるのが見えた。
どこにいたのか、信長の警護の忍びも数十人飛び出し、激しい乱戦となっている。
その隙に蘭丸が「こちらへ!」と導く。
ゴエモンもその後ろを守るように続き、本堂への渡り廊下に差し掛かった時、微かに焦げ臭い火縄の匂いを嗅ぎ取った。
(先程の間者は警護を引き付ける為の囮!本命はこっちか!)
瞬間、ゴエモンは無意識に信長に飛びつく。
同時に、轟音。
火縄銃の弾丸が空気を裂き、胸元に衝撃が叩きつけられた。
「ぐっ―!」
息が詰まり、口から鮮血が噴き出す。
信長の眼前で、ゴエモンは崩れ落ちる。
「ゴエモン! おい、しっかりせよ!」
信長が必死に呼びかける。
「上様、早くお下がりください!」
蘭丸が叫び、護衛が殺到する。
騒然とする中、信長はなおも叫んだ。
「ゴエモン! 目を開けよ! 死ぬな!死んではならぬ!」
ゴエモンの視界は赤く滲み、音が遠のいていく。
最後に聞こえたのは、信長の怒声と、アヤカの名を心の奥で呼ぶ自分の声だった。
―闇がすべてを呑み込み、意識は途切れた。
更なる追撃を警戒し、蘭丸がゴエモンの覆いかぶさる信長の前に立ちはだかる。
「敵はあの松の陰ぞ。必ず召し捕らえろ!」
護衛の武士が多数駆け付けて来ていた。




