第65話 風
里の一行が京に着いてから十日ほどが過ぎた。
六角堂の救民所の件は、アヤカの意向が全面的に受け入れられて、小屋の改築や、風呂場の増設などが始まっていた。
サイゾウ、セイヤ、ケイゴ、タイガはその土木作業に日々出かけている。
「マイ達どうしたかな?」
アヤカとキョウ子に向かいオユキが心配そうに問いかけた。
「もう10日経つもんね。いくらなんでもそろそろこっちに着いてもいい頃だよね。」
キョウ子も眉をひそめる。
「途中で何かあったんじゃ…」
アヤカは胸の内を押さえながらつぶやいた。現代のような通信手段がないもどかしさが、いっそう不安を募らせる。
「私、ゴエモンに相談してみるよ。」
アヤカはそう言って治療室のゴエモンの所へ行った。
「うん、俺もそれ案じていたから、今朝右近に様子見て来てもらうよう頼んだところだよ。」
ゴエモンは既に手を打っていた。
右近なら関の通過も問題なく、大和路なら1日で行って帰ってくるだろう。
その夜、右近が戻って来た。
1階の広間にゴエモン、アヤカ、キョウ子、タイガ、セイヤ、ケイゴ、キュウサク、ケンタが集まっている。
右近がいつになく沈痛な面持ちで口を開いた。
「ショーゾーさんとマイさんは、皆さんと別れた寺にまだいらっしゃいました。」
「おぉ、二人とも無事だったか。それで風の様子は?」
タイガが問うと、右近は静かに首を左右に振った。
アヤカが息をのみ、「まさか!?」とキョウ子が小さく悲鳴を上げる。
「…風という嬢ちゃんは…、皆さんと別れて三日後、息を引き取ったそうです。」
それを聞いた途端、アヤカもキョウ子も泣き崩れた。
男たちも動揺の声を上げる。
子供に好かれて一緒に遊んだキュウサク、ついこの前迄子供組だったケンタは床に突っ伏して号泣している。
”アホのタイガ”と生意気な呼び方をするけど、可愛くて仕方なかったタイガも顔をクシャクシャにして泣いた。
「お二人は憔悴しきっておられました。寺の住職のご厚意で、そこで荼毘に付し、そのまま寺で弔いの日々を送っておられます。」
この時代、幼児の死亡率は高く、「七歳までは神の子」とされ、現世に定着していない存在と見なされることもあった。
葬儀や埋葬も省略されるのが普通で、戦国期の子供の死は、日常の一部として淡々と扱われていた。
7歳まで無事に生きて初めて人として認められ、お祝いする、この名残が現代の七五三のお祝いに通じている。
そのため、寺の住職が二歳の風を荼毘に付し、丁寧に弔うことを許してくれたのは、並外れた厚意であった。
「風…、風ちゃん!まだ二歳なのに…」
アヤカはゴエモンの胸にしがみつき、声を震わせて泣いた。
現代ならワクチンや抗生剤など、様々な治療手段があり、失われなくてもよい命が、この時代はあっさり失われていく。
皆あらためて、自分たちが厳しい時代に生きているのだと思い知らされた。
翌朝、向かいに住むサイゾウとオユキにもゴエモンから風の訃報が知らされた。
オユキもアヤカ同様、声を押し殺して泣き崩れる。
「私たちが、一緒にいれば…」
別れ際の風の苦しそうな表情が脳裏に浮かぶ。
「仕方なかったんだ。俺たちがあのまま残っても、どうもしてやることもできなかった。」
サイゾウも涙で頬を濡らしながら、やり場のない悲しみに打ちひしがれていた。
リン、ひより、千草、朧もただならない雰囲気を察し、土間に下りて来ていた。
「風ちゃん、死んじゃったの…?」
ひよりが目に涙を一杯溜めてオユキを見つめる。オユキはこらえきれずひよりを抱きしめ声を上げ泣いた。
千草は武家に生まれた者として、これまでも身内や家臣の死を何度も見てきた。
幼子が亡くなることは神様の元に帰っただけと諦める風習もよくわかっていた。
だが、初めてできた小さな友達の死は、覚悟を持って死んでいった者達のそれと違い、あまりに理不尽でやりきれないものに感じた。
仕方ないじゃすまされない、心の底から湧いてくる悲しみに、千草も小さく嗚咽しながら朧にすがりつき泣いた。
リンは子供組の年長者として、姉の立場でずっと風を世話してきた。
リンも風の赤子の頃からの思い出がよみがえり、涙が止まらなかった。
それでも思い出したように言った。
「風ちゃんに、何か残してあげよう…」
数日後、風結庵の屋根に小さな木製の風車が取り付けられた。
風が結ぶ庵と名付けられた里の仲間の元、風車はそよ風に乗って静かに回りだす。
まるで風が笑顔で遊びまわっているように…
風結庵の面々は風車が回る様子に、風が走り回っていた里の広場を思い出していた。




