第64話 京での居場所
「そんな話、信用できるか!」
年嵩の寺僧が円空に向かい掌を差し出し詰め寄る。
「この手の中のどこに目に見えない生き物がいるのだ?」
他の寺僧も同様に冷たい視線を円空に向ける。
「私にも俄かに信じることはできない部分はあります。でも、救いを求める民は、野良犬や野良猫とは違います。ひとまとめに押し込み、食い物だけを与えていればそれでいいのでしょうか?」
円空は一歩も引かない真っすぐな視線を寺僧らに送りながら続ける。
「救民は奴隷や罪人ではありません。暗く狭い部屋に押し込み、救ってやっているのだと高所から見下すような視線で対応していないと胸を張って言い切れますか?」
円空は人を責めるののではなく、自戒の念のこもった口調で語り続ける。
「小さな生き物の件はよくわかりませんが、彼らを人としてちゃんと遇することを考えたなら、あのアヤカという女性の言うことはいちいちもっともなことばかりです。」
円空は皆を見回し語り続ける。
「確かに銭も人手もかかりますが、その点も彼らは目途を立てておりますれば、我らが反対する意味などないのではないでしょうか。」
だが、最初に声を荒げた寺僧は振り上げた拳の下ろしどころが見つからない感じで、
「そういう問題ではないわ!我ら六角堂が長く続けてきたやり方を全否定するような、そのようなやり方など認められないということをだな...」
顔を真っ赤にして怒鳴る寺僧がなおも言葉を続けようとしたところに、いつの間に来ていたのかスッと快玄住職が入ってきた。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。」
そう言って興奮する僧を一度落ち着かせ、居合わせた寺僧皆を見渡しながら快玄住職はゆっくり続けた。
「我ら長くここで救民活動をしてきたのは、御仏に代わり苦しむ民を救うためであったはず。それがいつの間にか義務になり、作業になっていたのではないかな。それが救いを求める民を救ってやっているという感覚になり、民の幸福というものに目がいかぬようになっていたと思うのだが、どうかな。」
快玄に言われ、居合わせた寺僧達もハッと気づかされたような顔つきになった。
「世の移り変わりとともに、かつての常識が覆され、新しい常識が生まれるのは世の常じゃ。民を救うためによりよい方法があるなら、変えていくことは先人たちも喜びこそすれ、お怒りになるような狭量な方はおらんはずぞ。」
快玄は怒っていた寺僧に優しく諭し、円空の方に向き直った。
「円空、救民所の責任者はお前だ。最後までお前のやりたいようにやりなさい。」
快玄はそう言うとまたスッと出て行った。
張りつめていた座の空気は、いつの間にかいつもの穏やかなものに戻っていた。
「…まぁ、新しい試みもよいだろう。我らにできることは何なりと申し出よ。」
さっきまで顔を真っ赤にして怒っていた寺僧が、柔和な顔つきに戻り、円空の肩をポンと叩いて出て行った。
円空はその後ろ姿に深く一礼した。
風結庵は朝から何やらいい匂いが漂っていた。
「何この匂い?すっごく懐かしい感じがする。」
奥で風結庵の患者用の術衣を繕っていたキョウ子が、同じく横で洗濯ものを畳んでいるオユキに問いかけた。
「なんだろう?朝からケイゴがリンちゃんとかまどでなんかやってたけど…」
そう言って鼻をスンスンしていると、ひよりが走って来た。
「オユキ姉!これ食べてみて!すっごく美味しいの!」
そう言って手に持っていた白い塊を、オユキの口に押し込んだ。
一瞬戸惑ったオユキの口の中に、柔らかな甘みが広がった。
戦国に落ちてきて以来味わったことがなかった懐かしい風味だった。
「…これ、蒸しパン?」
ひよりが満面の笑顔で嬉しそうにキョウ子にもおすそ分けしていた。
「本当だ!蒸しパン!ちょっと固いけど、味は間違いない!」
キョウ子も目を丸くして、懐かしい味に驚いている。
「ひより、これどうしたの?」オユキが聞くと
「ケイゴとリンちゃんがね、作ってくれたの。」とひよりが嬉しそうに答える。
いい匂いに誘われて風結庵の面々がかまどのあたりに集まっていた。
「ささ、皆さん、暖かいうちに懐かしい味を楽しんでください。」
ケイゴが皆を手招きしている。
「どうしたんだ、これ?」
サイゾウが一かじりしながらケイゴに向かって聞く。
「いやぁ、さすが京都では数は少なくても色んな食材が手に入るようなんで、ちょっとゴエモンさんにお願いして、用意できる食材で何か作ってみようと思ったんですよ。」
ケイゴは落ちてくる前は調理師だった。
里では食材など限られたものしか手に入らなかったが、この時代の京都では、南蛮物も含め多少無理すれば様々な物が手に入った。
「小麦が手に入ったんで、甘味は神谷さんのところで薬として取り扱っている蜂蜜を少しわけてもらって、作ってみたんですよ。」
未来から落ちてきた者達にとっては懐かしく、こちらで生まれたひよりやこの時代の左輔、千草、朧、蛍にとっては初めて味わう新鮮な味だった。
「こんな…美味しいものがこの世にあったのですね...」
朧は驚きで目を丸くしている。
「うんめぇ!もっと食いてぇ!」
左輔が一口で食べた。
「父様と母様にも食べさせてあげたいな…」
千草の優しい心遣いに、皆心を打たれた。
蛍は口に入れるや絶句していた。
キュウサクが優しく説明しているのか、互いに笑い合っている。
二人の関係も順調のようだった。
「いつもと言うわけにはいかないけど、僕もここに来たからには、自分の特技で皆さんの活躍を後押ししていきたいと思います。」
自分を生かす場所を得て、ケイゴはイキイキした顔をしている。
それを手伝っていたリンも
「私も、蛍さんと一つしか違わないのに遊んでばかりというわけにいかないから、ケイゴさんについてお料理教えてもらおうと思っています。」
リンにも新しい目標ができたようだ。
アヤカがゴエモンにそっと耳打ちする。
「みんないい顔になってきたね」
「うん」
ゴエモンは皆が生きる場所を自分で見つける光景を嬉しそうに見つめていた。




