第58話 生きろ!
里の一行は、タイガたちが話をつけてきた寺に到着していた。
あまり大きくない寺だが、住職は寺の奥座敷を開放してくれた。
風は相変わらず赤い顔で苦しい呼吸を続けている。
原因がわからないだけに、伝染るのを恐れて他の子供たちは遠ざけた。
住職が芋粥を炊いてふるまってくれた。
皆暖かい食事は3日ぶりだっただけに、凄く美味しく感じた。
一行は久しぶりに不安なく眠れると言って、食事が終わると早々に寝入っていた。
マイとショーゾーは風を看病しながら、囁き合っていた。
「私たち、ここにもう少し居させてもらおうか。風をまだ無理させられないし、皆の行程遅れさせたくないし。」
「そうだな。皆に迷惑かけられないしな。」
「なかなか上手くいかないね…」
「思い通りに行くことの方が少ないからな...」
ショーゾーとマイは荒い息を吐き続ける風を見つめて溜息をついた。
隼人らの一行は駆け続けていた。
途中何度か単発的な攻撃はあったが、都度連携して討ち取り、ここまで落伍者はいなかった。
あと2里程行けば、人里に達し、この虎口を脱することができる。
狭い山道を下る途中、目の前に少し広い平地が広がっているのが見えてきた。
兵の常道ならば、多勢は広い場所に展開するものだが、敵の気配が無かった。
伏兵を置けるような茂みも無い。それだけを確認し、隼人らはそのままその平地を突っ切ろうと飛び込んだ。
瞬間、四方の地面から火の手が上がる。
同時に焙烙火矢が投げ込まれる。
辺りはもうもうと煙が立ち上り、視界が奪われる。
耳元を矢羽根の不気味な音が、ヒュンヒュンと鳴っていく。
(この煙、どうせ敵も当てずっぽうだ)
隼人らは当たらない事を祈るだけだった。
甲賀忍びは現代でいう化学知識に優れていて、火薬や、毒薬を使った武器の運用を得意としていた。
いつもの隼人ならその辺りも考慮し、慎重に進んだはずである。
隼人ほどの者でも、死地から脱せられると思う瞬間の緩みがあったと言わざるを得ないが、悔やんでる暇はない。
必死に叫び、味方を鼓舞した。
「止まるな!進め!ここを脱すれば我らの勝ちだ!」
視界は無いが脚は止めていない。
このまま真っ直ぐ走れば抜けられるはずだった。
視界がないということは、敵も同士討ちを恐れて飛び込んでこない。
隼人は駆け抜けた。
殿の自分が到達したのだ。
先に全員来ているはずだ。
確かにいた。
全員黒煙で顔を真っ黒にし、一部血を流している者もいる。
自分の前を走っていた4人は…
だが…朧が来ない。
遅れているだけなのか…
その時、煙る広場の中から、朧の声が聞こえた。
「隼人様!未来で!必ず探しに参ります!」
「朧!」
隼人は止まった。
だが、戻れば間違いなく敵が押し包んでくる。
朧と交わした未来での再会。
だが、それは共に死に、生まれ変わった時のことだ。先に行くのは違う。
やっと互いに思いを通じ合った。
1度きりの幸せなんて、あまりに儚い...
だが、隼人は忍びの頭領。
命令は絶対…
情けは無用…
…そして決意した。
「玄十!」
「ハッ」
「これより本隊の指揮官はお前だ。このまま絶対走り抜けの命を継続せよ!」
「お頭は?」
「俺は今から忍びの頭領ではない。命令には縛られぬ。」
そう言うとこれまで隼人が部下の前では見せたことがない、柔和な笑顔になり来た道を振り返り言った。
「大事な忘れ物を取りに戻る…」
「それでは我らも!」
「ならぬ!生きて千草様をお守りせよ!これが頭領として俺の最後の命令だ!」
厳しい口調でそう言うと、隼人は黒頭巾の中の瞳を和らげ、
「皆、未来で会おうな」
といってまだ煙る広場の中へ戻っていった。
朧はふくらはぎを射抜かれていた。
倒れた所に敵が包囲を狭めてくるのがわかる。
辱めを受けるくらいなら、自害しようと短刀を握りしめていた。
でも昨夜、隼人と結ばれたことで、自分の人生は悪くなかったと思えていた。
一人の男を想い続け、そして最後にその想いが叶えられたのだから。
あとは隼人が言っていた、戦の無い未来というところで隼人を探そう。
そう思うと死もそれほど怖くはなくなっていた。
敵の息遣いが聞こえてくるくらい迫っていた。
持っている短刀を首筋に当てた時、目の前に迫る敵忍びが二人倒れた。
隼人が忍者刀で敵を切り下げ活路を開いていた。
「隼人様、どうして…絶対走り抜けの命のはずでは…」
「ふ、今の俺は百地忍軍頭領ではない。朧の幼馴染の隼人だ。誰の命令も俺を縛れない。」
朧は驚きと嬉しさで涙を溜めている。
「私なんかの為に…」
「バカ、お前だからだ。未来で会うのはまだ先ぞ。まだまだ現世でお前といたいのいだ。」
「嬉しゅうございます。私も隼人様に添い遂げたく…」
そう言った時、朧は手にしていた短刀を、面前の隼人の後ろから忍び寄る影に投げた。
敵はもんどりうって倒れる。
隼人は朧の脚に刺さっている矢じりと、矢羽根の部分を切り落とし、矢を抜いた。
朧は痛みをこらえている。
隼人は敵の死体の装束を引きちぎり、朧の脚に巻いて止血した。
「立てるか?」
「大丈夫です。すいません。」
「謝るな。俺とお前は幼き頃より一心同体だ。どちらが欠けても生きていけないとわかったんだ。」
朧は嬉しさで涙が止まらなかった。
「…私も、隼人様…」
隼人は朧に肩を貸しながら、必死に脱出口に向かう。
だが、後ろから、横からまた敵の忍びが追いすがる。
持てる手裏剣、苦無で応戦するが、あと少しという所でそれらも尽きた。
「死ぬときは一緒だ」
隼人が朧に微笑みかける。
「ハイ。お供いたします。」
朧も笑った。
その時、追いすがっていた敵の忍びが一斉にバタバタと倒れた。
立ち込めていた煙が晴れて来ていた。
隼人と朧の目指す出口方向から、玄十、弥太郎、朱音、カスミが手裏剣、投石で追いすがる敵を打ち倒していた。
「お前達、どうして?」
「ハハハ、お頭と一緒です。われらも百地忍軍を抜けましたので、ただの野良忍びとして、思いのままに動いてるだけです。」
玄十が笑う。
「お頭だけにいいカッコさせませんぜ」
弥太郎も相槌をうつ。
「朧姉、大丈夫?」
朱音とカスミが駆け寄り、隼人から朧を預かる。
「お前達…。本当に言うことを聞かない奴らだな。」
そう言いながら隼人は笑顔だった。
「お頭の部下ですからね~」
皆も笑顔だった。
「よし、残りの敵を片付けにいくぞ!付いてこい!」
隼人、玄十、弥太郎は敵陣に取って返していった。
3人は一塊の黒い風となり、向かう所敵の屍が積み重なっていた。




