第57話 大和領内
伊賀の抜け道を行く隼人一行。
これまで利用していた時とは明らかに雰囲気が違っていた。
(道は生きているが、これは罠ではないか?)
隼人はそう感じていた。
わざと伊賀の道を生かし、侵入してきた伊賀者を撃破しようという策略が読み取れる。
そうなると、恐らく周りは囲まれている。
隼人は立ち止まり他の5人に伝えた。
「囲まれているな。この道は伊賀者をおびき寄せる罠としてわざと生かされているのだ。」
他の5人もその気配は感じていたらしく、一様に緊張した面持ちで隼人の言葉に頷いている。
「敵の思惑が分かった以上、どうするか。弥太郎、ここからどこかに抜けられないか?」
「この先半里ほど行ったところに洞穴がございます。中は非常に狭く、這っていかねばならないところもありますが、上手くいけば合流地点としている村の手前に出られます。」
弥太郎がそう言い終わる前に、隼人は素早く手裏剣を右手上空に向け投げつけた。
直後、ドウと黒装束の男が落ちてきた。
「すでに廻りは敵だらけだ。弥太郎のいう洞穴も既に敵に察知され、塞がれているか、その先で待ち受けられていよう。」
「戻りますか?」
朱音が言う。
「戻って関を抜けることも叶うまい。それこそ里の者達と千草様をお守りすることが出来ん。」
隼人は落ちてきた敵忍びの胸元に刺さった手裏剣を抜き、敵の持物を検め、「甲賀者だな」と言った。
「この先襲撃もあろうが、このまま押し通るしかあるまい。二列縦隊で絶対駆け抜け!前は弥太郎と玄十、中段は朱音とカスミ、殿は朧と俺が務める。途中敵の襲撃があっても足を止めるな。押し包まれたら一網打尽にされるぞ。」
皆決死の覚悟で隼人を見つめていた。
絶対駆け抜けの指示は、味方が倒れても捨て置きを意味する。
「皆生きるのだぞ。一人の脱落も許さん!」
隼人の檄に皆「ハイ!」と答えた。
一方里の一行
「案外簡単に抜けられたな。」
タイガがおどけながら言い放つ。
「油断は禁物です。関の外に間者がいました。恐らく監視されているでしょう。」
千草だった。
平坦な道に入り、自力で歩いている。
「さすが、百地党の子だねぇ。」
マイが感心する。
「関を抜けたとはいえ、油断はならん。監視の目に付け入る口実を作らせぬよう、一同無用な振舞いを慎むようにな。」
サイゾウが一安心して緩んだ空気を引き締めた。
ショーゾーの後ろを歩いていたキョウ子がマイに言った。
「ねぇ、風ちゃんぐったりしてない?」
「え!?」
ショーゾーが足を止め、薪背負いに座っている風を下ろす。マイが慌てて風の様子を見る。
寝ているものと思っていた風は、目を閉じ、ハァハァと荒い息遣いをしていた。
マイがおでこに手を当てると、酷い熱だった。
「風ちゃん!大丈夫?聞こえる?」
マイが風に呼びかける。
それをキョウ子が心配そうに見つめている。
オユキが竹筒の水を口元に持っていくが、風は口にしようとしない。
「どうしよう…?」
マイが半べそかきながらショーゾーの腕をつかむ。
「セイヤ、タイガ、ちょっと先に行って休憩できそうなところがないか探してきてくれ」
サイゾウに言われ、2人は駆け出していた。
6月とはいえ、日中の日差しは強い。
「そこの木陰で少し休もう」
サイゾウが指示し、一同は街道脇の木陰に移動した。
オユキが皆の水筒から少しずつ水を分けてもらい、湿らせた手ぬぐいを風のおでこや脇のしたなどに当ててやった。
マイが木の幹を背に足を延ばして座り、風をその上に寝かせていた。
「風ちゃん…」
リン、ひより、千草も心配そうに側で見守っている。
少しするとセイヤとタイガが戻ってきた。
「少し先に寺があったぜ。住職に事情を話したら一晩泊っていっていいと言ってくれたよ。」
「風ちゃん、辛いだろうけどもう少し頑張って…」
マイが心配そうに風を抱きしめた。
郡山城の筒井順慶は考え込んでいた。
伊勢の領主で、次の伊賀侵攻の実質的総大将となる織田信雄と、滝川一益から伊賀者の詮議を厳しくせよとの命令が届いていた。
かといって、陣触れ前なだけに、伊賀方面の全ての関所を封鎖することもできなかった。
先程伊賀との国境を女子供を連れた集団が通過したという情報が、甲賀者からもたらされた。手形などは揃っているが、監視した方がいいという内容だった。
それとは別に、前田利家からも手紙が届いていた。今後の伊賀侵攻にて多発するであろう、難民対策として設営する救民所の責任者が呼びつけた家族一行の領国内通過を保証して欲しい、という内容だった。
順慶は、この一行が双方の書面に該当するのだろうと推察した。
片や捉えて詮議せよという命令と、片や安全に通して欲しいという親書。
相反する要望に対し、どうすればいいか、もう半刻近く考えている。
筒井順慶は、本能寺の変の後、明智光秀と羽柴秀吉が戦う山崎の戦いの際、いずれの側に付くか、決めるべく洞ヶ峠に布陣し、両者の優劣を最後まで見極めていたという逸話が残されていて、「順慶の洞ヶ峠」という言葉は、優柔不断の代名詞のようになっているが、その内実は、家臣領国を守るため、的確な情報の基に立場を決めようという現実的な思考のものだったと言われている。
筒井順慶という武将は、僧侶の出ということもあり、教養高く、情を知る人物であった。
そんな順慶が、同じ案件に対し異なる命令と要請にどう対処すべきか考えこんでいる。
織田信雄、滝川一益の方は、公式な命令である。織田家中の者としては、これに従うのは当然であった。
前田利家の方は私的な手紙であり、お願いである。拘束力はないので、無視しても咎められることはない。
だが、利口な順慶は利家の背後に信長の意思があることが見えていた。
信長が京近くで起こる戦乱の難民が京に流れ込み、京の治安を悪くしている事に苦慮していたのも見ていた。
信雄は信長の息子という以外に取り得の無い男であり、織田の家督も長男の信忠が継ぐことが決まっている。
第一次伊賀侵攻における軍配を見ても、とても頼るに値しない男であり、貸しを作っても無意味だと思っている。
また、順慶は滝川一益も好いてはいない。
仕事はできるが、何を考えているかわからず、人として好きになれなかった。
一方利家は、豪放磊落な典型的な武将であり、裏表なく接することができる、数少ない同僚であった。
そう考えると、信雄らの命令に従うより、利家に便宜を図っておくほうが、その後ろにいる信長の覚えもいいだろう、という結論に達した。
意を決すると順慶は小姓に何やら指示を出した後、脇息にもたれかかり嘆息した。
「領内が騒がしいわ…」




