第53話 子供は子供同士
早朝の戦闘を終えた平成の里の一行は、休む間もなく峠越えに向かった。
敵の残党が追ってくる可能性もあるため、かなり急いだ。
今朝がたの戦闘で全員討ち取った野盗松澤党のアジトには、更なる残党が戻ってくることを警戒し玄十、弥太郎、朱音、霞が火をかけてきた。
女達、特に高齢のものが徐々に遅れ始めていた。
最後尾で荒い息をあげながら必死で付いてきているのは、女性最年長のシホだった。
「頑張れ、下りに入れば隠れ宿があるぞ」
同じく男性最年長のマサが励ましながら背中を押す。
かつては旅人で賑わったであろう峠の頂上には、茶店の跡があった。
戦乱の世に、人里離れた場所で商売などできなかったのだろう。
庇は傾き、屋根はところどころ落ちているが、日差しを避け、休むことはできそうだった。
「少し休んだ方がよくない?」
オユキがひよりを背負って歩くサイゾウに呼びかける。
サイゾウもそのことは考えていた。旅慣れない者達が、朝からの激闘を目の当たりにして、肉体的にも精神的にも疲弊しているのは目に見えてわかった。
だが旅程はかなり遅れている。元々かなり余裕のある日程を考えていたのだが、それすら達成が難しくなってる。
先に頂上に着き、待っていた隼人に向かいサイゾウは相談した。
「柘植様、里の者は思った以上に疲弊しております。申し訳ありませんが、ここで休息を取ることはできないでしょうか?」
隼人もその事は考えていた。思った以上に遅れるものが目立ち、隊列が間延びし切っている。
こうなると敵襲があった場合守り切ることが難しくなる。
「致し方あるまい。ここの茶屋跡で休息をとる。」
その一言を聞いて、里の一行の顔に喜色が浮かんだ。
大きくない茶屋跡だが、かろうじて全員入ることができそうだった。
マサやシホらは板の間に上がると倒れ込むように大の字になって荒い息を整えていた。
裏にある井戸をひよりが覗き込み、
「水あるけど飲めるかな?」
と言ってるのを聞きつけた朧が
「ちょっと見せて」
と言って井戸水を汲み上げ、匂いを嗅ぎ、手に掬って色を見、小指に一滴付けて舐めてみている。
戦国の世の井戸は、戦の際敵が毒や糞尿を投げ入れ使用不能にすることがよくあり、それ以外でも人の遺体が投げ入れられたり、ネズミなどの動物が落ちて汚染されていることが少なくなかった。
「蓋はしてありましたか?」
朧が問うと、ひよりが横の木の板を指差し
「コレがしてあったよ」と言った。
朧はもう一度井戸の中を覗き込み、確認した後、
「汚染はされていないようです。 長いこと使われていなかった井戸みたいですから、少し上の方の水を捨ててからお使いください。」
そう言って去っていった。
「朧さんって落ち着いてて優しくて、それでてさっきの戦闘の時は強くて、素敵だよね〜」
ひよりが憧れの目で少し年上のリンに言った。
「柘植様の奥さんなのかな?」
リンがそう言った時、
「違う」
という言葉が背後から聞こえてきた。千草だった。
千草もまだ10才だったが、ひよりやリンらの子供の輪に入って来ない。
百地の大人に囲まれ、いつも一人寂しそうに見えた。
「あ、ちーちゃんもこっちおいでよ」
ひよりが屈託なく手招きする。
「ちー…ちゃん…?」
変な呼ばれ方をして千草はキョトンとしている。
「だって、千草ちゃんでしょ?だからちーちゃん」
ひよりが走ってきて千草の手を引いて子供の輪に引っ張っていく。
「ちょっ、待て。私は子供ではない」
そう言いながら助けを求めるように朧の方を振り返る。
朧は微笑みながら
「千草は同じ年頃の子は左輔とくらいしか接したことがないのですから、一緒に遊んでらっしゃい。」
と言って手を振っている。
千草はリンとひより、風の輪に入れられた。
「何しようか?」
「ちーちゃんいつも何して遊んでるの?」
そう言われて千草は戸惑った。
遊びといえば、左輔と忍者修行を兼ねたかけっこや木登り、壁登り、手裏剣投げ。たまに朧が物語してくれたり、貝合わせしてくれるくらいだった。
千草が押し黙っている様子を見てたリンが 「じゃあ、あやとりする?」
と言って紐を出した。
千草もあやとりなら幼い頃母とやった記憶があった。
だが戦乱が激しくなってきた頃から、母も気持ちの余裕がなくなっていき、千草の遊び相手は左輔だけになっていった。
そんなことをボーっと思い出していた時、 「ほい、ちーちゃん!」とリンが橋を作って差し出した。
「あ…」
それを見て千草は一瞬母と遊んだ遠い日を思い出した。
ポロリと涙が一粒流れた。
「あれ、取り方わかんない?ちょっと難しかったかな?ごめんね」
「ううん、大丈夫。ちょっと昔遊んだ人を思い出しちゃって…」
そう言って涙を拭うと
「よし、私も本気でやります!」
千草は初めて子供らしい笑顔を見せ紐を取った。千草は大人の中でいつの間にか大人の顔色を窺い、自分を押し殺すような子になっていた。
そんな孤独な千草の護衛兼世話役だったのが朧だった。朧は自分にしか心を開かない千草を案じていた。
そして今、同じ子供同士遊ぶ千草の姿を見て、朧は感慨で胸を熱くしていた。
(この里の者達に触れると皆心が穏やかになっていく。隼人様も随分変わられた。この者達、なんとしてでも守らねば…)
朧は笑顔で遊ぶ千草を飽くことなく見つめ続けていた。




