第52話 生きることこそ使命
安田仁左衛門宅に火の手が上がるのが見えた瞬間、朧は女性陣に優しく告げた。
「安全なところまで私たちがお守りいたします。どうか落ち着いて、声を出さないよう付いてきてください。」
「さって、風はチチじゃないけど、今日はタイガおじさんの背中で我慢してくれ。」
タイガも子供たちを怖がらせないよう、努めて明るく言い聞かせる。
「仕方ない、負われてやるよ」
おませな風がそう言うと、場の空気が和んだ。
マサは46,ユウは40と里の忍びの中では年長のため、厳しい戦いから外し護衛に回った。
マサが千草を背負おうとした時、「私はいい。自力で歩けます。」と、千草はその手を振り払った。
それを見た朧は、それまでの優しい口調から一転、厳しい声音で言いつける。
「千草!戦闘作戦中は柘植様の言いつけは絶対です!」
朧は千草の素性がバレぬよう、人前では敬語は使わない。
姉のように強い口調で言われると、千草は渋々従った。
灯のない深夜の道を歩くのは慣れていないと難しい。敵に気取られるため、松明を炊くこともできない。
朧ら百地のくのいちは夜目が効くので、先頭、真ん中、最後尾に分散し、長い紐を持った。
里の者達は、その紐を掴み闇夜を歩いた。
夜が明け始めた頃、隼人に指示された神社に着いた。
皆一様に安堵の表情を浮かべていた。
今来た道を振り返ると、黒煙が見える。
隼人らの奇襲が成功しているのだろうと思った。
安田仁左衛門を討ち取った後、隼人らは素早く退散し、当初いた家に戻った。
恐らく後詰はここに押し寄せると思ったからだ。
だが、夜明けが予想より早く、安田の家が上げる黒煙が見て取れる。
これでは警戒してこちらに入ってこない可能性もある。
「弥太郎、様子を見てまいれ。」
「ハッ!」
弥太郎が駆け出すと同時に、
「我らもここをしっぱらう。どこに残敵がいるかわからんからな。」
そう言うと隊をまとめ峠を下ってくる街道に出て、各自木陰に身を隠した。
やがて弥太郎が戻り、
「奴ら村から立ち上る煙に逡巡しております。様子を見に行かせようと一人斥候を出しましたが、それは私が片づけました。」
「うむ。様子がわからぬ以上全員で出てくる可能性は高いな。騎馬はいるのか?」
「はい。馬乗りは2名。あとは徒歩でございます。」
「騎馬を通せば、一気に神社方面に行かれる可能性がある。サイゾウにこのこと伝え、騎馬を優先的に仕留めよと告げて来い。」
そう弥太郎に指示すると、鉤縄を取り出し道の反対側の木に縛り付け、たるませた状態で反対側で待った。
やがて馬蹄の音が響いてきた。
先頭を騎馬2騎が駆けて来る。
先頭をやり過ごし、2騎目が来た時、たるませていた鉤縄を一気に引いた。
それはちょうど馬の頭をかすめ、馬上の野盗の首にかかった。
野盗は一回転するように頭から落ち即死した。
後から来た5人の徒歩は玄十と弥太郎、セイヤ、ケイゴが苦も無く仕留めた。
先頭を行った一騎をサイゾウが待ちうける。
安田仁左衛門宅から奪ってきた槍で突き刺そうという考えだった。
その一騎が来た。
草むらに潜み、馬が駆け抜ける瞬間、横やりを入れた。
しかし、敵もさるもの、一瞬手綱を引き、馬の角度を変える。
サイゾウの槍は空を切り、騎馬は駆け抜けていった。
「しまった、オユキたちが!」
サイゾウは必死で後を追う。
だが馬の脚に追いつくはずもなく、みるみる引き離されていく。
その時、隼人が引き落とした野盗が乗っていた馬で駆けてきた。
「すまん、行かれた!後を頼む!」
「任せろ!」
そう言うと隼人はさらに馬腹を蹴った。
―神社
女たちは一塊になり、身を寄せ合っている。
神社入り口にはタイガ、マサ、ユウが警戒している。
「馬!」
朧が微かに聞こえる音を察知し、女性陣の輪の中から出てきてタイガらに叫ぶ。
やがて野盗の首領の乗る馬が駆けて来るのが見えた。
門も柵も無ければ、槍もない。
そんな状況で疾走する馬を止めることは不可能だった。
だがこのまま突き入られれば、女子供たちが馬蹄にかけられる。
男たち3人は瞬時に腹を括った。
「行くしかねぇな!」
最年長のマサがいう。
ユウもタイガもうなづき門柱の陰に隠れた。
やがて蹄の音が大きくなり、馬の上げる砂埃が近づいてくる。
馬が門の直前に来た時、3人は一斉に両側から飛び出した。
全速力で突入してくる馬は人に驚き棹立ちになる。
そのすきにタイガが馬の首にしがみ付いた。
馬はますます興奮し、体を激しく振りタイガを振りほどく。
マサは手綱を掴み馬を誘導しようとするが、暴れる馬に噛まれその手を離してしまった。
ユウが反対側から武者の足をとり、
ひきづりおろそうとしたとき、馬上の野党が刀を抜き切り付けてきた。
体を捻って避けたつもりだったが、左肩に燃えるような熱さを感じ、足を取っていた手が離れ、馬は神社内に向け走り出した。
女たちが悲鳴を上げる。
朧がスッと一同の前に立ち、苦無を構える。
差し違えてでも止める気だ。
「朧!」
千草が叫んでいた。
その声に朧は一瞬微笑んだ。
馬が目前に迫り、朧が飛びつこうとした時、
「朧!避けよ!」
その声に反射的に朧は横に飛ぶ。
次の瞬間、後ろから馬を駆り追いついてきた隼人が、野盗の頭上に飛び上がり刀を一閃した。
馬上の男は転げ落ち、首と胴が別々に転がった。
隼人はそのまま馬を抑え、戦闘は終結した。
「朧、ケガはないか?」
「はい。私より里の男達が命を懸け守ってくれました。」
そこにサイゾウ達も息を切らせ追いついてきた。
「タイガ、よくやったな。」
サイゾウが労いの言葉をかける。
「俺もね、たまにはやるんですよ…、たまにね…」
タイガは足を投げ出し、荒い息を吐きながら微笑んた。
「マサさんも…」
「俺はいい。ユウが切られた。」
「いや、かすり傷ですよ。」
ユウは左の肩を切られていた。傷口が開き、黄色い脂肪が見えていた」
「切られたのか?我ら伊賀の刀傷用の金創薬を塗っておくがいい。」
隼人がそう言うと、朱音とカスミが消毒用の焼酎と薬を持ってきて手当をはじめた。
「3人が奴を足止めしてくれなかったら間に合わなかったぞ。素晴らしい勇気だった。」
隼人がマサ、ユウ、タイガを称えた。
「初っ端からこれだと、この先どうなるんだ?」
ショーゾーが嘆くと、サイゾウが返した。
「誰も死んでない。上出来だ。生き残ることこそが俺たちの使命だからな。」
朝日がまぶしく皆を照らしていた。
里の一行の脱出行は困難を極めるものですね。
ここら辺からは主役のゴエモンが離れていることもあり、この行程のリーダー柘植隼人の活躍場面が多くなります。
平成の里の面々と関わるにつれ、当初の冷徹なリーダーから人間味を帯びてくる隼人の変化にもご注目ください。




