第51話 表裏卑怯者
里の一行は出立初日は無理せず、峠手前の郷村に宿をとることにした。
ここは小豪族・安田仁左衛門の領地で、仁左衛門は百地丹波とも旧知の仲だった。
隼人が協力を求めると、仁左衛門は快く受け入れてくれた。
「京までこの人数で脱出とは…平時ならともかく、難儀なお役目ですな」
四十がらみの仁左衛門は農夫のような風体で、物腰柔らかな男だった。
「されど、やり遂げねばならぬ使命にございます」
「織田の再侵攻、近いと見ておられるか?」
仁左衛門の目が鋭く光る。
「それは分かりませぬ。ただ、我らの務めはこの者らを無事に都まで送り届けること」
隼人は淡々と答え、余計なことは語らなかった。
「そうですか。…ところで、あのお子は丹波様の姫では?」
「いや、百地郷の娘を親戚筋に預けに行くのです。」
「なるほど。小さな子連れでは大変ですな」
仁左衛門は笑みを浮かべた。
穏やかな口ぶりながら、その笑みは何か意図を含んでいるように見えた。
「提供の家は、いかようにもお使いください。今宵、ささやかな宴席など設けましょう。」
「ご厚情痛み入ります。されど明日に備え、休ませていただきます。」
「ふむ…それがよろしいでしょうな。」
そう言って仁左衛門は帰っていった。
-その夜
隼人はサイゾウとショーゾーを密かに呼ぶ。
「胸騒ぎがする。考えすぎならよいが…今夜は旅支度のまま交代で眠れ」
二人は無言でうなずき、直ちに指示を広めた。
―子の刻過ぎ。
隼人の元へ弥太郎が駆け込んできた。
「お頭。安田の使いが、峠に根を張る野盗どもの元へ。さらに仁左衛門自身も、密かに手勢を集めております」
隼人の予感は的中した。
昼間の仁左衛門の笑み―あれは隠しきれぬ欲の皮を現していたものだった。
「安田に集まる人数は?」
「十四~五ほどかと。野盗の巣には七、八」
隼人は短く息を吐いた。
「後詰が来る前に、こちらから打って出る。弥太郎、サイゾウに戦える者を集めさせろ」
「はっ!」
闇の中へ、弥太郎の影が溶けていった。隼人は目を閉じ、何かを思案していた。
一方、安田仁左衛門宅には、密かに十五名が集まっていた。
「あれだけの人数だ。身銭も相当もっているだろう。女も多いから、手籠めにするも人買いに売り払うも思いのままよ。」
仁左衛門は下心を隠さず一同をあおる。
「さらにな、柘植は否定しているが、あれは間違いなく百地んとこの姫だ。あれを織田方に差し出せば、我らの所領は安泰、それどころか百地の領地も我らのものになろうて。」
そう言って全員野卑な笑い声をあげた。
「いいか、暗がりで襲っては間違って金のなる木を殺めてしまう恐れがあるからな。決行は夜明け。その頃には峠に巣食う松澤党の連中も後詰に来よう。」
普段は対立している野盗ではあるが、大きな餌を前にして結託を持ちかけた。
獲物は山分け。織田方に取り立てられた暁には、松澤党も正式な士分で取り立ててもらうよう後押しするという条件に、野盗も色めき立った。
景気づけの酒盛りは夜半まで続いていた。
隼人の元に集まったのは13人。
「朧、朱音、霞のくのいち三名は非戦闘員を守れ。我らが敵を奇襲したと同時にこの家を出て、1里程戻ったところにあった神社境内にて待機していろ。ぐずぐずしては山から敵の後詰が来るからな。」
朧たちはコクリと頷いた。
「タイガとマサさん、ユウさんは風、ひより、千草を背負って行ってくれ」
サイゾウが戦闘力として低い3名を里からの護衛役に指名した。
残るは隼人を含め7名。
「敵は我らが作戦を見抜いているのを知らん。油断がある今が好機だ。善人のフリして陥れようなどとは卑怯千万。鬼畜の所業である。このような相手に一切の情けは無用。全て切り捨てい!」
隼人は、里の忍び達が理由なしに戦えないことを理解していた。キュウサクのように心痛めるものがいないようにと、相手の卑怯を挙げ、守るべき家族のため切り捨てよと話したのだ。
サイゾウはそんな隼人の心遣いに感服した。
朧達護衛班は女達の集まる部屋へ向かい、残った6人に対し隼人は作戦概要を告げ、各自得物を持って音もなく出陣していった。
-夜明け前
玄十と弥太郎の二人が、闇に紛れて安田屋敷へ忍び込んだ。
納屋に火を放ち、台所の油壺を蹴り倒す。
パチ、パチ、と乾いた音を立てて火は広がり、ほどなく煙が屋敷に満ちていった。
「火事だッ!」
「水を持て!」
広間に屯していた連中が、慌てふためき庭へ飛び出す。酒に酔った足取りで、我先にと転げ出てくる様は烏合の衆そのものだった。
待ち構えていた隼人、サイゾウ、ショーゾー、セイヤ、ケイゴの五人が一斉に飛び道具を放つ。
ヒュン、シュバッ――
矢、手裏剣、吹き矢が雨のように降りかかり、数名が悲鳴を上げて崩れ落ちた。
「な、なんだ貴様ら!」
「ぐあっ!」
混乱の中、生き残った者が剣を抜いて応戦に出る。だが次の瞬間、忍びたちが地を蹴った。
「斬り捨てろ!」
隼人の号令と共に、黒い影が突入する。
サイゾウの忍刀が敵を薙ぎ払い、ショーゾーの短刀が喉を穿つ。セイヤとケイゴもそれぞれ二人を斬り伏せ、血飛沫が夜気に散った。
最後に残った安田仁左衛門は、庭の片隅で逃げ惑いながら叫んだ。
「ま、待て! わしは裏切ってなど…伊賀のためを思い―」
その言葉は最後まで続かなかった。
隼人の刃が閃き、仁左衛門の声は血に呑まれて消えた。
戦はわずか半刻にも満たず終わった。
隼人は血を払うと、短く命じた。
「退くぞ。長居は無用だ」
忍び達は音もなく闇へ消えていった。




