第48話 丹波と隼人
平成の里にゴエモンから手紙が届いた。
京の受け入れ態勢はほぼ整ったので、いつなりとも来ていい、というものだった。
「いよいよ計画を進める時期だな。」
そう言うと、三太夫はケンタを呼んだ。
ケンタも16になり、今年から本格的に忍びの鍛錬に加わっている。
戦闘はまだまだだが、健脚は里で一番だったため、使い番の役を担っていた。
「ケンタこの書状を百地の丹波様に届けてくれ。」
「かしこまりました。」
そういうとケンタは風のように部屋を出て行った。
書状は三太夫が以前丹波と密約したこと。
里の脱出計画に百地党の者も加えるということで、脱出する者を選んで送ってほしい、という内容だった。
百地丹波は伊賀三大上忍の一人だが、忍びだけではなく、一体の土豪、地侍である。
そして伊賀十二人衆を束ねる立場にもあるため、未来を知るものでありながら、滅びゆく伊賀に殉じる運命を受け入れなければいけない立場にもあった。
一個の武人として、その覚悟はできている。
だが、やはり、家族は、妻や子は生かしてやりたかった。
丹波がそう思い、妻に脱出するよう説得したが、「武人の妻が夫と運命を共にするのは世の習わし。私ひとり落ち延びよなどというお言葉こそご無体。」と言って、頑なに拒否した。
「隼人、平成の里からいよいよ計画を実施すると言ってきた。だが、我らの思いとは裏腹に、我が家中の者どもは落ち延びることを良しとせん。」
「それは、そうでございましょうな。我らは平成の里の者と違い、そうした死生観を植え付けられ今日まで生きてきたのですから、突然生きよと言われても、どう生きていいかもわかりますまい。」
柘植隼人は2月に平成の里を訪った後、丹波から平成の里が未来人の里であることを打ち明けられた。
最初は何を言っているのか理解できず、丹波の気が触れたのかとも思ったが、これまでのいきさつや、ゴエモン、キュウサクなどの人となりを思うに、確かに我らと違う、と思うようになっていた。
それでも、まだ半信半疑という気持ちではあるが、丹波の気が触れているわけではないということがわかるにつれ、信じるしかないと思い始めていた。
「我らこの時代のものにとって、戦う前に落ち延びるということは、誰もが潔しと思わないでしょう。しかるに、落ち延びさせるにしても、戦った後、いざ落城という時でなくては、誰も従いますまい。」
「だろうな。しかしそうなると落ち延びられる可能性はゼロに近くなるのだが…」
「いたしかたありますまい。それを受け入れるのも運命にござりましょう。」
「おまえ、朧はどうする気だ?」
突然丹波にそう言われると、隼人は口ごもった。
「あ、あれも我らが伊賀忍の一人。甘んじて運命を受け入れましょう。」
「生かしてやらないのか?」
「そうしたくとも、丹波様の奥方同様、言う事をききませぬ。」
「ふーむ…」
そういうと丹波は腕組みし沈思した。
朧とは、柘植隼人の配下のくのいちである。忍び名は朧月というのだが、一度師に破門されて以降、皆朧と呼ぶ。
配下と言っても、隼人とは幼少の頃から一緒に育った仲であり、兄妹のようでもあった。
朧はくのいちには珍しい未通娘だった。
忍びの訓練で、くのいちは男を篭絡する術を教わる。その際男を知ることを強要される。
だが、朧はそれを頑なに拒んだ。
師の教えに背くことは、破門を意味し、路頭に迷うことになるのに…
―7年前
隼人は朧にいい聞かせていた。
「なぜ師のいいつけをきかん。くのいちがそうすることは当たり前のことではないか。」
だが朧は頑なに首を振り続ける。
「お前、誰か好いてるものでもおるのか?そいつに操を立てて…」
そこまで言った時、朧の強い視線が隼人を見ていることに気付いた。
「隼人さまが、くのいち修行を受け入れろというならば、私は従います。でも、私の初めての操は、隼人様にたてとうございます。」
決意のこもった声だった。
それを拒み、くのいち修行を強要すれば、朧は自害するだろう。
それがハッキリわかる目で隼人を真っ直ぐみ据えていた。
だが、隼人自身も半人前の身だった。
朧を嫁にするような立場でもなく、師に歯向かえる立場でもなかった。
隼人は困ったが、弟を自害させた後だっただけに、これ以上身内の様な者を失いたくはなかった。
隼人は意を決して朧に告げた。
「わかった。お前の身柄俺が引き受けるようお前の師に願い出よう。だが、お前をすぐに娶るわけではない。俺もお前もまだまだ半人前だ。互いに独り立ちし、それでもなお気持ちがあったら、その時は…」
その後隼人は、朧の師に直談判した。
当然半人前が何を言うか、と罵られ、半殺しの目に合うことも覚悟していたが、朧の師は、
「あれはお前以外に扱えぬだろう。我とて、娘のように育ててきた者の性格もわきまえておる。くのいちとするには純粋過ぎる。だが、それを簡単に許したとしては、他の者に示しがつかぬ。」
朧の師は、意外にも彼女の性格的に普通のくのいちとするのは無理だと理解していた。
だが、それを簡単に許しては、誰もくのいちになどならなくなる。
「故に師の言いつけに従わぬ者を破門とし捨ておく。知っておろうが、ここで師に破門された忍びは、人として扱われぬ。あとを拾うは自由にせい。」
そうして朧は破門され、隼人が拾い下女として住まわせる態にしながら、忍びの術を教えてきた。
そして、隼人が晴れて百地忍軍の頭領となった時、正式に配下に組み入れた。
だが、晴れて一人前になっても隼人は朧に手を付けようとはしなかった。
そのため、朧は19になっても未だに未通のくのいちなのであった。
―再び丹波と隼人
「お前、朧は生かしたいのだな。」
丹波が念押しのように低く聞いた。
「はい。あれには女子の幸せを味わわせてやりたいと思います。」
「お前、女子の幸せというものをわかっているのか?本気でそれを味わわせてやりたくば、朧を抱いてやれ。」
隼人は黙った。それは男としてわかってはいた。
だが、時期を逸した。今は完全に主従の関係が先に立っている。
「堅物め」
丹波はそう言って笑うと、朧を生かすという話に戻った。
「朧を生かす為、俺に一計がある。どうだ、俺の指示に絶対従うか?」
「もちろんでございます。私が丹波様のご指示に背いたことなどありますまい。」
「ふむ。では、申し渡そう。」
そういうと丹波は居ずまいを正し、強い口調で言い渡した。
「柘植隼人、及び朧、他数名は平成の里の者の脱出計画の護衛役を命じる。そして、京脱出後はそのまま滞在し、伊賀に戻ることを禁ずる。」
「な、お待ちあれ。さすがにそれはいかな丹波様のご命令でも聞くことはできません。」
隼人は気色ばんだ。
「先ほどお前は俺の指示に絶対従うと言ったではないか。」
「それとこれとは話が別です。私とて伊賀の忍び。仲間が死を賭して戦う時にどうして一人京の都でのうのうとしていられましょうか」
「だが、朧を生かしたいのであれば、お前も生きるしかあるまい。あれはそういう女子ぞ。」
「であれば、この地で共に死にまする。」
「まぁ待て。落ち着くのだ。よいか、我らは里の者からこの地に訪れる未来を知らされているのだ。結果を知らずに戦うのと違う。」
そういうと丹波は一つ咳ばらいをした。
「この地は戦闘員じゃなくとも皆殺しにされる運命なのだぞ。降伏して城主が腹を召せば許される戦と違うのだ。それでも脱出する者達はいる。その時外から仲間を導く手が必要なのだ。負け戦の中の退却戦ほど難儀なものはない。隼人、わしはお主にそれを託すと言っているのだ。」
隼人は押し黙った。
言っている事はわかる。
だが、武人として、戦が始まる前に離脱することがどうしても納得できない部分でもあった。
その考えを先読みしたように丹波が穏やかに言い聞かせる。
「三太夫がな、後世の歴史書では、俺のこの戦での生死は不明であると言っていた。俺は戦から手を引くことはできぬが、戦って戦って、落城となった暁には、一人の忍びに戻り伊賀を脱するつもりだ。その時、お主ら外に配置した者達が我らを迎えに来てくれ。伊賀の血を残せるかどうかはお前たちの働きによるところが大きいのだ。」
そこまで言われると、隼人も首を縦に振るしかなかった。
大きな戦闘に加われない悔しさはあるが、恐らく、これから繰り広げられる織田忍軍との暗闘も、熾烈なものになる。
隼人の気持ちは既に切り替わっていた。




