第47話 救民所
「信長様に繋ぎをつけられるか?」
ゴエモンの問いに、右近は片眉を上げて笑った。
「さすがに直接は無理ですぜ。あの方の周りには、甲賀者が四六時中張り付いてますから」
「やはり、前田様を経由するしかなさそうだな」
ゴエモンは懐から一通の手紙を取り出し、右近へ差し出す。
「これを前田様に渡してくれ。信長様に取り次いでもらえるよう頼んでほしい」
右近は受け取りながら、わざと渋い顔をした。
「やれやれ、あっしは旦那の子分じゃないんですからね。銭も貰わず、あぁしろこうしろじゃ割に合わねぇってもんでさぁ。」
そう口にしながらも、唇の端は緩んでいる。
右近との縁は、忍びの初陣まで遡る。当初は敵か味方かも怪しい伊賀者だったが、幾つもの修羅場を共にくぐるうち、言葉にせずとも分かり合える関係になっていた。
「まあそう言うな。今日も膝と腰の治療してやるから。」
「…痛いところ突いてきやがる。分かりましたよ、今夜ちょっと行ってきますわ」
―翌日
前田利家は、右近から預かった書状を懐に忍ばせ、二条城へ出仕した。
「上様、例の平成の里の者から書状を預かって参りました」
「ほう……見せよ」
信長は手紙を受け取り、静かに目を走らせる。
「して、何と?」と利家。
「ふ……あやつ、阿呆ではないようだ。京の内に救民所を作れと申してきおった」
「救民所?その心は?」
信長は顎に手をやり、ゆっくりと答える。
「まずは正真正銘の難民対策だ。伊賀を蹂躙すれば、国を追われた者どもが都へ押し寄せる。放置すれば治安も乱れ疫病も蔓延する。」
利家は頷く。
「なるほど」
「そして第二は…里の者たちの避難先だ。数人なら匿えるが、里ごととなれば怪しまれずに住む場所が要る」
利家の表情に納得の色が浮かぶ。
「幸い、あやつらの養生所は評判が良い。責任者に据えてやらせるのも手ですな」
信長は祐筆を呼び寄せ、村井貞勝へ宛ての指示書を書かせた。
その翌日、ゴエモンとアヤカは神谷宗兵衛に呼ばれた。
留守はキュウサクと蛍に任せ、久しぶりに神谷邸を訪れる。
門をくぐると、タツが赤子を抱えて迎えに出た。
「おかげさまで、この子も私も元気に過ごせています。これもすべて、お二人のおかげです」
「順調そうで何より。お乳は出てる?名前は決まった?」
宗一郎が笑顔で答える。
「宗太郎と名付けました。父が三日も考えてつけた名です」
宗兵衛の喜びは隠しようもなかった。
タツが続ける。
「お義母様が、お二人のことをすっかり気に入られて、町中に“神業の持ち主”だと吹聴しているんですよ」
「ありがたいんですが、そのせいで忙しくて忙しくて……お断りする方も出てきてるくらいです」
ゴエモンは苦笑した。
そこへ宗兵衛が、笑みをたたえて現れる。
「なんや、楽しそうどすな」
「商売繁盛で何よりですな。アヤカはんの妹さん夫婦も来られて、ようございましたな」
「ええ、忙しくなったところに来てくれて、大変助かっています」
宗兵衛は頷き、本題に入った。
村井貞勝の名で、京都市中の寺社や町衆に向けた文が届いたという。
―伊勢、伊賀など近隣の戦で難民が京に押し寄せる可能性が高い。無闇に町へ入れれば治安が乱れる。よって寺社や町衆は協力し、鴨川沿いや各寺社の敷地内に救民所を設けよ。これはあくまで自主的に行う形とするが、協力者には内々に格別の沙汰あり――。
ゴエモンは内心、ほくそ笑む。
(さすが信長様。昨日の今日でこの動きか)
宗兵衛は続ける。
「もともと、ここの六角はんは、山城の大飢饉で窮民小屋を建てたのを始まりに、粥施業などの難民救済を積極的に行ってきたところです。その後も乱があるたび貧民救済を続けてきましたので、特別なことではありまへん」
「ただ今回は、寺の住職と相談して、救民小屋を増やすことにしました。問題は集まった者たちの健康管理です。放置すれば疫病の原因にもなる。そこで、お二人にこの事業の中心となって担っていただきたい、というのが町衆からの願いどす」
「わかりました。町のためにできることは何でもやらせていただきます。ただ、私たちだけでは手が足りません。親類一同を呼び寄せ、助力させてもよろしいでしょうか?」
「おうおう、それはええ。ゴエモンはんとアヤカはんの身内なら安心や。あの妹はんの蛍いう娘も、働き者のええ娘やしな」
宗兵衛の即答に、二人は頭を下げた。
京都で築いてきた信頼は、もはや揺るぎないものとなっていた。




