第46話 解き放て
ゴエモンとキュウサクは忍び装束に着替えた。
「右近、ダメで元々だ。伊勢屋の井村五平殿のところへ行って、人数出せるようなら加勢願いたいと伝えてくれ」
「承知」
そういうと右近は闇に溶けていった。
「アヤカは神谷邸に…」
と言い終わる前に、彼女は首を振った。
「私も行く!戦えなくても、蛍を迎えに行きたい!」
その瞳の光は覆せぬと悟り、ゴエモンは小さく笑った。
「危険が去るまで安全なところにいるんだぞ。」
「わかった。ありがとう。」
「キュウサク、つらい過去を思い出すかもしれないから無理はするな。俺がやられたらアヤカを連れて逃げてくれ。」
「わかりました。」
そこまで言うと、ゴエモンは立ち上がり、千子村正の鎧通しを懐に忍ばせ、部屋を出た。
―玄明寺
蛍が寺の門をくぐると、昼間の声の主が正面からあらわれた。
「幻無…さま…」
蛍の体がこわばる。
「よく来たな蛍火。我が娘よ。お前を拾い育てた俺の恩、忘れてはおらなんだな。」
そう言うとクックと笑った。
「さあ、こちらに来るがいい。俺はお前の親であり、師だ。」
そういい、蛍を寺の本堂の中へ引きずりこんだ。
「お前にくのいちとしての全てを仕込んだのは俺だ。女にしたのも俺だ。忘れることなどできぬだろう」
言葉と同時に蛍は押し倒され、衣を剥がされる。
蛍は抵抗できなかった。
現代のDVを受けている女性と一緒だ。
逃げたくても、声を発したくても、過去に暴力で身に沁み込まされた感情は、頭で理解していても恐怖で体は反応できないのだ。
それでも蛍は身を固くし、体を丸めながら精一杯抵抗していた。
昔はそれが当たり前だと思っていた。
心を閉ざし、嫌悪感を封印していた。
だけど、今は、ゴエモンやキュウサクら平成の里の人々とのふれあいを通じて、それが異常だということに気付いた。
血は繋がっていなくとも、父が娘を犯すなどという汚らわしきことを、平然と行う目の前の男も、それを受け入れてきた自分という存在も、何もかも狂っていたと感じるようになっていた。
でも…恐怖で体に力が入らない。
「…イヤ…キュウサク…キュウサク、私、イヤ…」
か細い声でシクシクと泣くことしかできなかった。
ゴエモン達は玄明寺に着いた。
正門側には2名の見張りがいた。
裏手は1名。
ゴエモンは裏手から侵入することにした。
裏門が見える斜面の大木の陰にキュウサクとアヤカを待機させ、
「ここを動くなよ。何かあれば逃げるんだ」
「お気をつけて。」
「無理しないでね。」
そう言う二人に軽く手を振り、ゴエモンは闇に消えた。
裏門を守る忍びは、緊張感もなく、半分居眠りしていた。
ゴエモンが正面に立っても気付かない体たらくだ。
村正を抜き放ち、相手の口を手で封じながら寺の土塀に押しつけた。
見張りは目を剥き動揺している。
「騒ぐと命はないぞ。蛍はどこだ?」
「ほ、本堂でお頭と、よろしくやって…」
その一言でゴエモンの怒りは頂点に達した。
そのまま、村正を相手の頸動脈に走らせる。
首筋からは血しぶきが噴水の様に噴出したが、ゴエモンはそれを軽く横に飛びのけかわした。
本堂の入口には5人の忍びがいた。
ゴエモンは建物の影になる部分を利用し、直近の男に音も無く近づくやいなや、先ほどの見張り同様首を掻ききる。
ドサっと倒れる音に反応し、一斉にこちらを見る残りの忍び達。
素早くゴエモンは棒手裏剣で近くの一人の胸板を貫き、また建物の影に潜む。
「誰かいるぞ!敵か?」
「何人だ?」
「探せ!」
敵が混乱している真ん中に焙烙火矢を投げ込むと閃光と爆音があたりに響いた。
それに合わせてゴエモンは飛びだし、一人の男にラリアットをぶちかまし、そのまま地上に後頭部から叩きつける。
「いたぞ!こいつ!」
そう言って切りかかってくる忍びに対し、鍔元を押さえ相手の刀を抑えると、そのまま相手の腕をとり、脇固めの体制で決める。もちろん実戦では加減などしない。相手の肩関節が外れるゴリっとした感触が伝わる。悲鳴を上げ、のたうち回る相手の落とした忍び刀を拾うとゴエモンは冷徹にとどめを刺した。
(大事な者を守るためなら、俺は鬼にでもなる!)
ゴエモンはもう迷わなかった。
残る1名は形勢不利と見たのか、身を隠し、呼び笛にて仲間を呼んだ。
「チッ、ここで応援に来られたらやっかいだな。」
そう思い、敵との闘いより、蛍救出を優先した。
本堂の扉を開ける。
部屋の隅の方から、蛍の咽び泣くような小さな声が聞こえてくる
「…イヤ、イヤ…、ゴメンナサイ、キュウサク…」
「蛍、いるのか?」
ゴエモンが声を掛ける。
ゴエモンの声を聴き、蛍は、ハッと我に返り叫んだ。
「嫌――――――――!!」
蛍の叫び声が聞こえた。
(蛍!)
同時にキュウサクは立ち上がり駆け出していた。
本堂には敵の増援が4人なだれ込んできた。
(くそ、4人はきついな…)
二人が同時に向かってくる。別の二人は背後に回ろうと移動している。
最初に襲ってくる相手の初太刀を交わし、抜き放った村正で、相手の太ももを刺し動きを止める。
同時に二人目が面前に上段から振り上げてくる刀の手もと持ってうけると、みぞおちに強烈な膝蹴りをくらわす。
怯んだ相手の体を盾にして、後ろを向くと同時に、敵の放った手裏剣が、盾にした男に突き刺さった。
二の矢が来る前に、横っ飛びで身をかわした瞬間、手裏剣を構えていた敵の忍び二人が倒れた。
本堂の入口からキュウサクが手裏剣を放ちながら駆け込んできていた。
幻無は、数をたのみ放っておいてもいずれ終わると思い、蛍への凌辱をやめなかった。
キュウサクはそのまま一目散に本堂の奥へ走ると、蛍に覆いかぶさっている下衆な男へ向かい叫んだ。
「蛍から、離れろー!!」
魂の咆哮と共に跳躍したキュウサクは、幻無の首を渾身の力で刎ね飛ばした。
首は驚きの表情のまま1間余りも飛び、コロコロと転がった。
蛍に覆いかぶさったままの、首の無い骸を足で蹴り飛ばし、キュウサクは蛍を抱きしめた。
「キュウサクゥ…、ゴメン、キュウサクゥ…私…」
蛍は、泣きながらうわ言のようにそう呻き続けている。
アヤカが入ってきて、そっと蛍に上着をかけ、キュウサクと一緒に抱きしめた。
「終わったのよ、蛍…。あなたの過去の因縁も全て。これからは、キュウサクと幸せになれるわ」
ヒック、ヒックとしゃくりあげながら蛍は、
「でも、でも私なんて、キュウサクに相応しくない…。汚れているもん…」
と自らを責める。
「蛍は汚れてなんていないよ。ちゃんと嫌って言えたじゃないか。もう流されたりしない強い心を取り戻せたんだ。」
キュウサクが優しく言う。
「俺もわかった。ゴエモンさんたちがどうしてあんなに強く戦えるのか。それは大事な者を守るための戦いだから。俺にとってそれは蛍なんだよ。今、蛍の為に敵を殺めても、もうあんな風に心が壊れたりしない。」
「…私、戻ってもいいの、風結庵に…?」
「当たり前だろう。他に何処に帰るっていうんだ?」
ゴエモンも蛍の頭を撫でながら優しく言う。
「私の妹夫婦よ」
アヤカがそう言うと、蛍はうれし泣きしながら
「本当にそうなりたい。これからも、キュウサクと、ゴエモンと、アヤカ姉さんと…」
そう言ってアヤカの胸に顔をうずめて泣きじゃくった。
ゴエモンが外に出ると右近がいた。
「おー、右近、五平さん達助太刀に来てくれたんだな。」
「へい。五平さんとこの百地党の手の者3人来てくださり、残ってた4人ばかり倒していかれましたぜ。」
予想よりずっと多い数だった。
百地党の助太刀がなければやられていただろう。
「後でお礼に行かなきゃな。右近もありがとうな」
「よせやい、背中がムズムズしやすぜ」
そう言いながら互いに笑った。
一人の女の子が、重い呪縛から解き放たれた夜が明けていた。




