第42話 命は穢れか
ゴエモンとアヤカは、神谷宗兵衛の家の離れに居候していた。
借りる物件が決まるまでの間、自由に使っていいという、神谷の好意に甘えることにしていた。
神谷の家には跡取りの若旦那宗一郎と嫁のタツが居た。
夫婦になって4年が経つらしい。なかなか子宝に恵まれなかったが、やっと授かったらしく、タツは大きくなったお腹で忙しく家事に店の手伝いに奔走していた。
宗兵衛も、妻の玉も初孫を心待ちにしており、タツが働きすぎではと、ヒヤヒヤしていた。
アヤカは助産師資格を持っており、落ちてくる前は産婦人科に勤務していた。
アヤカの見立てでは、臨月に入っていると思われた。
ある日のこと。
家事の最中、タツが、突如うずくまり呻き出した。
「…うっ……!」
顔を青ざめさせた宗一郎が駆け寄る。
宗兵衛も目を見開き、
「早すぎる。これはよろしくない…里吉、急ぎ産婆を呼んでまいれ!」
下男の里吉は近所の産婆の元へ走ったが、すぐに戻って来た。
「産婆は別の取り上げに行っていて、直ぐに来られねえそうでがす」
そう言いながら、自分が悪いかのようにぺこぺこ頭を下げている。
「他の産婆はおらんのか?誰でもいい、はよう連れて参れ!それと祈祷師や!無事生まれるよう、祈祷師もつれて参れ!」
そう言って里吉を突き飛ばした。
その様子を遠巻きに見ていたアヤカは、いてもたってもいられなくなり、ツカツカと宗兵衛の前に進み出て言い放った。
「そんなグダグダしている暇はないの!祈祷師なんか呼んでどうすんの?あんなの騒がしいだけで、今は邪魔!」
そういってアヤカはタツの側に膝をつき、様子を確認した。
足元が濡れている。
(破水した…早く取り出さないと赤ちゃんが危ない…)
そう思うとアヤカは立ち上がり、まだ産婆だ祈祷師だとうろたえている宗兵衛に向かって言った。
「タツさんを産小屋へ運んで。ゆっくりね。あと湯を大量に沸かして順にここへ運んで。小屋の中でも湯を沸かせるよう炭と七輪も持ってきて。あとは清潔な布をたくさん。消毒用の焼酎も!」
「え、ええと……」
呆気にとられ、言葉が出ない宗兵衛に対し、
有無を言わさぬ口調で指示を飛ばすアヤカ。
「…あ、あんたさんが取り上げなさるんで…?」
不安げに問う宗兵衛に、アヤカは強く言い切った。
「ほかに誰がいるの?このまま放っておいたら、母子ともに助からないわよ。神様仏様に祈るのは、やれること全部やってからにして!結果がどうなっても、責めるなら私を責めて。だから、お願い、急いで!」
その言葉に宗兵衛もようやく我に返り、ばっと身を翻して母屋へ駆けていった。
支度が整い、アヤカとゴエモンは清潔な作務衣に着替え、焼酎で手を洗った。。
手袋も消毒薬もない時代のせめてもの処置だ。
いざ小屋に入ろうとした時―
宗兵衛が不安げに声をかけた。
「ま、待たれよ。出産の場に男が入るは、穢れと申すもので…」
その言葉を遮って、アヤカが怒気を含んだ声をあげた。
「うるさいっ!女が穢れてるって言いたいの!?子どもが穢れてるって!?あんた、自分がどこから生まれてきたかわかってるの?あんたのお母さんだって、こうやって命がけで産んだんでしょうが!女が命を懸けて子を産もうとしてるのに、“穢れ”なんて言ってる場合!?」
宗兵衛は言葉を失い、ただ立ち尽くした。
「宗一郎さん、あなたもそばにいてあげて。タツさんが一番そばにいてほしいのは、あなただから。
“穢れ”だの“不吉”だのって言ってウロウロする暇があるなら、中に入って手握って、励ましてやんなさいよ!」
そう言ってアヤカとゴエモンは小屋の中へ入っていった。
宗一郎は、なおも逡巡しつつも父の視線を振り切り、黙って着替えに向かう。
宗兵衛が問う。
「おまえ…中に入るつもりか?」
宗一郎は静かに、だがきっぱりと答えた。
「はい。アヤカさんの言葉が正しいと思います。…もし、タツが命を落としたら、私は一生後悔する。だから、できるだけのことをしたいんです」
宗兵衛はそれ以上何も言わなかった。
宗一郎は着替えを済ませ、アヤカに倣って焼酎で手を洗い、意を決して出産小屋の戸を開けた―。
小屋の中は、外とは違う静けさに包まれていた。
アヤカが脈をとりながら腹を撫でる。
「よかった。うまいこと陣痛が来てる。でも焦らないで、タツさん、ゆっくり深呼吸して。私の言うとおりにしてね」
タツが苦しげにうなずいた。
「ひっ……ひぃ……ふぅ……私の真似して呼吸して!」
「ひっ……ひぃ……ふぅ……」
「そう、それでいい。ひぃ、ふぅ、ひぃ、ふぅ……リズムを崩さずに。赤ちゃんに酸素を送ってあげるのよ」
ゴエモンも、タツの後ろから腰をマッサージをして少しでも苦痛を和らげている。
アヤカは煮だった湯にハサミや鍼など医療器具の代わりになりそうな物を入れ、煮沸消毒するよう女中に命じた。
宗一郎は、タツの横にいて手を握った。
「タツ…大丈夫だ。俺がいる。やっと授かった命だ。絶対に…」
タツがわずかに笑った。
「…ありがとう…あなたが…いてくれて、心強い。一人きりで頑張るもんだと思ってたから…」
2刻(4時間)ほど経ち、陣痛の間隔が短くなってきた。
「つらいね。でもあと少しよ。」
アヤカは常に声をかけ、妊婦の不安を取り除いている。
宗一郎も手を握り、「がんばれ」と声を掛け続けている。
「いきまないで!まだ…あと少し…」
「深呼吸して!お母さんが息をしないと、赤ちゃんも息ができないのよ!」
そうしてさらに半刻余りが過ぎた時、ついにその時が来た。
(子宮口が全開になった。)
「よし、タツさんよく頑張ったわ!もう赤ちゃんの頭が出て来てるから、深呼吸しながら私の合図で一気にイキむのよ!」
「はい、今よ!イキんで!」
その声に、タツが叫ぶように声を上げ、宗一郎の腕にしがみつき力を込めた。
「う、ううっ……!」
アヤカが身を乗り出す。
「見えた……頭が出てきた、いいよ、そのままもうひといき…!」
そして―
「出たっ!」
静寂…赤子が産声を上げない。
宗一郎が蒼白になった。
「え、なんで…なんで泣かないんだ…?」
アヤカの表情が一瞬強ばるが、すぐに決断した。
濡れた手で赤子の口元を確かめ、鼻と口に詰まった羊水の塊を見つける。
迷いなく、自ら口を当て――吸い出した。
「ごほっ…!」
吐き出し、すぐに手のひらで赤子の背中と胸をこする。
「起きて!がんばって!ねえ、目を覚まして!」
必死にこすり続ける。
ゴエモンも黙って暖めた手ぬぐいを差し出し、宗一郎は泣きそうな顔で妻と赤子を見つめた。
すると―
「おぎゃあ……おぎゃああっ!」
赤子の産声が、小屋の静寂を破って響いた。
タツが涙を流し、宗一郎がその手をさらに強く握る。
「…生きてる……タツ、赤ちゃん……!」
「まだ弱いけど、大丈夫そう。今は体温を保つのが大事…」
そう言って、赤子をタツの胸元へとそっと抱かせた。
「こうやって、直接肌と肌を触れ合わせてあげて。これが“カンガルーケア”っていうの。赤ちゃんは、お母さんの体温と鼓動で、生きる力を取り戻していくわ」
タツが赤子を胸に抱き、震える手で包み込むようにさすった。
母体の方は、アヤカの処置が適切なおかげもあり、出血も少なく、危険は無さそうに見えた。
宗一郎が、その肩にそっと手を置いた。
二人は、互いに微笑み合っていた。
新たな命が、この世に無事にやってきた――その奇跡を確かめ合うように。
ゴエモンが、ぽつりとつぶやいた。
「凄いな、命って...」
アヤカは静かにうなずいていた。
ゴエモンとアヤカが産小屋を出ると宗兵衛と玉が心配そうに立っていた。
「産声は聞こえたが...子供は?タツは無事でっしゃろか?」
「母子共に大事無いと思います。赤ちゃんはとにかく温めて、タツさんも産後しばらくは無理させず滋養のあるものを食べさせてあげてください。」
アヤカはそう言うと深くお辞儀をし、
「先ほどは大変失礼な物言いで申し訳ありませんでした。あと、皆さんが大切に守られている風習を破らせてしまったことも重ねてお詫びいたします。ご近所から何か言われましたら全て私のせいにしてください。」
と言うアヤカに続いてゴエモンも
「こんな地域の風習を乱すような者は、この地で養生所などできないと思いますので、どこか別な地域に店を探そうと思います。これまでご親切にしていただきありがとうございました。」
そう言って離れに戻ろうとした時、
「何をいわはりますの!あんたさんらがおらんかったら、嫁も孫も助からんかったのですよ。私もおなごとして子を産んでる身です。風習や迷信よりも、命を生み出すことがどれだけ大変なことかわかっております。礼こそすれ、非難なんてできまへんわ。」
姑の玉が強い口調で二人を引き留め、宗兵衛に向き直って言った。
「もしこの人が、このことであんたさんらを追い出すようなことするなら、私も嫁と孫連れてこのうち出ていきますわ。」
騒ぎを聞いて産小屋から宗一郎も出てきて言った。
「私も出産に立ち会えて本当に良かったと思います。アヤカさんの神がかりな処置がなければタツも息子も助からなかったでしょう。こんな恩人を追い出すようなことがあるなら、私も母さんと一緒に家を出ます。」
それを聞いて宗兵衛は青くなった。
「わて何も言うておりまへんがな。わてかてお二人に感謝してますし、追い出すなんて思うておりまへん。風習は風習です。命はそれ以上に大事です。近所から文句言われるなら、わても一緒に出ていきます。」
宗兵衛がそういうと、その場にいた全員噴き出した。
「いや、後のことはお気になさるな。とにかく嫁も孫も元気なことが一番…って宗一郎、さっき息子言うたか!?」
「はい。父さん、りっぱな神鳳堂の跡取りです。」
「いやったー!」
宗兵衛は大粒の涙を浮かべて飛び上がった。
※戦国期の出産について
戦国期を含む中世〜近世の日本では、出産は「神聖である」と同時に「穢れ(けがれ)」とされるものでした。血を伴う行為であり、死と隣り合わせであるため、宗教的な理由から社会的に隔離される傾向がありました。
そのため、出産時は産小屋というものを建てました。、家の外れ、納屋の脇、裏山、川辺などに設けられることが多く、本宅からは隔離されていました。
助産を行うのは経験豊富な産婆、義母、母、姉妹などが補佐につき、男性は基本的に立ち入り禁止でした。
産婦は出産後しばらく「穢れている」とされ、一定期間は家や村の共同生活から離れました。通常は 7日〜33日程度(地域差あり)その間は産小屋で静養し、他者との接触を避けていたようです。
医療的処置はほとんど期待できなかったため、出産は母子とも命がけのものでした。
ただし、地域や年代でこうした風習も差がありますので、こうした風習もあったくらいに思っていただければと思います。




