第38話 忍び道中
祝言から1週間が過ぎた。
ゴエモンとアヤカは三太夫の庵に呼ばれている。
「さて、お前たちもめでたく夫婦となった。
そろそろ計画を実行していきたいが、二人とも覚悟はいいか?」
ゴエモンとアヤカは無言で頷いた。
「今回お前たちに京に拠点を作るに当たっては、丹波様も全面協力してくれると書状に書かれていた。
京に着いたなら、室町通りで伊勢屋という呉服屋を営む井村五平という男を訪ねよとのことだ。
もちろん呉服屋は表面上のことで、百地党の京での活動拠点だ。」
他に京の地図など書いてもらったが、里で京にいったことがあるのは、三太夫が随分前に行ったきりで、記憶も曖昧な怪しいものしかないのが一抹の不安だった。
その夜
ゴエモンは旅支度を整え、住み慣れた家を掃除してから里での最後の夜を迎えていた。
「この里ともしばらくお別れだね。」
アヤカが少し寂しそうに言う。
「そうだね。ここがあったおかげで、僕らはこの時代で生きてこられたんだ。」
「うん、そして出会うこともできた…」
アヤカは少し照れ臭そうに下を向いた。
「ここを守り抜かなきゃいけないね。みんなのことも。」
「頑張ろうね。どんなことがあってもあなたについていくから。」
そう言うと、アヤカはそっとゴエモンの腕の中に潜り込んできた。
里で最後の夜が、静かに更けていった。
翌朝早くゴエモンらは行商人の夫婦という態の旅支度を整え、里の入り口へ向かった。
里の皆が見送りに来ていた。
「頼むぞ。」
三太夫が短く言った。
「里の心配はしなくていいからね」
オユキが笑顔で手を振る。
「アヤカ姉いなくなるの寂しいな…」
ひよりが下を向いている。
「皆さんありがとうございます。こうしているといつまでも行けないので、もう行きますね。」
不安と皆の温かさで涙が出そうなのを必死でこらえ、二人は深々と頭を下げた。
「お世話になりました。」
そう言ってゴエモンらは里を後にした。
アヤカは里を遠く出るのは初めてだった。
この時代、遠くない距離でも旅をするというのは危険が伴った。
特に伊賀は織田の勢力にぐるりと囲まれている。
伊賀者は様々な形に変装することは、知られているため、ちょっとでも怪しいと関所などでの詮議が厳しくなる。
だが、事前に柘植隼人から、
「伊賀の忍びは、各地を安全に旅するための様々な工夫と協力網がある。
今後平成の里の者も、それらを遠慮なく使うがいい。」
と言われていた。
この旅でも関所のある大道はできるだけ避け、伊賀者のみ使う抜け道を通り、途中の宿泊も伊賀者が利用する隠れ宿を利用した。
おかげで特に危険な目に遭うことことなく、2日半で京まで辿り着くことができた。
里を立ってから3日目の夕刻、ゴエモンとアヤカは伏見・鳥羽方面から京都市中に入った。
戦国時代とはいえ、さすが都、人が溢れ、寺社や公家、武家の屋敷が立ち並んでいた。
「人多いね~」
さっきまで疲れた顔をしていたアヤカが目を輝かせて周囲を見回している。
「太秦みたいだね。」
ゴエモンがそういうと二人で笑った。
だが、戦国期の京都は決して華やかなところではない。
応仁の乱以降も京都は様々な争いごとの度に焼き払われた。室町将軍家に力なく、京を治める勢力がコロコロ変わったことで、無政府状態が長く続いた。
織田信長が入京し、やっと京都の治安が保たれるようになってきた。
ゴエモンは事前に三太夫から言われていた。
「京都は散々余所から来た者に荒らされた歴史を繰り返しているから、余所者には大変厳しいところだ。
町衆などで信用のある者の保証がない限り家を借りることもできんぞ。」
そう聞いているだけに、早めに井村という人に会っておきたかった。
二人は疲れた体を叱咤しながら、室町通りにあるという伊勢屋を目指した。
だが、現代のような標識があるわけでも、道順を丁寧に書いた案内図があるわけでもない。
「ちょっと、どっちだっけ…?この筋を北?」
「ちがう、さっきの路地かもしれないな」
碁盤の目の町並みに加え、似たような町筋、土塀、格子戸の家々に囲まれて、方向感覚が狂っていく。
三太夫のうろ覚えの地図は全く役に立たなかった。
行き交う人波に押されながら、ゴエモンとアヤカは完全に迷子になっていた。
「ねえ、誰かに聞いてみよう?」
アヤカが通りすがりの町人に声をかけようとするが…。
そのたびに、皆そっと目を逸らし、足早に通り過ぎていく。中には露骨に道の反対側へ避ける者もいた。
言葉遣いか、身なりか、仕草か、京都の人は余所者を見抜く目が備わっているのだろう。
仕方なく、通りの角にある小さな雑貨屋に足を踏み入れた。米や味噌、縄や薬草などを並べた、古びた町屋の店だ。
「すいません。室町通の伊勢屋という商家を探してまして…」
番頭らしき初老の男が、ちらりと二人を見た。
「ほう?行商人はんが、室町の商屋も知らんのどすか」
目が笑っていない。明らかに疑っている。
「ええ、初めての荷運びで…、道に迷ってしまって…」
「…ふん。ほな、七条戻って、一筋目を北へ上がりなはれ。だが、よそ者がうろつくと、よけいな誤解も呼びまっせ」
刺すような忠告に背を押され、二人は再び通りへ出た。
言われた通りに角を曲がろうとしたそのとき─
「おい、そこの行商人風の二人」
後方から鋭い声がかかる。
振り返れば、槍をもった四人組の市中警護役人が、こちらを睨んでいた。
「ちょいと聞きたいことがある。この先の番所まで同道願おうか」
あの雑貨屋の番頭が、通報したのだろう。
ゴエモンとアヤカは、京の空気の冷たさを、肌の奥まで突き刺すように感じていた。
番所に着くなり、二人は奥の詰所に通された。
畳敷きの一室。簡素な屏風と帳簿の山、そして役人たちの冷ややかな目。
「さて、ちと話を聞かせてもらおうか」
一人が胡坐をかきながら帳面を開いた。
「どこから来た?どこへ行く?京都には何日滞在の予定だ?」
「道中の宿はどこだ?身元を保証する者は?」
矢継ぎ早に浴びせられる問い。答える間も与えない調子に、アヤカはわずかに身を強張らせる。
だが、ゴエモンは落ち着いていた。
いつぞや百面の右近が言っていた言葉
『こういう場面では引いた方が負けなのです』
忍び働きには機転と度胸が大事なことを、これまでくぐって来た修羅場を通してしっかり身に着けていた。
卑屈になることなく、滔々とあらかじめ打ち合わせていたとおりの説明を繰り返した。
ゴエモンは何を聞かれても泰然自若としている。
役人も、こう落ち着き払って対応されては、目の前の男が嘘を言っている気がしなくなってきていた。
そこで最後の手段とばかり
「おい、持ち物、全部改めよ」
別の役人が命じ、荷袋や懐の品まで丹念に調べられていく。
やがて、ひとりが声を上げた。
「これ!見てみろ」
役人がゴエモンの懐から取り出したのは、短刀。
信長から拝領した千子村正だった。
「…!」
鞘の表面に、金箔で誂えられた織田木瓜の紋。
それを見た瞬間、部屋の空気が変わった。
役人たちが一斉に黙り込み、互いに視線を交わす。
「…この刀、どこで手に入れた?どこぞで盗んだのではあるまいな。」
ゴエモンは一瞬ためらったが、視線をそらさずに言った。
「いただいたんです。あるお方から」
誰からとは、あえて言わない。
しばし沈黙。
やがて、最も年配の役人が静かに立ち上がった。
「…少々、調べさせてもらう。しばし待たれよ。」
そう言ってゴエモンらを残し役人たちは出て行った。
里での祝言を終え、晴れて夫婦になったゴエモンとアヤカの京都での生活が始まります。
でも、思い描いていた華の都京都のイメージと裏腹の殺伐として、冷たい感覚。
二人はこの京都に根付くことができるのでしょうか。




