第36話 来訪者
朝-広場が騒がしい。
ゴエモンは顔を洗うついでに様子を見ようと、広場方向に歩いていった。
すると、そこに懐かしい顔があった。
「キュウサク兄ぃ!!」
子供たちが取り囲んでいる輪の中にいるのは確かにキュウサクだった。
そして、その後ろで子供に囲まれているキュウサクを見ている少女は、
「蛍!」
思わず声が出た。
傍に駆け寄るとキュウサクも蛍もこちらに
気付いて手を振っている。
「ゴエモンさん、アヤカさんと祝言挙げるんですって?おめでとうございます!」
キュウサクがあの人懐っこい、屈託のない笑顔で問いかけてくる。
「あーあ、ちょっと間に合わなかったな。でも私、お妾さんでもいいよ。」
と蛍も笑顔で言ってくる。
子供のくせになんてこと言うんだ。
「でも、どうして?」
「丹波様と柘植様が、サイゾウとゴエモンの祝言なら行ってこいって。お祝いの品もたくさん持たせてくれました。」
ありがたかった。
違う世界、戦国という厳しい時代でも、人と人のつながりはちゃんと作ることができる。
騒ぎを聞きつけ、里中の人が広場に集まってきていた。
その中に当然アヤカもいた。
遠巻きにこちらを見ていたアヤカが、ゴエモンのそばまで笑顔で寄ってきた。
そしてキュウサクと蛍を見た瞬間…
「ア、アヤちゃん…!?」
そう言って目を見開いている視線の先には蛍がいた。
百地郷で殺気立つくのいちとして出会ったのとは違い、年相応の可愛らしい少女という感じになっていた。
そんな蛍を見るやアヤカは目を潤ませ、蛍に走り寄り抱きしめていた。
皆も、当の蛍も呆気にとられていた。
「ちょっと、な、何なんですか?私…」
そう言いかける蛍にアヤカは我に返り、
「ごめんなさい。あなたが、私の妹に見えたものだから…つい…」
アヤカは昨夜星に祈ったことが叶ったのかと思った。
蛍はアヤカの髪紐に目が行っていた。
「…あなたがゴエモンの想い人ね。」
そう言うとちょっとだけくのいち蛍火の妖艶さを出しながら言った。
「ゴエモンから聞いてる?いつかゴエモンちょうだいにあがりますって?」
今度はアヤカが困惑している。
アヤカもゴエモンから百地砦での戦いの際、蛍というくのいちの話は聞いていた。
でも、
(ちょうだいに上がりますって…?)
さっきまでの感傷はサーっと引いていき、クルリとゴエモンの方に向き直ったアヤカは、
「ちょっと…ゴエモンさん…こちらのお嬢さんが仰っていることはどういうことですか?」
と射るような視線で問い詰めてくる。
「え、え、いや、それは…」
思わぬ展開に言い淀むゴエモンに、里の皆の笑いが広がった。
「もう!祝言なんてしない!」
そう言ってアヤカは自分の宿舎へ戻りかける。
それをオユキやマイ、サイゾウらが必死に止めている。
里の広場は笑い声に包まれていた。
なんとかアヤカのご機嫌を取り、女性陣たちは祝言の支度に向かった。
一方、キュウサクと蛍は三太夫の庵に赴き、丹波と柘植からの祝いの品と、預かった書状を手渡した。
祝いの品は酒や反物、乾物などの食料だった。
キュウサクと蛍の体力では持ってくるのもひと苦労であったろう。
「久しいな、キュウサク。柘植様のところでの療養は順調か?」
三太夫が慈愛のこもった目で語り掛ける。
「はい。百地党の皆さんにも大変よくしていただいております。
『引きこもってばかりではかえって精神に良くない。外に出よ。』と柘植様に連れられ、伊賀の各地を案内していただいたり、一緒に農作業をしたり、と大変可愛がっていただいております。」
「そうかそうか。そちらは蛍さんだったね。
ゴエモンから聞いているよ。キュウサクのこといつも面倒みてくれてありがとう。」
といって頭を下げた。
「いいえ、私なんて…。ただキュウサクの後について歩いてるだけなんです。何かしてあげるとか、してもらうとかじゃないんですけど、一緒にいられて、一緒に汗流して、一緒に笑い合える人がいるって、いいなって。
最近そう思えるようになってきたんです。」
三太夫は嬉しそうに微笑みながら言った。
「それは心がだいぶ健康になってきているんだよ。人は共感する生き物だからね。一人で何かするより、誰かとうれしい事、楽しい事を共有する方が、何倍も楽しくなるし、心が豊かになるんだ。
逆につらい時、悲しい時は痛みが半分になる。
そういう絆をたくさん作ると、心はどんどん豊かになっていくんだよ。」
蛍もそれを実感としてわかっていたので、三太夫の言う事が良く理解できた。
「前はゴエモンに楽しい事とか言われても全然わからなかったんだけど、最近は少しわかるようになってきたんです。
それも大それたことじゃなくて、ちょっと自分が思っていたこととキュウサクが同じこと思っていたりするだけで、なんか繋がっているというか、それだけで嬉しいような...」
そこまで言って、蛍は急に恥ずかしくなったのか顔を赤くして俯いてしまった。
それを温かい目で見つめるキュウサクもまた嬉しそうだった。
三太夫は二人で心を取り戻すのがいいと言って、二人纏めて面倒見てくれた丹波の慧眼にあらためて感謝したい気持ちになった。
「ふ、蛍さん、ここはちょっと変わった里ですが、あなたなら大歓迎だ。自分の故郷だと思って、いつでも遊びに来るといい。」
三太夫はそう言って蛍に微笑んだ。
「だが、ゴエモンのことは諦めてくれ。アヤカは俺の大事な娘みたいなもんでな。あれが不幸になるのは耐えられんのよ。」
そう言うと大きな声で笑った。
「ふふ、あれはちょっと意地悪しただけ。ゴエモンは、素敵な男だけど、なんだろう、お兄ちゃん?そんな感じ。赤い紐のお姉さんがちょっとうらやましかっただけ。」
そう言って少女らしいあどけない笑顔を浮かべた。
祝言の時間が近づいていた。




