第31話 妖刀に託された想い
圧倒された。
入れ替わりの衝撃─それも壮絶なものだった。
けれど、それ以上に信長として生き抜いた、その後の人生こそが、さらに凄まじかったのだろう。
ふと、三太夫の言葉が蘇る。
『戦国時代なら天下を獲れる男だ』と。
…実際、ショウは天下を目前にまで押し上げた。
尾張の一国すら治めていなかった若き日から始まり、尾張統一、桶狭間の奇跡、美濃の掌握、浅井・朝倉の撃破、室町将軍家の追放、そして本願寺との死闘─。
すべて、ショウがやったのだ。
ゴエモンは思った。
平成の里におちてくる人が各々何らかの理由を持っているのだとしたら、歴史は間違いなく、ショウを“織田信長”とするために呼び寄せたのではないかと。
この人じゃなきゃできないことだった。
そして、この歴史を守るため、ゴエモンらも何らかの役割を持っているのではないかと。
「さて、ゴエモンよ。あらためて問うぞ。お主、平成の里をどうする?」
全て話し終えた信長が、再び同じ質問を投げかけてきた。
「守ります。平成の里は、ただ未来人の避難所ではありません。
歴史が今宮翔平を織田信長とするため引き寄せたように、里の民も事の大小こそあれ、未来に対し何らかの役割を持って引き寄せられた者の集まりならば、簡単に滅びを受け入れるわけにはまいりません。」
「ふん、さっきまでとは違い何かを吹っ切れたような顔つきになったな。」
信長は満足そうに微笑んだ。
「だが、俺が直接手を貸してやることはできん。」
信長は短く嘆息し、続けた。
「俺も長く信長として生きてきた中で、何度も歴史を変えることを試みた。
だが、悉く歴史の修正力によって戻される。些末な部分は変わることもある。
実行した者や日時が多少変わることはあった。
だが、歴史書に大きく書かれている事実は変わらんのだ。」
きっとショウが信長として生きる中で、何度も歴史改変を試みたのだろう。その結果としてたどり着いたのが今の結論なのだ。
「たとえば…叡山の焼き討ち。俺は命じていない。だが、部下が勝手に動き、俺の名で歴史に刻まれた。
天正伊賀の乱もそうだ。暴走しているのは信雄、そして滝川一益。
だが、誰が命じたかはどうでもいい。“結果”だけが歴史に残る。信長が行ったと。権力者とはそういうものだ」
信長の面に孤独の影が映る。
「俺の意を汲み先回りして動くことで出世した秀吉や滝川に倣い、今や織田軍全体が功を焦り、やりすぎな程先走る。こうなると俺が指示しても歯止めがきかん。」
「下手に横やりを入れて、その過程が変わる方が対処が難しくなる。平成の里など歴史の中に出てこないようなことは、結果が変わっても問題ないのだ。
だから過程が変わらぬよう、逆に注意する必要がある。」
ゴエモンは信長の意図していることがやっとわかりかけてきた。
「信長様のお気持ちよくわかりました。我ら平成の里の者はなんとしてもこの難局を乗り切り、生き残ってみせます。」
「うむ。肝が据わったようだな。
俺は直接指揮を取らぬゆえ、軍の統制において里へ加減するなどはできん。だが、これからお前達がやろうとしていることについては、陰から協力してやれることもあろう。
俺との繋ぎは前田利家を経由して行うことになる。
恐らく前田が使った忍びが今後もつなぎ役になる。」
ありがたかった。
ショウは里を離れても、決して見捨ててはいなかったのだ。
「俺の役割もあと2年だ。その後は俺も里に帰るつもりだからな。」
そう言うと信長は茶目っ気のある笑みを見せた。
ゴエモンはハッとした。
確か第二次天正伊賀の乱の翌年に起こる大事件…
「本能寺の変…」
思わず口から出た言葉に、信長は静かに頷いた。
「歴史の大きな流れは変えられん。例え明智を排除しても代わりの誰かが俺を討つ。
本能寺以外を宿としても、そこで起きる。
歴史とは…変えようと足掻いても抗えぬ“流れ”…それが歴史というものだ。」
信長の声は達観した者が持つ覚悟が滲んでいた。
「よいか、此度の伊賀乱入、もっとも警戒すべきは滝川一益。あやつは伊賀に深い恨みを抱いている。今後どういう手段をとるかは、俺にも読めん。」
信長の口調が熱を帯びる。
「ゴエモン、里はヌシらが守り通さねばならん。その覚悟はあるか!」
ゴエモンは信長の視線に気圧されることなくハッキリ言い放った。
「もとより覚悟はできております。あの里にいる大事な仲間のためならば、この命使い捨てる事も本望でございます!」
信長はしばしゴエモンの瞳を凝視し、満足そうな笑みを浮かべ
「あっぱれな心意気だ。まだこちらに来て半年だというのに、それだけの覚悟ができるほどお前にとって里が大事なところになっているのだな。」
ゴエモンは脳裏にアヤカを思い出していた。
「里の事お主に任せるぞ!」
「ハッ!」
ゴエモンは深く一礼した。
信長は満足そうな微笑をたたえていた。
「信長としての顔はここまでだ。」
そう言うと、信長はふっと肩の力を抜き、穏やかな顔つきで問いかけてきた。
「ところで、里は今何人になった?百地の頭領は元気か?三太夫は息災か?…」
その一つ一つにゴエモンは丁寧に答えていった。
信長は、いや、ショウは里を出てから未来から落ちてきた者と話すことはなかっただろう。
未来は今、令和という年号だということに感心し、スマートフォンという通信機器が一般的で、車は電気自動車の時代になっていることなど話すとショウは、時に驚き、時に笑い、時に沈思するなど、様々な顔を見せた。
中でも一番ショックを受けていたのが、新型コロナウイルスという感染症により世界中がパンデミックになったこと。そしてそれにより、ドリフの志村けんが亡くなったことを聞いた時だった。
「何!あの志村けんが…病で!?」
ショウは目を伏せたまま、しばし黙り込んだ。
戦国の世に、織田信長が志村けんの死を悼んでいる。─なんとも、シュールな光景だ。
それでもショウは、心のどこかでその死をまだ受け入れきれていないようだった。
「まさか…あの志村けんが…な」
子供の頃のヒーローだったのだろうか。
声には、時を越えた哀悼がにじんでいた。
こうした何気ない会話を、自分を偽らずに今宮翔平という男に戻って話せる時間を、惜しむように信長は楽しんでいた。
やがて、障子の外から
「殿、そろそろお時間でございます。」
という声が聞こえた。
その声にショウは、再び信長の顔に戻る。
「話は尽きぬが、時間が来たようだな。」
そしてにこりと笑って言った
「ゴエモン、今日は久々に心から楽しい日であった。礼を言うぞ。」
そう言うと立ち上がり、部屋を出る前にもう一度振り返り言った。
「平成の里を守るなら、京に拠点を築け。
そのための協力は惜しまん。
そして、京に来たら、時々俺のところに顔を出せ。いいな。」
そういうと障子を開け、足早に去っていった。
ゴエモンは放心していた。
果たして今日の話を皆にして、信じてもらえるのだろうか?
それくらい、信長の、ショウの生きざまは、重く、壮絶だった。
けれど、その信長の存在が、里を救う一筋の光明になるかもしれない。
胸の内に熱いものが込み上げてきていた。
様々な思いを胸に巡らせながら、立ち上がろうとした時、信長の小姓らしき若侍が入ってきてゴエモンの前に短刀を差し出した。
「殿より、本日の御礼とのことです。どうぞお納めください。」
鞘は艶やかな漆塗りで、中央には金箔で織田家の家紋“織田木瓜”が燦然と刻まれていた。手に取った瞬間、その短刀がただの装飾品ではないと直感した。
後に三太夫から聞かされたところによれば、それは“千子村正”の鎧どおし。
徳川の世では“妖刀”と恐れられたその刃に、
『その斬れ味で、“平成の里”を守り抜け』
という信長の静かな意志が込められているような気がした。
その後小姓は、ゴエモンを出口まで案内してくれた。
出口で荷物を返してもらい、そのまま寺を出た。
来た時の、森全体に忍びが潜んでいるような気配は消えていた。
伏見方面に戻る道中の茶屋に百面の右近がいた。
「ご無事でなによりです。あまりに長いから、無礼討ちにでもされているのかと思ってましたよ。」
といいながら笑っている。
相変わらずの憎まれ口だが、案外いい奴なのかもしれない、と思った。
「任務も終わった。右近、今度こそなんか美味いもの食わせろよ。」
「へい、あっしも無事お役目はたせましたから、懐もあったかいことですし、豪勢にいきやしょう!」
ゴエモンたちはそのまま伏見の門前町方面へ歩き出した。
千子村正:16世紀に伊勢国桑名で活動した刀工。千子派を興し、多くの門弟を抱えて実戦向きの刀を生産。徳川家の不幸と結びついた逸話が多く、「妖刀」としての伝承が生まれた。このため、徳川幕府打倒を目指す幕末の志士達は、こぞって村正を求めたという。また、徳川幕府が村正の打刀を縁起が悪いとして回収してあるいたとの口伝もある。このせいか、現存する村正銘の刀は脇差や短刀が多く、特に「鎧通し」として用いられる頑丈な短刀の名手とされる。
天下人織田信長を演じるショウの孤独。
役割を終え帰る場所は平成の里だったのですね。
ショウの帰る場所を守るため、ゴエモン達の戦いは続く。
今後の展開にもこうご期待!




