第26話 進展
翌朝まだ暗いうちに出立の支度をするため、ゴエモンは自分の家に戻った。
火が入っていない室内は、外と変わらず冷え切っている。
道具袋に武具や薬、忍び道具など必要なものを詰めていると、入り口の戸が静かに開く音がした。
「おはよう。またお務めなんだって?」
アヤカが白い息を吐きながら入ってきた。
「うん。今度は少し遠くまで行くから、忘れ物しないようにしないとさ。」
ゴエモンは手に息を吹きかけながら答えた。
「桃爺から聞いた…。今度のお役目はすごく重要なものだって。」
アヤカが少し心配そうに言う。
「そうなんだよ。歴史上の有名人に会う可能性もあるって。ヤバいよね~。織田信長なんかにあったらどうしよう。」
ゴエモンはアヤカの心配を打ち消すように明るく言った。
「偉い人と面談する可能性もあるかもって聞いたから、きれいな着替え持ってきた。」
そう言ってアヤカは、きれいにたたんだ木綿の着替え一式を手渡してくれた。
「ありがとう。何着ていこうか考えてなかったよ。さすが女の子だな~。」
そう言って受け取った着替えを麻の袋に入れてしまおうと後ろを向いたとき、その背にアヤカがしがみつくように抱きついてきた。
「...死んじゃダメ…。必ず生きて帰ってきて…。」
前に回したか細い手が震えていた。
「…英雄になんて…ならなくていいんだからね。お務め失敗して…みんながあなたを非難しても、私は…あなたの味方だから。」
その声はいつしか涙声になっていた。
「だから、生きて帰ってきて…。私…あなたがいないと、もう…」
そこまで言ったアヤカの唇にゴエモンの唇が重なった。
そしてアヤカは、そのままゴエモンの太くたくましい腕に抱きすくめられていた。
「俺、本当は怖いんだ。里の運命がかかっているようなところに俺なんかでいいのかって。」
アヤカを抱きしめたままゴエモンは続ける。
「でも、アヤカさんのためなら、俺頑張れる。
つらいことあってもアヤカさんの膝で泣かせてくれたら、また立ち直れるから。
アヤカさんの存在が、俺の生きがいなんだ。」
抱きしめる手に力がこもる。
「待ってる…。あなたの帰る場所はここ。ちゃんと生きて帰ってきて…。」
そう言うとアヤカは笑顔でゴエモンを見上げた。
ゴエモンはもう一度その唇に自らの唇を重ねた。
そのまま二人で三太夫の庵に向かった。
東の空が少し明るくなってきていた。
足元に積もった新雪が“キュッキュッ”と鳴る。
三太夫は恐らく寝ていないのだろう。
庵は炭が多めに焚かれ、暖められていた。
「早いな。支度は済んだか?」
そう言いながら、三太夫は囲炉裏に掛けた雑炊を二人に振舞った。
朝の寒さが厳しかっただけに、雑炊の温かさが骨身に沁みた。
「大役を押し付けてすまないな。だが、この役目は理屈じゃなく、人の心を動かせるような奴じゃないと務まらない。そういう意味では、お前が一番適任だ。」
三太夫は笑って言った。
「結果は気にしなくていい。このまま行っても最悪しかないんだから、今より悪くなることは無い。お前が生きて帰ればそれでいいと思っている。」
アヤカがピクっと反応した。
「村井様への返書はこれだ。道中気を付けてな。」
「はい。行ってきます!」
そう言って三太夫の庵を後にすると、サイゾウ、オユキ、ショーゾー、マイが見送りに来ていた。
「気楽に行け!」
サイゾウが言うと、皆うんうんと頷いている。
「アヤカとの別れは惜しんだのかな~?」
またマイさんが小悪魔ぶりを発揮して、のぞき込むように聞いてくる。
「はい。ちゃんと。」
僕が戸惑う間もなく、アヤカが笑顔で答えた。
マイはその反応を見た瞬間即座に言った。
「おぉ、こりゃあ、進展あったね。おめでとう!」
さすがの女子力。恋愛の洞察力が高い。
アヤカも否定しない。オユキさんも拍手してる。
そういうことに疎い男二人は
「え、そうなのか?お前らいつの間に!?」
と目を白黒させている。
こんな仲間、最高じゃないか。
ゴエモンはあらためてこの里を守りたいという気持ちを新たにした。
「じゃあ行ってきます!」
5人に見送られゴエモンは里を後にした。
半刻ほど歩き、昨日交易に来た村の入り口に差し掛かった。
どこから見ていたのか、百面の右近が出てきた。
「ではさっそく参りましょうか。常人なら2日ほどかかるところだが、あっしら忍びの足なら十分行けますわ。なんせ天下御免の通行手形もありますからね。余計な回り道もしなくていい。」
そう言いながら右近はさっさと歩き出した。
ゴエモンもそれに続く。
アヤカや里の皆の顔が頭に浮かんでいた。




