第27話 伏見古寺
夕刻、木津川の関に着いた。
関が閉まる時間が近いとみえて、たくさんの旅行者が列をなしている。
「存外早く着いたな」
ゴエモンが言うと、右近は
「さすがに体力ではかないませんな。あっしはけっこう一杯ですぜ。」
と言いながらも、息一つ乱してはいない。
そもそも会うたびに見た目が変わるので、実年齢が何歳かはわからないが、一流の忍びであることはよくわかる。
ゴエモンらの順番が来て、右近が通行証を差し出すと役人の顔色が変わった。
「ちと、詰所で話を聞かせてもらおうか」
見慣れぬ“村井長頼の花押”―
しかも利家の花押も添えられていた。
役人とはいえ、さすがに直接利家クラスの書状を目にすることは少ない。
書いている名前が大物過ぎて、かえって疑念が持たれている。
そこへ右近がにこやかに進み出て低く役人の耳元で囁いた。
「お仕事熱心なのは感心だがね、この書状は本物だよ。
我らは急ぎ呼び出されている。それに遅れた時は、ここで足止めされたことを正直に申し上げるしかない。」
右近は穏やかながら笑っていな目で睨みつけるように続ける。
「その場合、あんたさんだけで事は収まらないよ。あんたさんの上役、ここを任されているお家にも累が及ぶ。手形の名前はそれほど力のあるお方だと、端役人のあんたさんでもおわかりでしょう。」
そこまで言うと右近は、念押しとばかりに少しドスの効いた声で言い放つ。
「行商人二人を通行させたとこで、何の問題もないのだから、ここは利口になった方がいいんじゃないかな。」
そういうと役人は青い顔をしながら言った。
「通行、何の問題もございません」
右近はにこりと微笑み先に進んだ。
後に続いてゴエモンは聞いた。
「あの通行手形は本物なのか?」
右近は、涼しい顔で言った。
「本物ですよ。証拠のないものは皆本物。旦那も覚えておきなされ。こういう場面では引いた方が負けなのです。」
忍びの仕事は実に多様であり、機転と度胸が必要なことをゴエモンは教えられた。
「今夜の所はお疲れでしょうから、このまま伏見稲荷の門前町にある木賃宿にお泊りください。朝起きたらお迎えにあがります。」
そうして右近と伏見稲荷門前町まで同行し、紹介された宿に草鞋を脱いだ。
さすがにゴエモンもへとへとだったので、宿に着くなり泥のように眠った。
翌朝
宿女中の声で起こされた。
「もし、お客さん、もう陽がたこう昇ってはりますえ。何やらお連れさんという方が、ずいぶん前から軒先でお待ちどすえ」
ゴエモンは慌てて跳ね起きた。
時計は無いけど、陽の高さからすると8時は過ぎていると思われる。
それでも井戸で顔を洗い、体を拭き、口をゆすぎ、髪の毛を整え、アヤカが用意してくれた衣服に着替えて宿を出る。
百面の右近が、待ちくたびれたという顔で軒先に腰を下ろしていた。
「待たせたな。」
ゴエモンは悪びれず、できるだけさわやかに言った。
「お気楽なもんだね~。お天道さんはもうすぐてっぺんに昇る時刻だってのに。」
右近がうんざりした顔を作って言った。
「じゃあ早速行きますか。」
不安はあるが、もう腹をくくるしかない。
「案内頼む。」
そう言うと、右近は先を歩き出した。
ゴエモンもそれに続く。
だが、すぐに右近を呼び止めた。
夕べから何も食べてないので力が出ない。
「おい、右近。遅れついでだ。なんか食わせろ。」
ゴエモンがそういうと、
「やれやれ、先様がお待ちだというのに、困った御方だよ…。時間が惜しいんで、歩きながら食える握りめしでも買っていきやしょう」
そう言って右近は少し歩いた先の野良茶店で、玄米の握りめしを2個買って、ゴエモンに寄越した。
右近は少しでも時間が惜しいという感じで、先先歩いて行く。
ゴエモンは握り飯を頬張りながら、なんとかついて行った。
後年豊臣秀吉が伏見城を建て隆盛を誇る前の伏見は、伏見稲荷の参拝客が集まるだけの田舎町だった
門前町を離れると、うっそうとした竹林に覆われた山道になる。そこを少し上った先に、古びた山寺が現れた。
古びているが、良く手入れされている感がある。そしてそれ以上に
(相当な数の忍びがいる…)
呼び出しの主はお忍びで来ているのだろう。
表立った警備は見えないが、そこいらじゅうの木々の間に忍びがいる気配がする。
「こちらです。」
寺の門をくぐると、寺の小坊主が案内を引きついだ。
「では、あっしはここまでです。ご無事をお祈りいたしますよ。」
そういうと右近は今来た道を引き返していった。
外から見たのと違い、寺の敷地は思ったより広く、庭も良く手入れされていた。
小坊主に従いついていくと、やがて離れが見えてきた。
相手が村井長頼本人が出てくるかはわからないが、下忍は武士ではなく、庶民である。
公式な場なら、同じ目線の位置で対面などできない相手である。
それを考慮し、寺の離れという非公式な密談場所が選ばれたのだろう。
離れに上がり、下座にて相手を待った。
やがて大柄で立派な髭を蓄えた、いかにも武将という男が入って来た。
その迫力に気負され、ゴエモンは思わず手をつき頭を下げた。
「お主が伊賀平成の里の者であるか?」
声に張りがあり、いかにも戦場往来を重ねた歴戦の強者感がある。
「は、はい」
そう言うのが精一杯だった。
初めて会う本格的な戦国武将は想像以上の迫力だった。
「遠い所ご苦労であった。我は前田家中、村井長頼と申す。主君利家の命により、そなたと去る人物の仲介を仰せつかった。」
(この人が…。槍の又兵衛…)
ゴエモンは事前に三太夫から教えられていた、村井長頼の人となりに内心ビビっていた。
戦の度に槍一本で敵中に突入する猛者で、前田利家が前田家の家督を継いだ頃から臣従し、主君の危機を何度も救った忠臣である。
その働きから、前田利家の通称“又左衛門”の“又”の一字を拝領し“槍の又兵衛”と呼ばれるようになったという。
だが、戦働きだけの猪武者ではなく、前田家の家老として、後の加賀藩を支えた加賀八家の筆頭格であり、利家亡き後、前田家取り潰しを狙う徳川家康の要求に応じて江戸に人質として出向いた芳春院(利家の妻、おまつ)に付き従い、そのまま江戸で亡くなった。
正に槍一筋で戦国の世を渡った武将であり、前田利家の股肱の臣である。
そんな後世にも名前が轟いている男が目の前にいる。
「これよりそちを呼んだお方がこちらに参られる。本来であればお主らが直接目通りなど適わぬお方ゆえ、くれぐれも粗相のないようにな。」
それだけ言うと、村井は大股で床を鳴らしながら出て行った。
あまりの迫力に三太夫の返書を渡す暇もなかった。
ここに入る際、身に着けていた武器の類は全て没収されている。
そして屋敷を取り囲む忍びの人数は10や20ではない。
今座っているところから前に一歩動いただけで、四方から白刃が飛んでくるだろう。
それほど多くの殺気だった視線を感じる。
それにしても、村井長頼自身かなりな大物だが、それを上回る人物が呼出しの主とは。
(前田利家か...)
ゴエモンはそう予想して、件の人物の到着を待った。
やがて廊下を歩く音が近づいてきた。
ゴエモンは平伏して待った。
障子が開き、中に人が入って来る気配が感じられた。
その人物は着座するや声を張った。
「その方が平成の里の者か?」
「ハッ」
「苦しゅうない。面を上げよ。」
ゴエモンは緊張しながら体を起こした。
そして正面を見た瞬間、直感的に思い、驚愕した。
(お、織田…信長…!?)
いよいよ歴史上の有名人と直接顔をあわせるようになってきたゴエモン。
面前に現れたのは果たして…!?
次回、こうご期待!




