第25話 謎の使い
正月から十日ばかりが過ぎた。
ゴエモンとタイガは、里を下り、近くの村まで来ていた。
月に1度決まって行商人が来る日があり、その日に合わせて里の特産品を持って物々交換に来るのである。
平成の里のある山は、一般の人が立ち入らないため、野草や鳥獣資源が豊富であり、特に冬季間は鳥獣の肉を燻製にしたもの、鹿の毛皮、木炭などを元手に、米、塩、布、生活小物などを求めた。
村に着くと村の乙名(江戸時代の庄屋的な人)が僕らを見つけて話しかけてきた。
「今日はいつも来ている行商人と違う奴がきているわ。なんでも風邪ひいて寝込んでるらしくてな。」
タイガは人懐こく、口がうまいので、里の交易にはよく来ており、乙名にも気に入られている。
「タイガはん、ちょっときてや。」
そう言われて乙名の家の中へ連れていかれた。
ゴエモンはタイガを待つ間、荷物番をしながら、行商人が店を開いている乙名の家の軒先を眺めていた。
行商人はにこやかに接客をしながら、次々売り物を捌いている。
村の住民は、月一の行商人を待ちわびており、黒山の人だかりという感じだったが、一通り捌き終わり、客の切れ目ができたとき、行商人の男が話しかけてきた。
「鹿の毛皮もう少しないか?今年は寒さが厳しくてな。いくらでも買うてやるで。」
「あー、皮はたくさんあるんだけど、まだなめしてないんだ。来月来るとき多めに持ってくるよ。」
僕がそう答えると、
「そいつはありがたい。来月はまたいつもの奴が来ると思うが、ちゃんと伝えておくから、忘れずに持ってきてくれ。」
そう言うとにこやかに笑いながら、こちらを凝視してくる。
(なんだ?何か僕の顔についているか?)
そう思って困惑していると、行商人はそっと近づいてきて
「旦那、お気づきになりませんか?あっしですよ。右の字でさぁ。」
「右?あ、右近!?」
「シッ、声がデカい!まったく旦那は忍びのくせに警戒心ってものが無さすぎますぜ。」
そう言われても、右近に会うのはこれが3度目だが、会うたびに顔も声音も背格好も違う。
今日は三十代くらいのどこにでもいる田舎の行商人という感じである。
「いや~百面の異名は本当だな。いつもお前の変装には驚かされるよ。」
ゴエモンは素直に感嘆した。
右近は苦笑いしながら、
「あっしも見世物芸じゃあないんでね、褒められて嫌な気はしませんが、そんなに開けっぴろげに感心されるとなんとも複雑な心境ですわ。」
そう言いながら、懐から1通の手紙を取り出し、ゴエモンの懐に差し込んできた。
「こ、これは?」
「ここで長々ご説明している暇はございやせん。この密書を里長にご披見ください。
あっしは内容まで存じあげないが、明日までこの村にいて、里のお方をしかるべき場所までご案内するよう言われております。」
「だれからの密書だ?」
右近はかぶり振った。
「それは旦那も忍びなら、依頼人の秘密をベラベラ喋れないのはお判りでしょう。」
「そうか。案内といったがどこまで行くんだ?」
「それもあまり大っぴらにできやせんが、旅支度もあるでしょうからそこだけはお伝えいたしましょう。伏見でさぁ。」
京伏見!?そんなとこまで行くというのはどういう用事なのか。
そこまで聞いたところで、タイガが乙名の家から出てきた。
「待たせたなゴエモン。さぁ、用事も終わったし帰るか。」
右近は行商人に戻り、タイガに対し慇懃に頭を下げていた。
―夕刻
里に帰ったゴエモンは、里の皆がいる神社の大囲炉裏ではまずいだろうと思い、三太夫の庵で密書を渡した。
尋常ではない雰囲気を察したのか、サイゾウとショーゾーも一緒に来ていた。
手紙を見る三太夫の顔色があからさまに変わった。
そして、二度三度確かめるように熟読した末に手紙を囲炉裏にくべ燃やした。
三人は、三太夫が言葉を発するのを待った。
「明日、誰か1名伏見に寄越して欲しいとの内容だ。用件は現地でとしか書いておらず、具体的な内容は全くわからない。」
腕組みしながら三太夫は座を見渡した
「そんなふざけた密書があるか。京は信長の支配下で敵中にいくようなものだろう。みすみす殺されに行くようなものだ。」
ショーゾーが怒気を含んで吐き捨てる。
「内容は現地でというのは、密書がどこかで漏れることもあるからわからなくもない。ただ、手紙の主は誰だったんですか。」
とサイゾウが三太夫に向かって聞いた。
「村井長頼殿だ。」
一同ピンと来ていない。
歴史学者の三太夫にはわかるのだろう。
真剣な目つきで囲炉裏の火を睨んでいる。
「村井殿とはいったい…。」
サイゾウが重ねて聞いた。
「村井長頼と言えば、前田家の重臣中の重臣だ。織田家の直臣にも同じ名前の人物がいるが、今回の手紙の主は前田家の方だ。」
一同絶句した。
前田家。言わずと知れた織田家の重臣前田利家の家である。その重臣の依頼ということは、主人の前田利家の意を汲んでいることは容易に想像できた。
「しかし、敵方である織田の重臣が、伊賀の中においてもその存在がほとんど知られていない平成の里の者に会いたいとは、いったいどういう訳なのだろう?」
サイゾウが首をひねった。
「罠だな。」
ショーゾーが言う。
「こんな大掛かりな罠を仕掛ける意味すらないだろう。我らのようなもの、里ごと消してしまうことだってすぐできるのに、わざわざ一人呼び出して殺すなど馬鹿げているわ。」
「そりゃそうだな。」
ショーゾーが頬髭を引っ張りながら納得していた。
それらの会話が全く聞こえていない様子で熟考していた三太夫が重い口を開いた。
「村井様が、いや、前田様がどのような意図で我らを呼び出したのかはわからんが、これには応じるよりほかないだろう。」
そういうと三太夫は気持ちを落ち着けるように目の前の茶を啜った。
「秋の織田軍の侵攻を前に、我らは無策だ。黙っていても織田の焦土作戦に焼き尽くされる。それならば、敵方である前田様が何の話があるのか、聞いた方がよかろう。どのみち今のままでは最悪の結論しか待っていないのだから。」
皆一斉に頷いた。
「問題は、誰が行くかということだが…。俺が自ら行くのが一番いいのだが、さすがにこの歳で冬山を京までは難しい。」
と三太夫が嘆息すると
「では俺がいきましょうか。」
とサイゾウが言う。
「いや、ここはゴエモン。お前に任せたいと思うのだが、どうだ?」
急に振られてゴエモンはドキッとした。
手紙を託されたからここにいるが、本来自分なんかが参加する話じゃないと思い、他人ごとのように聞いていたからだ。
サイゾウも
「ゴエモンの忍びとしての能力にいささかも疑問はありませんが、そのような重臣の方との話、任せてよろしいのでしょうか。」
と首を傾げる。
「それは我ら誰が行っても同じよ。この時代の身分制度で言えば、村井殿とて普通お目見えも適わないお方だわ。
今回手紙を持ってきた忍びと縁があることもそうだが、柘植殿の心を動かしたゴエモンの人としての可能性に賭けてみたい。」
三太夫がそういうとサイゾウもショーゾーも笑顔になり頷いた。
「たしかにな。ゴエモンには人を熱くさせる何かがあるよ。」
とショーゾー。
「うむ。俺もそういう理由なら納得だ。ゴエモン、頼むぞ!」
サイゾウもそういって頷いた。
「ではゴエモン時間もあまりないが、さっそく旅支度を整え、明朝発て。
村井殿への親書は朝までにしたためておく。」
ゴエモンは、自分の意見は一切聞かれず、とんでもない大役が転がり込んできてしまったと困惑していた。
夜の寒気か悪寒なのか、ゴエモンの背筋はブルっと震えた。




