第24話 天正9年正月
第二章突入!
いよいよ運命の年を迎えた平成の里
迫り来る織田軍の焦土作戦にゴエモン達里の住民の運命やいかに。
第二章の背景 第二次天正伊賀の乱とはどんな戦いだったのか・・・
――天正9年(1581年)、織田信長が伊賀国の独立勢力を平定するために大軍を送り、徹底的に制圧した戦い。第一次は次男信雄が信長の承諾を得ないまま9千の兵力で伊賀に侵攻したが、伊賀十二人衆といわれる土豪、地侍の連合体に敗北する。これに激怒した信長が総勢6万とも10万ともいわれる軍勢での制圧を指示し、再度侵攻。侍、忍びなどの戦闘員のみならず、侵攻する道すがらの村落は全て焼き払い、民間人も撫で斬りにした凄惨な戦い。信長のジェノサイド(大量虐殺)は比叡山の焼き討ちや長島一向一揆攻めが有名だが、犠牲になった数は圧倒的に第二次天正伊賀の乱が多く、3万人(伊賀の人口の三分の一)にも及んだといわれている。
平成の里にも穏やかな正月が訪れていた。
里には、ささやかな神社があった。
信仰というより、神仙の山の守り人として体裁を保つために建てられたものだったが、社殿に続いた大広間があり、里の集会所も兼ねている。
里の住民は、冬季間暖房費用の節約のため、この神社に集まり、大きな囲炉裏を囲み皆で寝食を共にすることが多かった。
冬季間の食材は、秋に作っておいた保存食が主となる。
正月といっても豪勢な食事とはいかないが、それでも餅をつき、箱罠で捕獲した猪を鍋にして皆で雑煮にした。
元旦の朝、皆で社殿にあがり参拝した。
「来年もこうして正月を迎えられるといいな。」
参拝後、囲炉裏端でどぶろくを吞みながら、ゲンさんボソっと呟いた。
ゲンさんは、昨年暮れから体調が思わしくない。アヤカの見立てでは、おそらく癌の類だろうということだった。
現代のように検査をする手段も、治療法も、薬もない。
百地党で使われている沈静作用のあるとされる薬草をわけてもらったが、成分にトリカブトなどが使われているらしく、飲ませすぎるとかえって毒になるため、処方としては最後の手段だと、アヤカは言っていた。
「元太…加減が良くないのか?」
三太夫が聞く。
「いや、最近はすこぶるいいぜ。こうして酒も飲めるしな。俺が言ってるのは…、信長だ…。」
一同黙った。
今年は第二次天正伊賀の乱が起こる年だ。
誰もが不安に思っていたが、口に出せないでいたことだ。
「そろそろ何か考えなければならないだろう。良策がすぐにあるわけではないが、丹波様とも一度話しておかなければとは思っている。」
三太夫が瞑目しながら言った。
「俺はもう先がないが、若い奴らや子供たちは生かしてやらなきゃだめだぞ。」
ゲンさんは静かに言った。
「馬鹿野郎、誰一人見捨てるかよ…」
三太夫は自分に言い聞かせるように呟き、皆は近い将来起こる出来事を想像していた…。
見つめる囲炉裏の火が、焼き尽くされる伊賀の野山のように見えていた…。
―安土城。
織田信長は主だった家臣一同を集め、新年の祝賀会を催していた。
「上様、今年はいよいよ伊賀攻めですな。」
滝川一益が上機嫌で呼びかける。
「その方、何故そこまで伊賀に執心する?伊賀に恨みでもあるのか?」
信長は南蛮渡来の葡萄酒をくゆらせながら、滝川を射るような目つきで問い質す。
滝川は多少気圧されながらも答える。
「滅相もござりませぬ。私個人のことで大事な軍勢を動かすことなどあってはならぬこと。
伊賀のことについては、あくまでご次男信雄様のご威光回復以外の目的はござりませぬ。」
これに同調するように、信雄も
「父上、先の汚名返上の機会を何卒この信雄にお与えくだされ。此度は必ずや伊賀の地を平らげてご覧にいれます。」
と意気込んだ。
信長は口の端に皮肉の色を見せながら、二人を睨みつけ
「左様か。」
と短く言ったのみで、この件にこれ以上言及することはなかった。
宴終了後、信長は近習に前田利家を呼ぶよう指示した。
時を置かず信長の書斎の外に人の気配がした。
「前田利家まかり越しました」
「入れ」
信長が短く言うと障子が開き前田利家が入ってきた。
「又左(前田利家の事)呼び立ててすまぬの。」
「滅相もございません。殿に呼ばれればいつ何時でも駆け付けまする。」
利家はうやうやしく答えた。
「ふ、堅苦しいのはいいわ。この場ではうつけの三郎(織田信長のこと)と傾奇者の又左衛門でよい。」
そういうと利家も破顔し
「清州城下の河原での合戦ごっこが懐かしいですな。」
と意味深に答えた。
「おおよ。あそこで我らの運命が変わったからな。」
「思えば随分時が経ちましたな。殿がここまで織田家を大きくされるとは、あの方も思いもよらなかったでしょう。」
「俺自身も思いもよらぬことだったがな。
しかし、お主、先ほどの滝川の物言いどう思う?あやつ本気で伊賀を焦土とする気ぞ。」
「信雄様にかこつけておりましたが、滝川の伊賀に対する執着は以前から並々ならぬものがありましたからな。まず殿に倣い、叡山、長島の二の舞とする気でしょう。」
「うむ。伊賀については信雄にやらせねばならぬ。だが実質的には滝川が軍配することになろう。
お主だけが知るよう、俺はできればあの里の者達だけはなんとか助けだしてやりたいと思うておる。
だが信雄総大将と言っている以上、俺があからさまに手を施すことはできぬ。」
「ご心中お察しいたします。御身が大きくなればなるほど思い通りにいかぬものが多くなりますな。」
「うむ。そこで又左、お主は伊賀攻略の軍団にも加えておらぬゆえ、なんとか秘密裏に里の者と繋ぎをつける手段を考えてくれぬか。」
「諜報部隊は滝川が握っているため、なかなか難儀でありますが、なんとかいたしましょう。」
利家は難しい顔をしながら答えた。
「頼む」
そう言うと信長は瞑目した。
織田信長(1534–1582)
尾張の半国を治めるだけの守護代の家から天下統一を目前のところまで押し上げた偉人。過去の慣例にとらわれない柔軟な政治軍事手腕と能力主義の人材登用で戦国の革命児とも呼ばれる。若きころは奇妙な服装、行動で""うつけ者"と呼ばれていた。
前田利家(1538–1599)
信長の家臣として頭角を現し、後に加賀百万石の礎を築いた武将。槍の名手として「槍の又左」の異名を持つ。義に厚く情に深い人柄。豊臣政権の重臣としても活躍。利家がもう少し長く生きていれば、関ヶ原の合戦は起こらなかったとも言われるほど、天下の武士から一目置かれる存在だった。若き頃は傾奇者(現代で言う不良少年)で信長がうつけと呼ばれていたころからの付きあいであり、主従を超えた絆がある。




