第23話 平成の里―戦士が心を取り戻す場所
里の広場には、すでに人が集まり始めていた。
焚き火が焚かれ、その周囲をぐるりと囲むように、腰掛けが並べられている。
オユキが火の番をしながら、
「焼けたよ〜!」
と声を上げると、子供たちがわらわらと集まり、炙った焼き芋や串焼きを両手で抱えて戻っていく。
その脇で、大人たちは酒を酌み交わし、戦の疲れを笑い話に変えようとしていた。
「ほれ、ゴエモン、飲め飲め!」
声をかけてきたのはショーゾーだった。
既にすっかり上機嫌で、隣にいるサイゾウに肩を組まれながら笑っている。
「いいですね、平和な酔っぱらいって感じで」
ゴエモンが苦笑しながら盃を受け取ると、風がちょこんとその足元に座った。
やがて、音楽が鳴りはじめた。
誰かが現代のギターを手作りした代物だ。
普段役に立たないタイガだが、ギターは上手いようだ。
タイガの演奏で、この時代に似つかわしくない歌声が山間にこだまする。
“オー、オー、オー、さぁ輪になって踊ろう”
音はあまり良くない。
けど、現代風の音楽を久々に聴いて、皆が明るく歌い踊る光景を見ていると、涙がこぼれそうになってくる。
そんな感傷に浸っている僕の横に、ふわりと座る気配があった。
「…おつかれさま」
アヤカだった。
いつの間にか宴の支度を終え、さっき渡したた髪紐を結んでいた。
真紅の紐が焔の色を映して、まるで夕暮れの風を結んでいるかのように見える。
「似合ってるね」
そう言うと、アヤカは頬を染めて、そっと横を向いた。
「こっちはさ、心配で落ち着かなかったんだからね。ずっとみんな、無事で帰ってくるのを待ってたんだから。」
「帰ってこれたよ、これのおかげで…」
アヤカにもらったお守りを見せながら微笑むと、アヤカは目を伏せながら、
「…おかえり」
とぽつりと言った。
焚き火の揺らめきのなか、子供たちは満腹になってうとうとしはじめ、大人たちは穏やかに語らいながら酒を酌み交わしていた。
そんな中、やたら声だけはでかい男がひょっこり現れた。
「おー、いたいた。アヤカー、何その髪紐!めっちゃ似合ってんじゃん。
さては、誰かからの贈り物かぁ〜?俺というものがありながら、この~!」
そう言ってアヤカの髪紐に手を延ばす素振りを見せた。
すっかりできあがってる。
(やれやれ…、“アホのタイガ”め…)
その場にいた大人たちは、内心あきれつつ、見て見ぬフリを決め込んでいた。
サイゾウは「バカが…」と呟きながら立ち上がり、ツカツカとタイガの後に歩み寄ると
“ゴン!”
鈍い音と共にタイガの後頭部に拳骨を喰らわせた。
「いってぇぇええええっ!」
「お前はこっちに来い!留守中の報告をしろ。どうせ鍛錬サボってたんだろうが!」
「え、ちょ、今その話!?宴のときぐらい、勘弁してよ〜!」
「甘ったれんな。明日からサボった分いつもの倍以上しごくからな!」
サイゾウに襟首をつかまれ、ずるずると引きずられていくタイガ。
「理不尽だ〜!俺が何したってんだ〜!」
その姿に、皆が堪えきれず吹き出す。
「ぷっ、ふふっ」
アヤカが肩を震わせて笑うのを見て、ゴエモンもつられて笑った。
久しぶりに、心からの笑いだった。
焚き火の上でパチッと音が弾ける。
宴はまだ続いていたが、どこかもう“日常”が戻ってきたという安心感に包まれていた。
-半刻後-
宴もたけなわを過ぎ、広場に残ったのはごくわずかだった。
ゴエモンは疲れから早めに退き、マイも風を寝かしつけに戻った。
焚き火の周囲に残っていたのは、サイゾウ、オユキ、ショーゾー、そしてアヤカの四人。
火の揺らぎに照らされたその顔は、穏やかだけど、皆それぞれ何かを思い詰めている感じだった。
「アヤカ、その髪紐綺麗ね。ゴエモン?」
オユキが茶化すでもなく、まるで自分のことのように嬉しそうにそう言った。
「うん」
アヤカは素直に頷いた。
「この時代に来て、こんな贈り物もらえるなんて思ってなかったから。…すごく嬉しかった」
少しお酒が入っているせいか、アヤカは素直にそう言った。
「その紐、買うまでのゴエモンの様子…見せたかったぜ〜」
サイゾウが楽しそうに笑いながら言った。
「え?どんな?聞かせて!」
オユキもアヤカも食いつく。
「えっとなぁ、まず店の前で一時間はウロウロして──」
とサイゾウが身振り手振りで語り出すと、一同は腹を抱えて笑った。
嘲笑ではない。
ゴエモンの不器用でまっすぐな思いが、まぶしすぎて、もう笑うしかなかったのだ。
アヤカは途中から笑っていなかった。
その髪紐ひとつに、どれだけの気持ちが込められていたか。
そう思うだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
「…ゴエモン、大丈夫だったか?」
サイゾウがふと声を落として訊いた。
アヤカは焚き火を見つめたまま、ぽつりと答えた。
「…泣いてた。きっと辛かったんだと思う」
「無理してたからな…あいつだって、一歩間違えばキュウサクのようになってたさ。」
火に小枝をくべながらサイゾウがつぶやいた。
「でも…どうしてゴエモンは大丈夫だったんだ。」
ショーゾーがサイゾウの方に顔を向けた。
「そんなの…。アヤカのおかげに決まってるじゃない」
と、オユキが飲みかけの茶碗を置いて言った。
「…私?」
アヤカが驚いて顔を向ける。
「キュウサクだって、この里のためにって気持ちはあったと思う。でもね、特定の“誰か”がいるって、やっぱり違うのよ」
オユキはショーゾーに目を向けた。
「ショーゾーだって、マイと風のためだと思えば、心が折れそうでも踏ん張れるでしょ」
ショーゾーは苦笑しながらも、否定はしなかった。
「じゃあ、俺もそうだってか?」
とサイゾウが茶化すように言う。
オユキがその顔を覗き込んで
「違うの?」
と笑う。
「こりゃ墓穴掘ったな…」
とサイゾウは頭をかいたが、否定はやはりしなかった。
オユキはさらに続けた。
「ゴエモンって、誰より優しいけど芯が太いの。ヤワな優しさじゃない。
だからね、アヤカがそばにいる限り、あの子はきっと大丈夫。
泣ける膝があるなら、男はまた心を取り戻して立ち上がれるわ」
その言葉に、アヤカの瞳が一瞬だけ揺れた。
ショーゾーは、どこか納得したように頷いたかと思うと、酒の入った茶碗を飲み干して立ち上がった。
「…なあサイゾウ。お前もそろそろ、いいんじゃねえか?そこに、お前にぴったりの膝があるぜ」
それだけ言って、ショーゾーは焚火に背を向け、マイと風の元へ戻っていった。
「…頼むね、アヤカ。ゴエモンのこと。」
オユキも立ち上がろうとする。
その時だった。
「ほらよ」
と言って、サイゾウが懐から小さなものを差し出した。
それは淡い桃色の、ささやかな匂い袋だった。
長い付き合いだが、オユキがサイゾウから個人的に贈り物をもらったのは、これが初めてだった。
その袋を手にした瞬間、オユキの膝が崩れた。
胸にそれを抱きしめ、静かに嗚咽がこぼれる。
アヤカがそっとその肩に手を置いた。
「…ゴエモンがアヤカの髪紐を買うの見てたらな、俺もちょっと感化されちまってさ」
サイゾウは照れ隠しに火ばさみをいじりながら、そっぽを向いた。
「今回の軍令、出発の前に言ったろ?生きて帰れたら…って。それを答えだと思ってくれ」
それだけ言うと、サイゾウは逃げるように夜の道へと姿を消した。
「オユキさん…さっき言ってた“約束”って…?」
アヤカの問いかけに、オユキは涙をぬぐいながら、微笑んだ。
「…あの人ね。今回の戦、生きて帰れたら…“お前の膝、独り占めさせてくれ”って」
それを聞いたアヤカも涙がこぼれた。
そして泣き笑いしながら、そっと音の出ない拍手をオユキに向けて送った。
焚き火の炎が、パチリと音を立てて跳ねた。
平成の里…戦国の男たちが戦えるのは、こうして誰かが心を支えてくれる場所があるからなのだろう。
第一章 完
第一章”平成の里と新米忍者編”完結しました。
途中書き足したところもありますが、そもそも僕が投稿前に物語にしていたのはここまでです。
物語の中でキャラクターに自我が芽生えるように動き出し、思ってもいない物語が紡がれる経験を初めていたしました。
その勢いで、第二章”天正伊賀の乱編”も書き進んでいます。歴史ファンタジーとしてはここからが面白くなると思いますので、引続きご愛読いただければ幸いです。




