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風結び ー戦国ノイズー  作者: 蓮空虎太
第1章 平成の里と新米忍者編
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第22話 僕が戦う理由

家に着いて草鞋を脱いだ瞬間、張り詰めていたものがすべて切れた。


僕は足を洗うタライに足を入れたまま、いつの間にか眠ってしまっていた。


どれほど経ったのか、わからない。


ピチャ、ピチャ…


水の音と、足に触れる柔らかな感触で、僕はふと目を覚ました。


そっと目を開けて足元を見ると、そこに、黒く艶のある髪。


身をかがめて足を洗っている、アヤカの姿があった。


「…起きた?ちゃんと寝床で寝なきゃダメよ。山の中の里は、城下より冷えるんだから」


そう言って、タライから僕の足をそっと持ち上げ、腰に巻いた手拭いで丁寧に水を拭いてくれる。


「はい、おしまい。ちゃんと上がって、休んでね」


アヤカは立ち上がり、自分の手を拭きながら背を向けて言った。


「じゃあ、おつかれ!」


出て行こうとするその背中に、僕は思わず声をかけた。


「あ、ちょ、ちょっと待って…!」


アヤカが振り返る。


僕は訊いた。


「…どうして、来てくれたの?」


「マイさんがね、『ゴエモンが話したいことあるみたいよ』って。『代わってあげるから行ってこい』って言うから…。来てみたら、玄関で寝てるし…」


そう言って、くすりと笑うアヤカの声は、いつも以上にやさしかった。


「……大変だった?」


首を傾げ(かし)ながら、アヤカがぽつりと尋ねてくる。


その一言で、胸の奥に押し込めていたものが、(せき)を切ったように溢れ出してきた。


「…っくぅ」


声はこらえた。

でも涙は、止められなかった。


ぐしゃりと崩れ落ちるように床に手をつき、僕は肩を震わせた。


涙がとめどなく頬を伝い、ぽたぽたと床板に落ちてゆく。


「…俺、人を……殺してしまったんだ…。

任務だってわかってたけど…恨みも、怒りも、ないのに…ただ、命じられたからって…顔も、名前も知らない人を…」


どうしようもない悔恨と罪の意識が胸の奥から溢れ出ていた。

忘れようとしても忘れられない感触…。

一人きりになるとその事ばかりが頭をよぎる…


…その時


僕の体を、あたたかいものが包み込んだ。

うずくまる僕の背を、横に座りアヤカがそっと撫でてくれていた。


僕はアヤカの膝に顔を埋め、嗚咽混じりに泣いた。


アヤカは何も言わず、ただ優しく僕の背を撫で続けていた。



やがて少しずつ落ち着いてきた僕に、アヤカがぽつりと言った。


「ありがとう…。あなたたちが、私たちの代わりに戦って、守ってくれているんだよね、この里を…。そんなに、心を痛めながら…」


その声も、少し震えていた。


「キュウサクのことも聞いた。桃爺から…。

『ゴエモンの心のケアはお前に任せる』って、桃爺に頼まれたの。

きっと、あの人もあなたのことをすごく心配してる」


そう言うアヤカの手は、僕の背を母親が子供を寝かしつけるようにトントンと心地よく叩いている。


「でもね、桃爺に言われたから来たわけじゃないの。…私は、違うの。あなたの前だと、私…本当の自分でいられるの」


一拍、言葉を選ぶようにしてからアヤカが呟いた


「本当の私が、心を痛めたあなたを…癒してあげたいって、思えたから。素直に、そう思えたから…来たの」


その言葉は、心の奥にすとんと落ちた。


嬉しかった。


何より、心からこの人を守りたい、そう思った。


この人がいて、この人が暮らすこの里がある。

それを守ることが、僕の戦う理由(わけ)だ。


たとえまた、手を汚すことになったとしても、もう迷わない。


この時、僕はもう一度、「戦う理由(わけ)」と「決意」を強く認識した。



夕焼けが山の端を染め始めたころ、玄関先から甲高い声が飛び込んできた。


「アヤカ姉〜! 今夜の宴の支度、手伝ってって! オユキ姉から〜!」


チビのひよりが、伝令のように叫んで駆け抜けていく。

きっとあちこち回って声をかけているのだろう。元気な足音が遠ざかっていった。


アヤカはくすっと笑って言った。


「お呼びだわ。行かなくちゃ。」


草履に手をかけながら、ふと僕を見て、少し真顔になる。


「…大丈夫?」


僕は笑って頷いた。


「うん。ありがとう。おかげで気持ちの整理がついたよ」


アヤカが草履を履こうとしたとき、僕は慌てて声を上げた。


「あ、ちょ、ちょっと待って!」


自分でも驚くほど声が裏返った。

アヤカがきょとんとして振り返る。


僕は荷物をひっくり返しながら焦った。


(あれ、どこにしまったっけ……?)


慌てて探すが見つからない。ふと懐を探ると、そこにあった。


(そうだ、大事なものだから、ここに…)


僕は姿勢を正し、照れくささをごまかすように笑って言った。


「はい、お土産」


そう言って、懐から和紙に包んだ小さな包みを差し出した。


アヤカはちょっと驚いたように目を見開き、そして少し照れながら受け取った。


「ありがとう…。開けてみてもいい?」


「うん。どうぞ」


和紙を丁寧に広げたアヤカの手のひらに現れたのは、深い紅の艶を持つ絹製の髪紐。


「わ…」


アヤカは一瞬、声を失ったあと、小さく感嘆の声を漏らした。


「ありがとう…」


その声はかすかに震えていた。


―未来の世界では、女の子たちはピアスやネックレス、指輪で自分を飾ることができた。

でもこの時代では、そんな物は望むべくもない。


女たちは皆それを当然と思い、どこかで諦めていた。


たった一本の紐。

だけどその中に、"女の子でいていいんだよ" というささやかな肯定が込められていた。


「ありがとう。…大切にするね」


アヤカは頬をほんのり染めながら、髪紐を胸に抱え、小さく笑ってから、くるりと(きびす)を返した。


そして、小走りで夕焼けの中へと駆け出していった。


気丈に振舞っていたけど、傷ついていたゴエモンの心。

それを癒すのはアヤカの存在でしたね。

過酷な世界で互いに支え合いいきていく平成の里編。

次回第1章最終話です。

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― 新着の感想 ―
気丈に振る舞ってたゴエモンが泣くシーンに涙が出ました。それと同時にアヤカの存在や優しさがこの先もゴエモンの支えになってくれる事を祈ります。明日の第1章最終話も楽しみにしてます!いつもありがとう。
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