第16話 闇夜の死闘
三人一組、全五組に分かれた警備体制によって、平成の里の仲間たちはそれぞれ別々の持ち場へと配された。
柘植隼人は、敵の狙いをこう読んでいた。
「いくらなんでも、本丸や丹波様の御座所など、警備の厚い場所を狙うほどの無謀はすまい。
敵が“仕事を果たした”と胸を張れる場所…それは、次の合戦にも関わる兵糧庫か武器庫に違いない」
この判断のもと、兵糧庫の北側(本丸寄り)にキュウサクと伊賀の忍二名、南側(空堀側)にはゴエモンと柘植隼人、そしてその副官・朽木五郎左衛門が配置された。
武器庫にはショーゾー含む三人組と、もう一組の伊賀忍が待機。
サイゾウは全体の遊撃隊として、城内を巡回して異変に備える。
だが、ゴエモンは釈然としなかった。
(なんでこのメンバーなんだよ…)
思わず天を仰ぐ。
よりによって、厳しさで名高い柘植隼人本人、そして昼間こちらを散々疑ってかかった副官の朽木と一緒。
そのどちらもが筋金入りの伊賀忍び。気を抜ける要素が何一つない。
(常に緊張させられるな…)
そう思いつつも、気を引き締め直し、兵糧庫を上から見渡せる櫓の南端に身を潜めた。
柘植隼人はなんと、兵糧庫そのものの中に潜み、敵の接近を待つと言っていた。
まったく、どこまで豪胆なのか。
一方、朽木五郎左衛門はゴエモンの斜め向かい、古松の梢に身を潜めていた。
昼間は皮肉交じりな物言いでこちらを牽制してきたが、いざ任務となると流石に本職。
木の枝葉と一体化したかのように、まるで存在感が消えている。
(今夜は雲が厚い。風もある。火付には申し分のない夜だ…)
櫓の上、塀の向こうを見張りながら、ゴエモンはそんな風に考えていた。
つい数カ月前まで、未来の世界で平和に暮らしていたはずの自分が、いまや完全に“忍び”として城を警護している。
不思議な気持ちだった。
だが、それが今の自分の居場所だった。
そして、静寂を切り裂くものが来るのを、全身で待っていた。
配置についてから、三刻、およそ六時間が経過していた。
時刻は丑の刻、深夜二時頃か。
(…さすがに、こたえるな)
冷気が肌を刺し、手足の感覚も薄れてきた。緊張感の持続に限界を感じる。
(今夜は来ないんじゃないか…)
そんな疑念が心をかすめた時、脳裏に“彼女”の顔が浮かんだ。
“蛍”
あのときの、震える手で渡された紙片。
あれは命がけだったはずだ。
(…来る。絶対に来る)
そう言い聞かせるように、ゴエモンは再び南の塀の向こうに目を凝らした。
その時だった。
突如、城内に呼び笛の音が響いた。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュー……
そして間をおいて、さらに一音。
(武器庫の方…!?)
立ち上がりかけたその瞬間、いつの間にか隣に人がいた。
柘植隼人だった。
「動くな。あれは陽動だ。こちらが本命だぞ。」
低い声。だが明確な確信がこもっている。
「敵が来たらお前の本能に従って動け」
そう言い残し、柘植は闇の中へと溶けていった。
空気が一変する。
全員が物音一つ立てず、まるで時が止まったようだった。
どれほどの時間が経っただろうか。
五分……いや、数十秒だったかもしれない。
その時、南の塀を乗り越えてくる三つの影が現れた。
(来た!)
だが、まだ動かない。
三人全員が塀を超えるまで、動いてはいけない。動けば獲物を散らす。
一人目、二人目…三人目。
最後の一人が塀に脱出用の鍵縄をかけて、静かに滑り降りた。
―その瞬間。
櫓上からゴエモンが疾風のように飛び降りる。
対面から朽木五郎左衛門の棒手裏剣が真ん中の忍びを撃ち、わずかに体勢を崩させた。
怯んだ忍に背後から飛びかかったゴエモンは、腕を敵の首に巻きつけ、渾身の力でねじった。
グリ、グリ……ゴリッ――
骨が軋む音と共に、敵の身体から力が抜けた。
先頭の敵は、味方に構わず兵糧庫へと突進。
手には火のついた火縄を持っている。
扉を開け、内部へと飛び込んだ。
瞬間、飛び込んだはずの忍びが、クルリと踊るように飛び出してきた。
ばたり―
柘植隼人の太刀が、一刀の元敵を斬り伏せていた。
残る一人は塀の際、動揺して身を縮めていた。
そこへ、兵糧庫北の持ち場からキュウサクの姿が駆けてくる。
敵を見つけた彼は、即座に手裏剣を構えた。
―そのとき。
僕は見た。
敵の姿を、顔を。
(蛍!? なぜ、ここに!?)
叫びが自然と口からこぼれ出た。
「やめろー! キュウサクー!!」
その声は、深夜の静寂を引き裂くように響き渡った。
叫ぶと同時に、僕は無我夢中で駆け出していた。
あの夜と同じだ。
塀際にうずくまる蛍は、まるで石像のように身を固めている。
(ダメだ……君はこんなところにいてはいけない!)
(こんな闇の中じゃなくて、太陽の下で…楽しいことを見つけて、生きるんだ!)
心の中で、言葉にならない声を叫びながら、僕は全力で駆け寄った。
その瞬間―
「アアアアアアアーーーーーーー!!」
闇夜を引き裂くような、凄まじい絶叫があたりにこだました。
僕は蛍に飛びつき、反射的に蛍を抱きしめ叫んだ。
「蛍! 蛍っ! 大丈夫か!? 死ぬな、しっかりしろ!」
…しばしの沈黙ののち。
「…私、大丈夫。…だよ」
腕の中から、細く、それでいてはっきりとした声が返ってきた。
「本当に? どこか怪我は? 痛いところはない?」
「大丈夫…何もされてない。私、何もされてないから…」
蛍の声は震えていたが、気丈に、しっかりと答えていた。
(よかった…無事だったんだ)
その時、ふと、僕の中に疑問がよぎった。
(じゃああの悲鳴は、一体…誰の?)
振り返った僕の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
地面に崩れ落ち、腹の底から何かを吐き出しながらのたうち回る一人の忍び。
“キュウサク!!”




