第15話 嵐の前
夕暮れが迫る砦の一角。
平成の里から来た四人の忍―ゴエモン、サイゾウ、キュウサク、ショーゾー―が並んで正座している。
部屋には柘植隼人と、彼の麾下である忍び二名も居並んでいた。
柘植隼人の手には、先ほどゴエモンが町娘から受け取った紙切れ。
そこには〈三日月・城・炎〉という絵文字と、丸の中に書かれた「ほ」の字。
「にわかに信じられぬな。」
柘植の部下の一人が眉をひそめる。
「掃討作戦で城下に入り込んでいた敵忍びは、すでに半数が討ち取られておりまする。
残った手勢でこんな危険な企てを…意味がございませぬ」
ともう一人が口を挟む。
「それに、敵の間者を逃した男の言葉。信用に足るかどうか…」
「罠という可能性もある」
次々に飛び交う疑念の声。
まるで責任を回避するために理由を探しているようにも聞こえる。
ゴエモンの拳がわなわなと震えた。
(この連中、自分のところが狙われてるかもしれないってのに、やらない理由ばかり探してやがる!)
立ち上がろうとしたゴエモンに先んじて、柘植隼人が静かに口を開いた。
「その方、その手紙の主を、信じるか?」
「信じます!」
ゴエモンは即答した。
「罠だったら、命を落とすかもしれんぞ?」
柘植が試すように訊いてくる。
「くどい!俺は、信じた者を最後まで信じ続ける!」
そう叫ぶやいなや、ゴエモンは拳を床に叩きつけた。
――バキッ!
乾いた音とともに床板が割れ、部屋に一瞬の沈黙が訪れた。
「我らも、この男が信じる者を同じく信じまする」
サイゾウが静かに口を開いた。
「柘植様のご手勢の加勢なくとも、今宵、城内の警護をお許し願いたい」
柘植はしばし沈黙した。やがて、口元に微かな笑みを浮かべると麾下の2名に向かい言った。
「我が庭先を土足で蹂躙されるかもしれぬというのに、お主らは指をくわえて見ているつもりか?
忍びとは、疑わしきは行動、が鉄則であったはずだ」
麾下たちが顔を見合わせる。
「確かに証拠は薄い。罠の可能性も否定できぬ。だが…」
そこで柘植はゴエモンをまっすぐに見据えた。
「この男、忍の心得も未熟で、礼法も危うい。だが、その心意気は、今ここにおる誰よりも見事だ」
ゴエモンは、はっと顔を上げた。
「恐らく敵方の狙いに大局的な意味はない。ただの意地、傷を負っても矜持を守るための一矢だ。
…それでも、我らの領内を好きに荒らされては、伊賀忍びの名が廃る」
柘植はスッと立ち上がり、麾下の二人に言い放つ。
「我も、平成の里の者と共に動こう。お主らは好きにいたせ!」
それだけ言って、部屋の奥へと消えた。
取り残された二人の麾下が、慌てて立ち上がり叫ぶ。
「お、お頭! お待ちを!」
「わ、我らも同道つかまつるー!」
どたどたと奥へ駆けてゆく二人の背中を見送りながら、ゴエモンたちは顔を見合わせる。
そして、
「ぷっ……ハハハハハ!」
爆笑が起きた。
ショーゾーが小声で言った。
「…柘植様って、案外物わかりがいい御仁なのかもしれないな。」
笑いの余韻のなかで、ゴエモンの胸に火が灯る。
(蛍…、無事でいろよ…)
夕暮れ前の静寂。
離れの一室には、平成の里の四人と柘植隼人、そして柘植配下の精鋭忍び十名が、すでに忍装束に身を包み、揃っていた。
柘植は壁の掛け図を指し示しながら口を開いた。
「さて、今宵、健気にも敵方の忍びどもが、一矢報いんとこの城に火付にやってくる。
敵は、我らの手勢が掃討作戦を終え帰還した今を狙ったのだろう。」
一同身じろぎもせず柘植の言を聞いている。
「こちらの人数は十五。相手より多いとはいえ、この広い砦内で散開して警戒にあたれば、局地戦では不利になると心得よ。」
柘植は一拍置き、全員の目を見渡した。
「味方同士、三人一組で行動せよ。持ち場についてはこれより細かく指示する。敵を見かけたら、呼び笛にて連絡。よいか。」
柘植の目が鋭く光る。
「我らは、伊賀の忍びである。その誇りにかけて火ひとつくすぶらせるな。以上。」
凛とした空気が部屋を支配する。その沈黙を破ったのは、ショーゾーの低く抑えた声だった。
「さて。皆、ちゃんと生きて帰ろうな。」
肩をすくめるようにキュウサクが苦笑し、
「縁起でもないこと言わないでよ」
とぼやいたが、顔は引き締まっている。
その横で、サイゾウがふとゴエモンの肩を軽く叩いた。
「お前……アヤカへの土産、自分の手で渡せよ。俺は代りに渡すなんてまっぴらごめんだからな。」
ゴエモンは一瞬驚き、すぐに頷いた。
胸の内にこみ上げてくるものを押し殺しながら、ゴエモンは拳を握りしめた。
陽が落ちる。
いよいよ決戦の時が近づいていた。
やがて、十五人は静かに立ち上がり、それぞれの持ち場へと散っていった。
長い、長い夜のはじまりだった




