第14話 ひとときの平穏
柘植隼人による百地砦の掃討作戦は効を奏し、二日も経つと城下に怪しい影は一掃された。
なお警戒を続けること三日、作戦開始から六日目の朝。
ゴエモンが定宿としていた“清水屋”に、キュウサクが迎えに来た。
「宿を引き払って、サイゾウの“上野屋”に来いってさ。帰れるんだよ、きっと」
キュウサクは満面の笑顔だった。
作戦中は互いに正体を知られぬよう、忍び同士も別々に宿を取っていたが、ようやく集まれるらしい。
上野屋の一室には、すでにショーゾーが旅支度を整えて待っていた。
サイゾウが全員の顔を見渡して言う。
「長い間、ご苦労だったな。今朝、柘植様の使者が来た。
本日をもって作戦終了、各自帰郷を許すとのお達しだ」
「やったー!」
キュウサクが両腕を上げてはしゃぐ。
けれど、その声にどこか無理な明るさが混じっているのを、誰もが感じていた。
キュウサクはこの作戦で初めて敵の忍と交戦し、討ち取った。
柘植隼人から直々に感状も受けたが、それ以降、彼のテンションは不自然に高いままだ。
誰もそのことには触れなかったが、皆、どこかで気にしていた。
「些少だが、謝礼金も出ている。里に帰る前に、土産でも買っていけ」
サイゾウは懐から銅銭を取り出し、皆に均等に分けた。
その後、サイゾウも宿を引き払い、四人はそれぞれ思い思いに城下へ散っていった。
戦国の世とは思えぬほど、町は品物が豊富だった。
京から比較的近いせいか、行商人も多く市も立っている。
食べ物から日用品、武具に至るまで、市に並ぶ店々は活気にあふれ、まるで未来の縁日のようだ。
そんな中、ゴエモンの目を引いたのは、市で見つけた絹製の、深い赤の髪紐だった。
(アヤカさんの黒髪に、きっと似合う)
ふと浮かんだその思いに、胸がざわつく。
(いや、こんなの贈ったら迷惑かも…)
(でも…お守りくれたお返しとしてなら…)
(いやいや、まだ何でもないのに、気持ち悪いと思われるかも…)
店頭の髪紐の前を四度も五度も往復し、時に腕を組み、時に引き返すゴエモン。
黙って様子を見ていた看板娘も、さすがに半刻(1時間)近く経つと、あきれたように声をかけてきた。
「お客さん、日暮れまでには決まるのかい?」
「す、すいません…邪魔でしたよね」
慌てて立ち去ろうとするゴエモンに、娘はくすりと笑って言った。
「いいのさ、ゆっくり見ていきな。…奥さんにかい?」
「い、いや違います、奥さんとかじゃなくて…その…まだ…」
焦ってしどろもどろになる僕を、娘は肘で軽くつついて言った。
「お守りのお返し?そいつぁいいお返しになるよ~。あたしだったら、こんな綺麗な紐もらったら、すぐ気がなびいちまうねぇ」
いたずらっぽい笑みと共に差し出された髪紐。
美しい深紅。京都から仕入れたというだけあって、絹の艶が目を引いた。
もう恥ずかしさと、照れくささとごちゃ混ぜになった感情で一刻も早くこの場を立ち去りたかった僕は、
「買います買います、それ包んでください」
と言わされていた。
(さすが商売上手だ...)
「まいどあり~」
笑顔で対応する売り子だったが、いざ支払という段になるとなんとお金が足りない!
「あの~、なんとかまかりませんか?」
と聞いたが、
「これ絹の高級品だからね~。悪いけどまけられないのよ。」
と売り子も済まなそうに答えた。
(金が無いんじゃしょうがない)
諦めて立ち去ろうとしたその時、
「これで足りるか?」
売り子に銭を放る人影。
「足りる足りる。まいどあり~!」
満面の笑みを浮かべる売り子の向こうに立っていたのは、サイゾウだった。
「サイゾウさん、僕なんかにより、オユキさんに…」
そう言いかけると、サイゾウは笑いながら言った。
「心配すんな。お前と違ってこの世界長いからな。金の使い道のない“平成の里”じゃ金は貯まる一方なのよ。」
(サイゾウさん、やっぱり人として大きな人だ。)
筋骨隆々の背中が一段大きく見えるゴエモンだった。
買い物を済ませた平成の里一行が百地砦城下を後にしたのは巳の刻を過ぎた頃であった。
ここから平成の里までは、忍の足なら夕方には着けるはずだった。
―町はずれ
ここを越えるともう民家はなくなるという橋の近く。誰かを待つ様子の町娘が立っていた。
一行の最後尾を歩いていたゴエモンは、町娘とすれ違う刹那、何か小さな紙片を握らされた。
僕が、(え!?)と思い立ち止まり、手元に視線を落とした後、町娘が立っていた所を振り返ったが、既に娘の姿は忽然と消えていた。
「どうしたゴエモン、早くしないと日暮れまでに里につけないぞ!」
ショーゾーが叫んだ。
「ちょっと待ってくれ!」
そう言うと、手渡された小さな紙切れを広げてみた。
紙には絵が描かれている。
三日月、城のような建物、炎、そして最後にマルの中に”ほ”と書かれていた。
「ほ?…ほたる!?」
僕は再度娘の立っていたところを見詰めていた。
先を行きかけていたサイゾウ達も、僕の様子がおかしい事に気付き戻って来た。
僕が今の状況を伝え、紙きれを見せると、
「これは!今夜城に火付けするという暗号じゃねえか?」
サイゾウが言う。
「間違いないな、あの娘、この前ゴエモンに命救われて、恩返しのつもりじゃないのか。」
とショーゾー。
僕は胸が熱くなった。
と、同時に蛍の身の危険も感じた。
バレなきゃいいが、敵方に情報を流したことが露見したら、僕と違い許しては貰えないだろう...。
「とにかくこの事戻って柘植様に報告だ」
僕らは今来た道を引き返した。
今回は緊張が続いた後の息抜き的なエピソードです
でも最後に何やら新たな波乱の予感が...。




