第11話 新米忍者初陣す
「随分と入り込んでいるようだな」
「そりゃあ信長ともあろうものが、バカ息子がしでかしたこととはいえ、こんなちっぽけな勢力に蹴散らされて黙っていられるわけないからな。」
サイゾウとショーゾーである。
百地党の中でも、忍び働きに長けた者達が百地砦に緊急召集されていた。
先年織田信長の次男北畠信雄は、父に無断で手柄を立てようと手勢を率いて伊賀に侵攻してきた。
それを伊賀の小勢力が一致団結し、さんざん打ち負かしてしまったのだ。
いわゆる第一次天正伊賀の乱である。
これに立腹した信長が、次は自ら指揮して侵攻してくることは火を見るより明らかだった。
今回の招集に平成の里からは、サイゾウ、ショーゾー、キュウサク、そして僕の4人が応召した。
里を出る時、ショーゾーは明るく笑って風を肩車していたが、マイは不安な気持ちを必死に抑えて作り笑いしているようだった。
サイゾウはオユキに何かを囁くと、オユキの目にうっすら涙が浮かんでいた。
キュウサクはケンタら子供達の人気者なので、子供らにまとわりつかれて困っていたが、
「キュウサクあんちゃん、無事で帰ってこいよ」
と言われた途端涙腺が崩壊していた。
そして僕は、出発の前、皆が代わるがわる励ましの言葉を掛けにくるのを少し後ろから眺めていた。
やがて出発の時間になり、荷物を担ごうとしたとき、不意に右手に何かが触れ、小さな袋を握らされた。
アヤカだった。
握らされたものを見てみると、小さな麻袋に入ったお守りだった。
「あ、ありがとう。うれしいな」
僕は努めて明るく言った。
「気を付けてね。…英雄にならなくていいから…」
アヤカは視線を逸らさず、真っ直ぐ僕の目を見ながらそういうと走り去っていった。
「帰ってくるさ…」
アヤカのお守りを見て、心からそう思っていた。
平成の里を出て、初めて本物の戦国人と交わる。
不意に戦闘になれば、命のやり取りが現実になる。
様々なプレッシャーで押しつぶされそうになりながらも、僕は一歩一歩百地砦に向け歩みを進めた。
百地党で忍軍を率いるのが柘植隼人という侍大将格である。
見かけはまだ若く、20代中盤に見えるが、鋭い目つきと鋼のような上半身の筋肉が、百戦錬磨を思わせた。
柘植は、集まった三十名の忍の前に立ち、声を張った。
「先の織田との戦で挙げた大勝利は痛快事であった。
だが、今度は信長本隊が来るだろう。
その時期はまだわからんが、近ごろ我らのご城下に相当数の間者が入り込んでいる。」
信長が来る!
第二次天正伊賀の乱が近いことを嫌でも実感させられる。
「忍びの本領に間者を送り込んでくるとは笑止千万。我ら伊賀忍軍の矜持にかけて、これを見過ごすわけにはいかん。
入り込んだ間者は皆殺しにしろ。一人も生きて返すな!」
柘植の言葉は刃の様に鋭く突き刺さってくる。
(皆殺し…)
僕は重責で吐きそうになるのを必死で抑えていた。
百地の城下町。
小さいが、賑わいが感じられる。
こちらに落ちて来て依頼、店屋などみたことがなかったから、縁日に来た子供のように心が躍った。
僕ら伊賀忍軍は、敵に警戒感を与えないためにも、まとまらずバラバラで行動することにした。
小さな城下だが、歩けばそれなりに広い。
どの辺を担当するかはある程度決められていて、僕ら4人は町の南東側を担当した
バラける前、サイゾウがニヤニヤしながら少し意地悪く尋ねてきた。
「ゴエモン、キュウサク、お前ら敵の間者あぶり出すと言われたけどよ、どうするつもりなんだ?
まさか敵の間者が真昼間から、いかにも忍者ですって黒装束に覆面で出歩いているなんて思ってないだろうな?」
「え~、目つきの悪い奴とかかな~」
キュウサクが困り顔で答える。
「バカ、そんな殺気発しながら忍び働きするやついるか」
言われたキュウサクは、舌を出している。
「外見はわからないけど、情報を得るためには人の多く出入りするところで、会話が盛り上がるところには顔を出すと思うけど。酒屋とか、旅籠とかかな?」
僕が言うと、
「なかなかいい線行ってるな。見当をつける対象としてはそれでいい。」
ショーゾーが頷きながら言う。
「あとはやはり地元に馴染んでいないやつだ。余所者にはやはり何とも言えない違和感がある。」
(なるほど。でも難しいな。さっきから通りを歩いていても、皆間者に見えてくる。)
僕はだんだん自信が無くなってきていた。
日が落ちたら寝る里と違い、城下では夜のとばりが下りても人々は活動している。
僕とサイゾウは割り当てられた地域の飲食店を見回ることにした。
ー酒処「無明庵」
サイゾウとは時間差で入る。
僕が先に店に入ると、店全体が見渡せる左手奥の席に着いた。
酒はあまり得手ではないが、徳利を一つ注文した。
出された漬物を食べ、酒を含みながらマジマジと店内を俯瞰する。
店内にいるのは5~6人。
町人風の男女3人が入口近く、年老いた侍風が左奥。
中年の浪人風が右横の席で飯を食っている。
そして斜め前、こちらに背を向けている行商人風の男。
行商人にしては、持ち物が新しいような気がする。
長旅をしてきた割には草鞋も脚絆も綺麗だ。
これから出立するのかもしれないが、どうにも怪しいと僕の第六感が言っている。
(話してみるか)
僕は徳利を持って行商人の隣へ移動した。
「一献いかがです?」
男は一瞬はっとしたように見えたが、そんな色はすぐにかき消し、いかにもな営業スマイルで
「これはどうも」
といって、自分の酒が注がれていたお猪口を飲み干し、差し出してきた。
「ご商売で?」
「えぇ、こちらのご城下には常連さんがおりましてね。いつもご贔屓にしていただいております」
といかにも人がいいという雰囲気を醸し出しながら注いだ酒を飲み干した。
「さ、御返杯」
と言いながら男が徳利を差し出しながら近づいてきた時、フイに耳元に口を近づけこう言った。
「柘植に道は」
一瞬何を言われたかわからなかったが、慌てて二の句を継いだ。
「落ち葉の道よ」
そういうと男は鋭い目を光らせニヤリと笑い、自分の席へ戻った。
戻った時にはもう人の好さそうな行商人に戻っていた。
僕は内心ドキドキで、冷や汗が止まらなかった。
先程のは、今回の任務において柘植隼人から伝えられていた忍び同士の符号である。
疑うばかりで、味方という意識が無かった僕は、一瞬符号を発するのが遅れそうになった。
一拍遅れていれば、命はなかったかもしれない。
(これは遊びじゃない。すべての仕事に命がかかっている…)
僕はようやく忍びの任務の厳しさを実感していた。
今回からゴエモンの忍者編がスタートです。
忍者として初任務でとまどいながらも成長するゴエモンの活躍にご期待ください。




