第44話 蛇の髪
異世界バーバー ~理容師と美容師の異世界繁盛記~
作者:阿波根サキ
何十もの蛇が、まるで目覚めたかのように鎌首をもたげた。
「……蛇?」
鏡子が呟く。
シュルルルル――。
寝台に横たわる女性の頭から伸びた無数の蛇が、一斉にこちらを向いた。
口を開き、鋭い牙を覗かせる。
「下がれ!」
ガレオスが剣を抜いた。
ほぼ同時に、ルークも前へ出る。
「団長!」
「ああ。ルーク、右を頼む」
「はい!」
二人が左右に分かれる。
蛇たちが身体をくねらせ、今にも飛びかかろうとした、その時だった。
「斬っちゃダメなんです!」
ゼノが二人の前へ飛び出した。
ガレオスの剣が止まる。
「どういうことだ?」
「蛇の状態で髪を切ったら、母さんの魔力が一気に消費されるんです!」
「髪……?」
ルークが目を見開いた。
「これ全部……髪なのか?」
ゼノが頷く。
「母さんの一族の髪は、本当はこういう姿なんです。この状態で切ると、ものすごく魔力を使うんです」
「今の状態で斬ればどうなる?」
「母さんは、もうほとんど魔力が残ってません。だから……」
ゼノの声が震える。
「死んじゃうかもしれない……」
ガレオスとルークが剣を下ろした。
蛇たちは、それでも二人を警戒している。
そのうちの一匹が、ゼノへ顔を向けた。
「ゼノ!」
鏡子が声を上げる。
だが、ゼノは逃げなかった。
蛇はゼノの手へ鼻先を寄せると、静かに頭を預けた。
「俺は大丈夫です。こいつら、俺のことは同族だって分かるみたいで」
ゼノが蛇の頭をそっと撫でる。
その様子を見届けてから、ガレオスが尋ねた。
「ゼノ。母親は普段、普通の姿だと言ったな。これまでどうしていた?」
ゼノは母親の胸元へ手を伸ばした。
服の下から、小さなペンダントを取り出す。
「これです」
銀色の古びたペンダント。
中央には、小さな石が嵌め込まれている。
「このペンダントが、母さんの蛇の髪を抑えて、普通の髪にしてくれてたんです」
「魔道具か?」
ガレオスの問いに、ゼノは首を横に振った。
「詳しいことは俺にも分かりません。ずっと昔から、母さんの一族に伝わってるものだって」
「ずっと昔?」
「千年くらい前……シアールって人が、母さんの一族のために作ってくれたって聞いてます」
ガレオスの表情が変わった。
「シアールだと?」
「はい。このペンダントの力で、蛇の髪と魔力を……その……」
ゼノが記憶を探る。
「《調和》させるんだって」
「…………え?」
鏡子が反応した。
「ゼノ。今、なんて言った?」
「調和……ですけど」
「《調和》……」
鏡子はペンダントを見つめた。
「最近は少しずつ効かなくなって……。母さんの髪も、どんどん蛇に戻るようになったんです。たぶん、ペンダントの魔力が尽きたんだと思います」
「魔力がなくなっただけなら……」
鏡子がペンダントへ手を伸ばした。
「私の魔力を入れたら、また使えるんじゃない?」
「え?」
ゼノが顔を上げる。
「ちょっと貸して」
鏡子はペンダントを受け取ると、両手で包んだ。
目を閉じ、ゆっくりと魔力を流し込んでいく。
ふわり。
指の隙間から、淡い光が漏れた。
「……!」
ゼノが息を呑む。
中央の石が、青白い光を帯び始めた。
「光った……!」
ルークも目を見開く。
「鏡子さん、魔道具に魔力を……?」
やがて鏡子が手を開いた。
「ゼノ。これでどう?」
「やってみます!」
ゼノはペンダントを受け取ると、エウリアの首へかけ直した。
胸元で石が淡く輝く。
全員がエウリアの髪を見つめる。
だが――。
シュルルルル……。
床にまで広がった蛇髪は、何も変わらなかった。
「……ダメだ」
ゼノが呟いた。
「母さんの髪、こんなに伸びたことなかったから……」
光を帯びたペンダントを見つめる。
「魔力は戻ってる。でも、今の母さんの髪を全部抑えるには、力が足りないんだ……」
「なるほどな」
亮一が蛇髪を見る。
「だったら、短くすりゃいい」
「え?」
「短くなれば、そのペンダントでも抑えられるんだろ?」
「たぶん……。でも、今は切れません。蛇のまま切ったら母さんの魔力が……」
「ああ。だから、蛇じゃなくせばいい」
亮一の視線が鏡子へ向く。
「……だよな?」
「…………」
鏡子は、床に広がる蛇髪を見つめていた。
ペンダントを通した力では足りない。
でも――。
「もしかしたら……」
「鏡子さん?」
「ペンダントじゃ、足りないんだよね」
「……はい」
「だったら……」
鏡子はゆっくりと両手を蛇髪へ向けた。
「私が直接やれば、抑えられるかもしれない」
「直接……?」
「このペンダントに入ってるのが、私と同じ《調和》の力なら……できる気がする」
「でも、危ないです!」
一匹の蛇が、鏡子へ牙を剥く。
亮一がすぐに鏡子の肩を引いた。
「危ないぞ」
「分かってるって」
鏡子は一歩離れた場所から、蛇髪へ意識を集中させる。
ゆっくりと息を吸った。
そして、魔力を流す。
青白い光が、蛇髪を包み込んだ。
シュルルルル――!
無数の蛇が激しく身をくねらせる。
「鏡子!」
「大丈夫……!」
鏡子が歯を食いしばる。
光が強くなる。
すると――。
一匹の蛇が動きを止めた。
その長い身体がほどけるように細くなり、幾本もの深緑色の髪へと変わっていく。
「……蛇が」
ルークが呟く。
一匹。
また一匹。
蛇たちは次々と姿を変え、深緑色の髪の房となっていく。
やがて、エウリアの頭から床にまで広がっていた蛇髪は、長い深緑色の髪へと変わった。
「……できた」
鏡子が笑う。
だが、その声にはすでに余裕がなかった。
額から汗が流れ落ちる。
「このままじゃ切れないな」
亮一が寝台に横たわるエウリアを見る。
「私が起こす」
鏡子は《調和》を途切れさせないよう、ゆっくりとエウリアの上体を抱き起こした。
そのまま自分の身体で背中を支える。
「鏡子、大丈夫か?」
「うん……。このまま支える」
エウリアは意識を失ったまま、鏡子に身体を預けている。
深緑色の長い髪が、その肩から寝台へと流れ落ちた。
「すごい……」
ゼノは呆然と母親を見る。
「母さんの髪が……」
亮一はすぐに動いた。
「鏡子。どのくらい持つ?」
鏡子は答えようとしたが、すぐには声が出なかった。
「……五分……」
荒い息をひとつ吐く。
「たぶん……それが……限界……」
亮一は、戻ってきた星銀の理容セットを開いた。
祖父から父へ。
父から、自分へ。
受け継がれてきた星銀のハサミを手に取る。
「十分だ」
カチン。
亮一がハサミを一度鳴らした。
「ここからは、バーバーの仕事だ」
ゼノが慌てて言う。
「髪の状態なら切っても大丈夫です! 俺も今までは、この状態の時に切ってました!」
「お前が?」
「はい。伸びたら、適当に短く……」
「そうか」
亮一がエウリアの髪を持ち上げる。
腰どころではない。
寝台を越え、床にまで届いている。
「なら、できるだけ短くするぞ」
「待って、亮一」
鏡子だった。
「なんだ?」
「短くするのは賛成。でも、ただ短くすればいいってわけじゃないでしょ」
「今は魔力の消費を抑えるのが先だ」
「分かってる。でも、この人はこれからもこの髪で生きていくんだよ」
亮一の手が止まった。
「助けるために切るだけじゃなくて――助かったあとも、綺麗でいられる髪型にしようよ」
「…………」
亮一は、はっとしたようにエウリアを見る。
短くする。
魔力の消費を減らす。
そればかりを考えていた。
だが、鏡子の言う通りだ。
これは治療ではない。
自分ができることは、どこまでいっても髪型を整えることなのだ。
「……そうだな」
「短くする。それでも、ちゃんと似合う髪型にする」
「うん!」
二人はエウリアの顔立ちを見る。
「襟足はかなり短くできる」
「でも、後頭部には丸みを残したいな」
「顔まわりは?」
「少し長さを残そう。前下がりで」
「だったら――短めの前下がりグラデーションボブだな」
「うん。それでいこう!」
「…………」
ルークが呆気に取られていた。
「……団長」
「なんだ」
「この状況で、髪型のクオリティーを相談してるんですか?」
ぽん。
ガレオスの大きな手が、ルークの肩に置かれた。
「ルーク」
「はい」
「こういう二人だ」
「…………」
「慣れろ」
「……はい」
亮一がハサミを構える。
「鏡子、始めるぞ」
「OK!」
――シャキン。
最初の一束が切り落とされた。
長い深緑色の髪が、床へ落ちる。
続けて。
――シャキン。
今度は寝台の上へ。
亮一の手は速かった。
だが、決して雑ではない。
長く伸びた髪を大胆に落としながら、櫛を入れ、角度を変え、長さを確かめていく。
ゼノは、その手元から目を離せなかった。
自分だって、母の髪を何度も切ってきた。
しかし、伸びたら短くする。
ただ、それだけだった。
けれど、亮一は違う。
顔の横に残す長さ。
後ろから前へつながる線。
櫛を入れる角度。
ハサミを入れる位置。
同じ「髪を切る」という行為なのに――。
自分がやってきたものとは、まるで違って見えた。
「……すごい」
思わず、ゼノの口から声が漏れた。
その時だった。
床へ落ちた髪が、ざわりと動いた。
「え?」
切り落とされた何本もの髪が、互いに引き寄せられるように集まっていく。
絡まり、束になり――。
――シュルッ。
一匹の蛇へと姿を変えた。
「蛇に戻ってる!」
ルークが叫ぶ。
さらに、寝台へ落ちた髪も集まり始める。
一房が一匹へ。
また一房が一匹へ。
亮一が切るたびに、鏡子の《調和》から外れた髪が集まり、本来の蛇の姿へと戻っていく。
鏡子が振り返る。
最初はエウリアの髪全体を包んでいた青白い光。
その範囲が、いつの間にか狭くなっていた。
「……っ」
鏡子の頬を汗が伝う。
肩まで。
首まで。
光はどんどん縮んでいく。
そして今では――。
エウリアの頭部だけを包んでいる。
「もう……頭の髪を抑えるので精いっぱい……!」
「それでいい!」
亮一はハサミを止めない。
「頭だけは絶対に離すな!」
「……分かった! ここだけは……絶対に戻さない!」
「俺が押さえます!」
ゼノが床へ飛び込んだ。
亮一へ向かおうとしていた蛇を、両腕で抱え込む。
「ゼノ!」
「俺は噛まれません! こいつら、俺には襲ってこないから!」
実際、ゼノに捕まえられた蛇は、彼へ牙を向けなかった。
「こっちは俺がやります! 亮一さんは母さんの髪を!」
「頼んだぞ!」
だが、蛇は次々と増えていく。
ルークが剣へ手をかけた。
「団長!」
「待て!」
ガレオスが止める。
「ゼノ! 切り落としたものなら斬ってもいいのか?」
「ダメです!」
蛇を抱えたまま、ゼノが叫ぶ。
「切り落としたあとも、しばらくは母さんと繋がってるんです!」
「こいつらを傷つけても、母親の魔力を消耗するのか?」
「はい! 全部終わって、母さんの髪が落ち着くまでは!」
ガレオスは即座に剣を鞘へ収めた。
「ルーク。斬るな」
「ですが、この数をどうやって!」
「斬らずに亮一から引き離す!」
「はい!」
二人が動く。
ガレオスが鞘で蛇を払い、ルークも亮一へ近づく蛇を追い払う。
普段なら、一太刀で済む。
だが、それができない。
しかも――。
蛇は増え続ける。
――シャキン。
亮一が切る。
髪が落ちる。
集まって、蛇になる。
――シャキン。
また落ちる。床を埋め尽くす深緑色のうねりが、また一つ増える。
足の踏み場もないほどの蛇の群れが、隙を突いて亮一へと殺到する。
「亮一! まだか!」
「もう少しだ!」
「こっちは長く持たんぞ!」
「分かってる!」
――シャキン。
ハサミが走る。
ゼノが蛇を抱え込む。
ガレオスとルークが、近づく蛇を次々と払いのける。
それでも数が多すぎる。
一匹が二人の間を抜けた。
「しまった!」
蛇が亮一の左足へ噛みつく。
「ぐっ!」
「亮一!」
さらに寝台から跳ねた一匹が、左腕へ牙を立てた。
「亮一さん!」
ゼノが叫ぶ。
亮一が腕を振り、蛇を払い落とす。
だが――。
左腕。
左足。
噛まれた場所から、皮膚が灰色へ変わり始めた。
「石に……!」
ルークが息を呑む。
「蛇に噛まれると石になるんです!」
「それを先に言え!」
「ご、ごめんなさい!」
灰色がじわじわと広がっていく。
「蛇の魔力が収まれば、石になったところも少しずつ元に戻ります! でも、全身まで石になったら……もう戻りません!」
「じゃあ、問題ないな」
亮一はハサミを構え直した。
「ありますよ、問題!」
ルークが蛇を払いながら叫ぶ。
――シャキン。
ハサミは止まらない。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
鏡子の呼吸がさらに荒くなる。
エウリアの頭部を包む光が揺らいだ。
髪の一房が、蛇へ戻りかける。
「……っ!」
鏡子が歯を食いしばる。
消えかけた光が、再び髪を包んだ。
その間にも、亮一の左腕の石化は肘を越え、左足も膝近くまで灰色に染まっていく。
やがて石化は、左脇腹へと這い上がった。
左半身が、まるで鉛の塊のように重い。
感覚はとうに消え失せ、ひんやりとした冷たい彫像と化している。
亮一は右手の中でハサミを返し、櫛へ持ち替えた。
髪を梳かし、長さを確かめる。
再び櫛からハサミへ。
――シャキン。
だが、遅い。
両手なら一瞬で済む動作に、何倍もの時間がかかる。
「ゼノ!」
「――え?」
蛇を押さえていたゼノが顔を上げた。
亮一が自分の名前を呼んだ。
「こっち来い! 櫛を持て!」
「俺が!?」
「左手が使えねぇ。ゼノが代わりだ!」
一瞬、ゼノの身体が固まる。
亮一が櫛を差し出した。
「できるか?」
「……やります!」
ゼノは抱えていた蛇を放すと、亮一のもとへ駆け寄った。
「蛇は俺たちに任せろ!」
ガレオスが放たれた蛇を鞘で押し返す。
「はい!」
ゼノが亮一から櫛を受け取った。
「そこを梳かせ!」
「こ、こうですか!?」
「もっと上だ!」
「はい!」
「そのまま動かすな!」
――シャキン。
星銀のハサミが、ゼノの持つ櫛のすぐそばを走った。
「次!」
「はい!」
ゼノが櫛を入れる。
亮一が切る。
「そこじゃない。もう少し手前だ」
「ここですか?」
「そうだ。そのまま!」
――シャキン。
ゼノは必死だった。
母親の髪なら、これまで何度も切ってきた。
けれど、櫛なんて使ったことはない。
いつも手櫛で髪を整え、そのまま短く切っていただけだった。
初めて握る櫛。
どう動かせばいいのかさえ分からない。
それでも、亮一の声だけを頼りに手を動かす。
二人の動きが、少しずつ噛み合っていく。
動かなくなった亮一の左手を、ゼノが代わりに務めていた。
――シャキン。
「団長! もう抑えきれません!」
「亮一の周りだけでいい! 近づけるな!」
「はい!」
だが。
一匹。
二匹。
三匹。
ガレオスとルークの防御を抜け、蛇が亮一とゼノへ迫る。
「亮一さん!」
蛇が跳ぶ。
その時だった。
鏡子の服の胸元が――。
ぼうっ。
青白く光った。
「……え?」
鏡子が自分の胸元を見る。
光が激しく明滅し、一気に膨れ上がる。
そして――。
『亮一をやらせないぞーーっ!』
鏡子の服の中から、目も眩むような強烈な青白い光が弾け飛んだ。
薄暗い部屋の隅々までが、まるで白夜のように明るく照らし出される。
「ウィル!?」
銀白色の髪。
青白く輝く半透明の翼。
光の精霊――ウィル。
「お前、そこにいたのかよ!」
『今はそれどころじゃないよ!』
ウィルが両手を大きく広げた。
『亮一をいじめるなーーっ!』
青白い光が弾ける。
亮一へ飛びかかろうとしていた蛇たちの動きが、一斉に鈍った。
「動きが鈍った!」
ルークが声を上げる。
「ルーク、今だ!」
「はい!」
ガレオスとルークが一気に蛇を亮一たちから引き離していく。
『鏡子! 今だよ!』
「うん!」
鏡子は残った力を、エウリアに集中させる。
「ゼノ、もう少しだ!」
「はい!」
ゼノが櫛を入れる。
亮一の右手が動く。
――シャキン。
残りはわずか。
「次!」
「はい!」
――シャキン。
長かった髪が、見る間に短くなっていく。
そのたびに床へ落ちた髪が集まり、蛇へと戻る。
だが、ウィルの光に包まれた蛇たちは、思うように動けない。
ガレオスとルークが払いのける。
ゼノが櫛を入れる。
亮一が切る。
そして――。
「そこだ。動かすな」
「はい!」
――シャキン。
最後の長い一房が切り落とされた。
「……!」
鏡子の目が大きく開く。
「どうした!?」
「軽い……」
鏡子はエウリアの頭を見る。
「全然違う……! 必要な魔力が、さっきまでと全然違う!」
「よし」
亮一が息を吐く。
だが、ハサミは置かない。
「なら、ここから仕上げるぞ」
「えっ!?」
ルークが思わず声を上げた。
「まだやるんですか!?」
「当たり前だろ」
「ここからが大事でしょ!」
鏡子まで当然のように答える。
「…………」
ルークは何か言いたそうに口を開き――やめた。
「ゼノ、もう少し付き合え」
「はい!」
亮一はゼノに指示を出しながら、細部を整えていく。
短くした襟足。
後頭部には柔らかな丸みを残す。
そこから顔まわりへ向かって、わずかに長さを残していく。
鏡子も横からバランスを見る。
「右、ほんの少しだけ重い」
「分かってる」
「さすが」
「誰に言ってんだ」
「ゼノ、そこを梳かせ」
「はい!」
櫛が入る。
――シャキン。
最後に毛先を整える。
「よし」
短めの前下がりグラデーションボブ。
長く伸び放題だった髪は、エウリアの大人びた顔立ちを引き立てる、上品な髪型へと変わっていた。
「鏡子」
亮一が声をかける。
「ペンダント、いけるんじゃねぇか?」
「あっ!」
鏡子がエウリアの胸元を見る。
先ほど魔力を込めたペンダントは、まだ淡い光を放っている。
ゼノもそれに気づいた。
「やってみます!」
ゼノが櫛を置き、ペンダントを握って位置を整える。
淡い光が、短くなった深緑色の髪を包んだ。
鏡子が少しずつ、自分の魔力を弱めていく。
「……大丈夫」
蛇には戻らない。
「もう少し……」
さらに弱める。
それでも、髪のままだ。
そして――。
鏡子が完全に力を止めた。
「……効いてる」
ゼノが呟いた。
「ペンダントが……ちゃんと効いてる!」
その瞬間。
床や寝台を這っていた蛇たちが、一斉に動きを止めた。
ガレオスとルークが身構える。
蛇たちの身体がほどけるように細くなり、幾本もの深緑色の髪へと戻っていく。
一匹。
また一匹。
次々と蛇の姿が消えていく。
やがて部屋から、蛇は一匹もいなくなった。
床と寝台に残っているのは、切り落とされた大量の髪だけだった。
「……終わった」
鏡子が大きく息を吐く。
『やったー!』
ウィルが飛び跳ねる。
「亮一さん!」
ゼノが亮一の左半身を見る。
肩近くまで広がっていた灰色が、少しずつ薄れていた。
「戻ってる……!」
蛇の魔力が収まったことで、石化も解け始めている。
「だから言ったろ。問題ないって」
「十分問題ありましたよ!」
ルークの声が部屋に響いた。
亮一はそれを聞き流し、エウリアへ視線を戻した。
彼女はまだ眠っている。
だが、その頭にはもう、恐ろしい蛇の群れはない。
そこにあるのは、短く整えられた深緑色の髪。
襟足はすっきりと短く。
後頭部には柔らかな丸みを残し、顔まわりへ向かってわずかに長くなる。
短めの前下がりグラデーションボブ。
ゼノは、しばらく母親から目を離せなかった。
自分も何度も、母の髪を切ってきた。
伸びた髪を短くするために。
ただ、それだけだった。
けれど――。
こんなふうに切れるなんて、知らなかった。
「……髪って、こんなに綺麗にできるんだ」
ゼノの口から、自然とその言葉がこぼれた。
亮一は何も答えず、星銀のハサミを静かに閉じた。
カチン。
それは、長い施術が終わったことを告げる、小さな音だった。
――To Be Continued.
カクヨムでも掲載してます。よろしくお願いします。




