第40話 誰も、その花を知らない⑧
異世界バーバー ~理容師と美容師の異世界繁盛記~
作者:阿波根サキ
宴の夜
結婚式を終えた王城では、その夜、盛大な晩餐会が催されていた。
ガレオスとエリシアは、招待客への挨拶に回っている。
エリシアはあの天羽絹のウェディングドレスから、晩餐会用の落ち着いたドレスへと着替えていた。それでも、鏡子が仕上げた髪と化粧はそのままだ。
二人が卓を回るたび、祝福の言葉とともに、エリシアへ驚きの視線が集まっていた。
長い卓には豪華な料理が並び、磨き上げられた銀器が燭台の光を反射している。王族や高位貴族たちが杯を交わし、楽団の奏でる優雅な音楽が広間を満たしていた。
だが、今宵彼らの関心を集めているのは、極上の料理でも美酒でもなかった。
「いや……驚いた」
一人の貴族が、杯を傾けながら呟いた。
「エリシア殿が、あれほどお美しい方だったとは……」
「まったくだ。聖堂に入ってきた時など、一瞬誰か分からなかったぞ」
「眼鏡を外しただけではないだろう。あの髪も、化粧も……」
男たちの脳裏に、祭壇の前に立ったエリシアの姿が鮮明に蘇る。
天羽絹をまとい、柔らかくまとめられた髪。眼鏡に隠されていた、知的で端正な顔立ち。
いつも王城で実務に追われ、書類の山と格闘している彼女とは、まるで印象が違っていた。
「ガレオス殿が羨ましいな」
「まったくだ」
男たちの口元が、つい緩む。
「あなた」
冷ややかな低い声が飛んだ。
「……ん?」
振り向けば、妻が微笑んでいた。
だが、目だけがまったく笑っていない。
「随分と楽しそうですこと」
「い、いや、これはだな……」
男は慌てて咳払いをして視線を逸らす。
その様子を見ていた別の女性が、呆れたように息を吐いた。
だが、女性たちとてエリシアの姿から目を離せなかった点では同じだった。
悔しくないと言えば嘘になる。
これまで社交界で美貌を謳われてきた令嬢たちでさえ、今日ばかりは完全に主役を奪われたのだ。
それも、これまで華やかな場とは無縁だと思われていたエリシアに。
「……私も」
一人の若い令嬢が、ワインの揺れる水面を見つめながらぽつりと漏らした。
「ん?」
「私も……あんなふうになれるのかしら」
周囲の女性たちが、彼女を見る。
「だって、エリシア様のお顔そのものが変わったわけではないでしょう?」
その言葉に、誰も反論できなかった。
髪。
化粧。
そしてドレス。
それらが、エリシアの中に元々あった美しさを引き出していたのだ。
ならば、自分にも。
そう考えたのは、決して一人だけではなかった。
「あの髪を結ったのは、どなたなの?」
「化粧も同じ方なのかしら」
「王妃陛下のお仕度も、どこか雰囲気が違っていたわ。十歳は若返られたように見えたもの」
「ドレスは天羽絹だったのでしょう? けれど私の知っている礼装とはまるで違ったわ。どこの仕立てなの?」
次々と疑問が飛び交う中、事情通の貴族が声を潜めて答えた。
「……ドレスはドーラ工房だ。ドワーフの職人が縫い上げたらしいが、あの構造を考案したのは『ハサミ理容室』の美容師だそうだ」
「ハサミ理容室……?」
女たちの目の色が一変した。
「私の婚礼にも……ドーラ工房と、そのハサミ理容室を……」
名を忘れまいと小さく呟く令嬢の横で、聞き耳を立てていた男たちもまた身を乗り出す。
「おい、それより……ガレオス殿のあの髪型、格好良くなかったか?」
「ああ。無骨な大男が、見違えるほど精悍になっていた」
「……陛下のお姿と同じ手入れだ。間違いない、あの店だ」
「おい、本当に予約はどうなっているんだ!?」
「なんでも、髪が生えてくる奇跡の薬まであるらしいぞ」
「な、なんだと……!? 髪が生えるだと!?」
「おい、声が大きい! だが本当なら背に腹は代えられん!」
男たちの額に脂汗が滲む。
王族やガレオスの圧倒的な清潔感と精悍さ。そして密かに囁かれる、奇跡の噂。
身だしなみや頭頂部の悩みを抱える男たちの見栄と焦りに、強烈な火をつけていた。
「直接店へ行ってはならぬと、陛下からお達しが出ているはずだ」
「ならば王家の窓口を通せばいいのか!?」
「いや、私なら近衛の伝手を使ってでも――」
そこから先は、もはや結婚式の感想などではなかった。
娘の婚礼を控えた家。
次の夜会で主役の座を狙う令嬢。
そして、自らの威厳と毛髪を守りたい男たち。
エリシアへの驚嘆は、すでに王都の上流社会を巻き込む予約争奪戦へと姿を変え始めていた。
当の亮一と鏡子が、そんな事態になっているとは夢にも思わず、別の場所で杯を傾けているとも知らずに。
◇ ◇ ◇
「かんぱーい!」
「「「乾杯!!」」」
木製のジョッキが勢いよくぶつかり合い、黄金色の酒が飛沫を上げた。
場所は王城の豪奢な大広間ではない。
冒険者ギルドの一角にある、今夜貸し切りにした馴染みの酒場だった。
卓上に並ぶのは、気取った宮廷料理とは正反対の品々だ。
山盛りの焼き肉、焼きたての分厚いパン、大鍋から立ち上る煮込みの湯気。そして、惜しげもなく注がれる大量のエール。
「いやあ、終わったな!」
ガンツが髭に泡をつけながら豪快に杯を干した。
「結婚式、大成功だったねー!」
鏡子も晴れやかな笑顔で笑う。
その肩の上では、小さな光の精霊ウィルがちょこんと座り、楽しげに両足をぶらぶらさせていた。
「でもよ、今だから笑えるけどな」
ガンツが肉を頬張る亮一をジロリと見る。
「あの桑の森を見た時は、さすがに終わったと思ったぞ」
「俺もだ」
レインが静かに杯を傾けながら同意した。
「あれだけ魔素で密集していれば、どこから手をつければいいか分からんのが普通だ」
「そうか?」
亮一は咀嚼を終え、事も無げに肩をすくめる。
「切ればいいだけだろ」
「お前は絶対にそう言うと思ったよ!」
「そうそう!」
鏡子がすかさず身を乗り出した。
「しかも亮一、なんて言ったと思う? 『そうか、これは整髪だな。なら俺の出番だ』って!」
「ぶはっ!」
誰かがエールを吹き出した。
「木だぞ!? 相手は巨大樹だぞ!?」
「結果的には上手くいっただろ」
「そういう問題じゃないって!」
ドッと笑い声が弾ける。
「ちょっと待って!」
鏡子が両手を卓についた。
「私も魔法で大活躍したんだから!」
「えっ!?」
ミリアが目を丸くする。
「鏡子さんって、魔法使えたんですか!?」
「むふー」
鏡子は得意げに胸を張った。
「使えるよ。なんか、いろいろ調子を整える魔法」
「……なんか、ざっくりした魔法ですね……」
ナラが何とも言えない顔をする。
「でも、美容師にはピッタリですね!」
ミリアが目を輝かせた。
「ミリアは分かってるね〜。えらいえらい」
「えへへ」
褒められたミリアが嬉しそうに笑う。
「それにね。星銀のハサミを、私の魔力で形を変えたこともあるんだよ」
「えっ、星銀を!? すごいです!」
「でしょ〜?」
得意げな鏡子の隣で、ノエルがふと眉を寄せた。
「……星銀を、魔力で……?」
どこかで聞いたことがある。
ギルドで目を通した資料だったか。それとも、昔から伝わる古い話だったか。
「……あれ? なんか聞いたことあるような……」
「ん? ノエル、どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
ノエルは小さく首を傾げた。
何かが引っかかっている。
だが、それが何なのかまでは思い出せなかった。
「ボクも行きたかった!」
ウィルが羨ましそうに頬を膨らませる。
「よし! 次はウィルも連れてこう!」
「やったー!」
「勝手に次を作るな」
亮一のもっともな突っ込みに、再び大きな笑いが起きた。
「こっちだって大変だったんだからね」
ふんす、と鼻を鳴らして杯を置いたのは、仕立て屋のドーラだった。
「鏡子が最初にあの型紙を持ってきた時なんて、あたしゃ何を作らされるのかと思ったよ」
「えー! ちゃんと最初から説明したじゃないですか!」
「説明されたって、あんな骨組みをスカートの中に仕込むなんて、少なくともあたしゃ見たことなかったよ!」
「でも、楽しかったでしょ?」
「……まあね」
ドーラは照れくさそうに口元を緩めた。
「エリシアが袖を通して鏡の前に立った姿を見たらさ、全部の苦労が吹き飛んじまったよ」
「だろう!?」
なぜか自分のことのようにガンツが太い胸を叩く。
「今日のドーラの仕立ては天下一品だった!」
「なんでアンタが偉そうなんだい」
「裁ちハサミを鍛え直したのは俺だ!」
「縫い上げたのはあたしだよ!」
ドーラがガンツの肩に容赦のないツッコミを入れ、ガンツが「痛ぇ!」と呻く。
その小気味よい掛け合いを見つめながら、ナラが夢見るようにぽつりと呟いた。
「……いいなぁ」
「何が?」
鏡子が首を傾げると、ナラは頬をほんのり赤らめて、恥ずかしそうに笑った。
「結婚式。私もいつか……あんな綺麗なドレス、着てみたいなって」
その言葉を聞いたノエルも、静かに頷きを返す。
「……分かる。だって……あんな姿を見せられたら、ね」
今日、聖堂で見たエリシアの眩しい笑顔。
二人が顔を見合わせるのを見て、ドーラが豪快に笑った。
「なんだい、そんなことなら簡単じゃないか! あんたたちが嫁に行く時は、あたしが最高のドレスを縫ってやるよ」
「ほんとですか!?」
「今日よりも、もっといいヤツをね!」
「ちょっとドーラさん!」
鏡子がすかさずツッコミを入れる。
「今日のエリシアさんのドレスより上だなんて聞き捨てならないわね!」
「職人が次はもっと良いものを作るって言って何が悪いんだい!」
「それはそうだけどさ! ……じゃあ、二人の髪とメイクは絶対に私がやる!」
鏡子は頼もしく自分の胸を叩いた。
「二人とも、とびっきり可愛くしてあげるからね!」
「やったぁ!」
「約束ですよ、鏡子さん!」
「ボクもやる! キラキラいっぱい散らす!」
ウィルまで手を挙げてはしゃぎ、温かな約束に笑顔が広がる。
そんな幸せな喧騒の中、酒場の隅から場違いなほどおっとりとした声が響いてきた。
「ふふ〜。皆さん、とっても楽しそうですね〜」
一同の視線が集まる。
隅の席で優雅に杯を傾け、つまみを口に運んでいるのは、純白の髪と透き通るような羽を持つ女性――蚕人族の女王、ティセラだった。
その隣では、完全に生気を失った顔の侍女が立ち尽くしている。
「……ティセラさん?」
鏡子は目をしばたたかせた。
「あら〜、鏡子さん〜」
「ティセラさん!? なんでここにいるんですか!?」
「お祝いに来たんですよ〜」
「いや、それは嬉しいですけど……式で見かけませんでしたよね!?」
「あら〜。気づいてました〜?」
「気づくに決まってるでしょ! 最前列に席が用意されてたんですよ!?」
「実はですね〜」
ティセラは上品に頬に手を当て、こともなげに微笑んだ。
「昨日、王都に着いてからいただいたお酒が、とっても美味しくて〜。少し飲みすぎてしまいまして〜」
「……はい」
「寝坊しました〜」
「結婚式を!?」
「はい〜」
「女王様ぁぁ……!」
侍女が頭を抱える。
「何度も、何度もお起こししたのですが……」
「だって、とってもいい夢を見ていたんですもの〜」
「寝坊したの?」
「そうなのよ、ウィルちゃん〜」
「いっぱい寝た?」
「いっぱい寝ました〜」
「じゃあ元気だね!」
「元気いっぱいですよ〜」
「そこ、意気投合しないで!」
鏡子の鋭いツッコミが炸裂し、酒場中が爆笑した。
そんな笑いがまだ引ききらない頃、カランと扉が開き、夜風とともに二つの影が滑り込んできた。
「……すまん、遅くなった」
その低い声に、誰からともなく視線が向けられる。
入口に立っていたのは、正装の帯を少し緩めたガレオスと、その隣で穏やかに微笑むエリシアだった。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「ガレオス! エリシア!」
「来たぞーーっ!」
「おめでとう!」
「「「おめでとうーーっ!!」」」
床が抜けんばかりの足踏みと拍手が二人を包み込む。
「……おい、お前ら……!」
「主役が遅いぞ!」
「城の晩餐会を抜け出すのに骨が折れたのだ!」
「言い訳無用! ほら飲め!」
「無茶苦茶を言うな!」
逃げ場を塞がれたガレオスに、次々とエールの杯が押し付けられる。
その横で、エリシアはくすくすと声を立てて笑っていた。
昼間の聖堂や王城で見せていた緊張は完全に消え、仲間たちだけに向けられる柔らかな笑顔だった。
「さあ、もう一回だ!」
「新郎新婦に!」
「「「乾杯ーーっ!!」」」
再び響き渡る乾杯の音。
その喧騒の中へ、ふいに清らかな弦の音が滑り込んできた。
ぽろん。
酒場の壁に掛けられていたリュートを手に取り、レインの長い指先が弦を優しく弾いていた。
森を渡る風のような旋律が空間に染み渡る。
ノエルが静かに立ち上がり、酒場の片隅にある鍵盤楽器へと歩み寄る。そっと重ねられた柔らかな和音が、温もりを帯びて広間を満たしていく。
「いいねぇ!」
冒険者の一人が懐から素朴な笛を取り出し、別の誰かが空いた樽を叩いて軽快なリズムを刻み始める。
幾重にも重なっていく音色に耳を傾けていたティセラが、ふわりと優雅に立ち上がった。
「まあ〜。素敵な音色ですね〜」
ティセラは静かに息を整え、両手を胸の前で重ねる。
「式に遅刻してしまったお詫びに……私からも、古い祝福の歌を一つ〜」
すっと息を吸い込んだ彼女の唇から、歌声が紡ぎ出された。
その瞬間。
酒場の空気が変わった。
透き通っているのに、深い。
どこか懐かしく、あたたかい。
森を抜ける風のようなその歌声には、長い年月を生きてきた者だけが持つ、不思議な深みがあった。
先ほどまで結婚式を寝過ごした話をしていた女性と同じとは思えない。
レインも一瞬だけ目を見開いた。やがて口元を緩め、その声に寄り添うようにリュートの旋律を奏で直す。
ノエルの弾く鍵盤も、静かに重なっていく。
「わぁ……」
ウィルが光の粉をきらきらと散らしながら、宙でうっとりと身体を揺らした。
やがてティセラの歌声が、優しく跳ねるようなリズムへ変わっていく。
「よし、踊るぞドーラ!」
「ちょっ、ガンツ! エールをこぼすんじゃないよ!」
ガンツが強引にドーラの手を取って中央へ躍り出た。
文句を言い合いながらも、長年連れ添った夫婦のステップは驚くほど息が合っている。
それを見た者たちも、次々と輪の中へ入っていく。
「ナラ」
「え?」
「お、踊らないか?」
照れくさそうに手を差し出すルークに、ナラが顔を赤らめながらその手を取る。
若い冒険者たちに囲まれて、「ちょっと待ってください、一人ずつ!」と目を回すミリア。
ガレオスもまた、エリシアの前で優しく右手を差し出した。
「エリシア」
「はい、喜んで」
迷うことなく重ねられた手。
今日結ばれた二人が輪の中で踊り始めると、拍手と歓声がさらに大きくなる。
「いいなぁ!」
手拍子を打ちながら身体を揺らしていた鏡子は、ふと隣へ視線を向けた。
亮一はジョッキを片手に、完全に見物を決め込んでいる。
「亮一!」
「ん?」
「踊ろ!」
「……は?」
亮一の手がピタリと止まった。
「ほら、手出して!」
「いや、俺はいい」
「なんでよ!」
「いや、分かるだろ。そういうのは得意じゃない」
「知ってる!」
「知ってるなら誘うな」
「いいから来るの!」
問答無用で腕を掴んで引っ張る鏡子に、亮一が本気で狼狽える。
「おい、待てって!」
「待たなーい!」
「亮一、おどれー!」
ウィルまで一緒になって亮一の頭上を飛び回る。
その様子を目ざとく見つけ、ガンツが叫んだ。
「おい見ろ! 亮一のやつ、本気で焦ってやがるぞ!」
「ガンツ、余計なことを言うな!」
周囲の視線が一斉に集まる。
旅路の魔物にも、巨大な桑にも眉ひとつ動かさなかった男が、ただダンスに誘われただけで明らかに困っている。
「珍しい!」
「亮一にも苦手なものがあったのか!」
「行け行けー!」
口笛と拍手が鳴り響く中、亮一は為す術もなく酒場の中央へと引きずり出された。
「はい、まずは右足から!」
「右だな」
「違う、そっち左!」
「くそっ……!」
「ぶはははは!」
ぎこちなく足を出す亮一の姿に、ガンツが腹を抱える。
「亮一! お前、ハサミ持ってる時より動きが硬ぇぞ!」
「うるせぇ!」
ガレオスまで豪快に笑い、エリシアも口元を押さえて肩を震わせている。
演奏していたレインも、ついに耐えきれず小さく吹き出した。
「ほら亮一、次! 左!」
「待て、今どっちだ!」
「だから左!」
「分かるかこんなもん!」
酒場が割れんばかりの笑いに包まれる。
亮一は大きく息を吐いた。
目の前では、鏡子が心の底から楽しそうに笑っている。
周囲を見れば、誰も彼も同じだった。
ガンツとドーラ。
ナラとルーク。
ガレオスとエリシア。
演奏を続けるレインとノエル。
歌うティセラ。
空中を飛び回るウィル。
そして、笑っている仲間たち。
「……まあ、いいか」
「え?」
「なんでもない」
亮一は肩の力を抜いた。
「ほら、右!」
「右だな」
「あっ、今度は合ってる!」
「どうだ。少しは様になってきただろ」
「うーん……さっきよりはマシかな」
「その言い方、腹立つな」
鏡子が声を上げて笑う。
亮一も、まだぎこちないまま足を動かした。
上手くはない。
それでも止まらずなんとか踊る。
「おいおい!」
ガンツが野次を飛ばす。
「つまらんぞ亮一! もっと無様に転べ!」
「誰が転ぶか、馬鹿野郎」
言い返しながら、亮一の口元にも笑みが浮かんだ。
その夜。
冒険者ギルドの酒場から、笑い声が途切れることはなかった。
誰かが奏で。
誰かが歌い。
誰かが踊る。
そして、誰かが笑う。
ガレオスとエリシアを祝う宴は、夜が更けても続いた。
ただ――。
この時の亮一たちは、まだ知らなかった。
王城の晩餐会で、自分たちの店の名がどれほど飛び交っていたのかを。
エリシアの髪を。
その化粧を。
天羽絹のドレスを。
そして、ガレオスや王族たちの姿を。
それを目の当たりにした者たちが、何を望み始めていたのかを。
ハサミ理容室。
そして、ドーラ工房。
あの日を境に、その二つの名は王都の上流社会へ急速に広まり始めていた。
では、その結果どうなったのか。
それはまた――。
次のお話で。
――END
カクヨムでも掲載してます。よろしくお願いします。




