第33話 誰も、その花を知らない①
異世界バーバー ~理容師と美容師の異世界繁盛記~
作者:阿波根サキ
王都アルトの貴族街。
夜ごと開かれる華やかな夜会では、最近、もっぱら一つの話題で持ちきりだった。
「例の結婚式の招待状は、皆様のところにも届きましたかな?」
「ええ。王国最強の騎士殿と、宰相閣下の秘蔵っ子の……」
「陛下はもちろん、王族の方々も出席されるとか。有力貴族もこぞって参列するそうですな」
「あれほどの規模となれば、我々も出ないわけにはいきませんね」
煌びやかなシャンデリアの下、貴族たちはワイングラスを傾けながら口々に噂する。
話題の中心は、間近に迫ったガレオスとエリシアの結婚式だった。
「でも、ガレオス様って、あのボサボサ髪で野蛮な方でしょう? いくら腕が立つとはいえ……」
扇子で口元を隠し、女性貴族の一人が眉をひそめる。
すると、別の令嬢がくすくすと笑った。
「いえいえ、それが最近は違うらしいわよ。髪も髭もすっきりと整えられて、ずいぶん格好よくなったそうよ」
「へえ~。それなら少し、見てみたいわね」
「でも、どうして急にあんなに見違えたのかしら?」
「なんでも、王都に『ハサミ理容室』という髪型を整える店ができたらしいの。ガレオス様はそこの常連なんですって」
「ハサミ理容室……? ああ、聞いたことがあるわ。そこには女性の髪を専門に扱う『美容師』という者もいるとか」
「あら、それならあなた、一度行ってみれば?」
「嫌よ。いくら腕が良くても、平民が通うような薄汚い店になんて、私が行くわけないじゃない」
扇子の奥で、くすくすと優越感に浸るような笑い声が広がる。
しかし、別の令嬢がふと声をひそめて身を乗り出した。
「でも……不思議なこともあるものね」
「何がですの?」
「最近、陛下も見違えるように凛々しくなられたと思わない? 王妃様も、なぜか十歳は若返られたように美しくなられて……」
「ええ、私も気になっていたわ! 何か秘密があるのかしらとお聞きしても、うまく話題を逸らされてしまったのよ」
「王族の方々だけが知る、特別な美容の秘薬でもあるのかしらね……」
ガレオスは、女性たちの間では、「強くて腕は確かだが、身なりには無頓着な男」というこれまでの評価が、ほんの少しだけ変わりつつあった。
一方、若い男性貴族たちの会話は、もう少し下世話なものだった。
「にしても、花嫁はあのエリシア嬢だろ? 真面目で無愛想なだけの女じゃないか」
「しかも、もう二十八歳だというじゃないか。行き遅れの女の結婚式かぁ……」
「内局で見かけたことがあるが、いつも分厚い眼鏡の奥から鋭い目で睨まれるんだ。指先にはインクが染みついてるし、色気なんて微塵もない」
「正直、あまり気乗りしないな。華やかさの欠片もない花嫁だ」
若手貴族が肩をすくめると、別の男が声を潜めて別の話題を切り出した。
「そういえば……この前、王家派に鞍替えした将校を見たか?」
「ああ。頭部がかなり薄かった男だろう?」
「それが、いつの間にかフサフサと豊かに髪が生えていたんだ!」
「なんだと……?」
「この前なんて、同じく髪の薄いヤツから『お願いだから秘密を教えてくれ!』と必死にせがまれていたな」
「まさか陛下は、派閥の引き抜きに『髪』を生やす魔法を使っているとでも言うのか……!?」
「馬鹿な。そのような魔法は聞いたことがない……」
彼らは知らない。
エリシアが美人ではないのではなく、ただ単に「美を評価される場所に立ったことがない」だけだということを。
そして、王族の若返りも、将校の豊かな髪も、すべては平民の通う一つの店から始まっているということを。
「ところで、花嫁のドレスは『天羽絹』だそうですな」
「天羽絹か……。王族の衣装などに使われる最高級品でしょう? 確かに格式はありますが」
「ええ。ただ、あれはどうも古めかしい印象があってね。伝統的ではあるが、今の若い貴族には少々古臭く映るかもしれませんな」
貴族たちの見解は一致していた。
野蛮な騎士と、行き遅れの地味な文官。
格式高いが古臭いドレス。
盛大ではあるが、決して「美しく華やかな式」にはならないだろう、と。
◇ ◇ ◇
「しかし……」
ある年配の貴族が、声を潜めて疑問を口にした。
「陛下は、随分とこの結婚式を重要視されているようですな」
「それは当然でしょう。王国最強の武を誇る男と、宰相閣下の養女ですからな」
「それだけではないでしょう」
年配の貴族が、周囲を一瞥してから言った。
「二人とも、『平民上がり』ですよ」
その言葉に、周囲の貴族たちがざわついた。
ガレオスもエリシアも、もともとは平民の出である。
実力だけで現在の地位を築き上げた二人。
ガレオスは将来の王国軍元帥候補として確固たる地位を築き、エリシアは結婚後も内局で働き、「将来は女性初の宰相になるかもしれない」とまで噂されている。
「もし本当にそうなったら……」
一人の貴族が呟いた。
「文官と武官の頂点が、どちらも平民上がりということになるぞ」
「陛下は、一体何をお考えなのだ?」
「王都の民には、二人とも絶大な人気がありますからな」
別の貴族が冷静に分析する。
「自分たちと同じ平民から上り詰めた英雄と、市井の暮らしを理解する有能な実務官。……陛下は二人の結婚を盛大に祝福することで、『平民思いの王』としての姿を内外に示したいのでは?」
「いや、それだけではあるまい……まさか」
一人の貴族が、顔色を変えて身を乗り出した。
「平民層の支持を背景に、我ら貴族派の勢力を削ぎ、中央集権化を図ろうという腹では……!?」
「馬鹿な!」
別の貴族が声を荒らげる。
「武の頂点たるガレオス殿と、文の頂点たるエリシア殿を王家直属の駒として完全にシアールを掌握し……その先は?」
「……まさか…戦争か」
「バカな!? 陛下は、本気で魔族との戦争をお望みか!?」
「静かに。滅多なことを口にするな」
重鎮らしき貴族が、たしなめるように目を光らせた。
「だが、陛下が本当に二人の底知れぬ能力を評価している可能性もある。王の本心は分かりませんな」
そして、一人の貴族が酷く打算的な笑みを浮かべた。
「まあ……陛下のお考えが何であれ」
グラスを傾けながら、静かに続ける。
「二人が将来、本当に国の文武の頂点に立った時のために――我々も二人の結婚を心から祝福した、という『実績』は残しておいた方がいいでしょう」
「……確かに」
「今のうちに顔を売っておくわけですか。それは重要だ」
貴族たちの腹の探り合いと打算。
王都の街を包む、お祭り騒ぎの熱気。
だが――誰も知らない。
この結婚式で、「エリシア」という一人の女性に対する世間の評価そのものが、根底から覆されることを。
そして、王都における「美」の常識すらも、完全に変わってしまうことを。
◇ ◇ ◇
カランカランッ。
王都の片隅にある『ハサミ理容室』の扉が、軽やかな音を立てて開いた。
「いらっしゃい」
カウンターでタオルを畳んでいた亮一が顔を上げる。
「失礼する」
ガレオスとエリシアが店内に入ってきた。
そこに、いつもの堂々とした最強の騎士の姿はない。
ガレオスはどこか照れくさそうに扉を押さえたまま、後ろに立つエリシアの背中を、庇うように優しくエスコートしていた。
――To Be Continued…
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