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第27話 天羽絹が作れない!②

異世界バーバー ~理容師と美容師の異世界繁盛記~

作者:阿波根サキ


 ティセラの言葉が、女王の間に静かに落ちた。

「天羽絹が、作れなくなってしまったんです〜」


 亮一と鏡子は、思わず顔を見合わせる。

 さっきまで里の中では、あれほど落ち着いて機織りの音が響いていた。

 それなのに、作れない。天羽絹が、だ。


 ガレオスが一歩前へ出た。

「詳しい事情をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「はい〜」

 ティセラはゆっくり頷いた。

「まずは、こちらをご覧ください〜」

 侍女に目配せをすると、薄絹に包まれた一枚の布が、丁寧に運ばれてきた。


 それが広げられた瞬間――。


「……すごい」

 鏡子が、思わず息を呑んだ。

 白銀にも似た淡い光沢。

 薄いのに、頼りなさはまったくない。指先で触れれば、しなやかで、それでいて確かな強さがあるのが分かる。

 光の角度によって、布の表面に繊細な輝きが浮かび上がった。


「これが……天羽絹」

 鏡子は目を離せないまま、そっと両手で布を受け取る。

「私、ウェディングドレスをデザインしてるけど……こんな絹は見たことない」


 ティセラが嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます〜。天羽絹の中でも、こうした最高級の至高品は、代々私たち蚕人族の女王にしか織ることができない特別なものでして……。現在、里に残っている最高級の天羽絹も、この一枚だけなのです〜」

 亮一が鏡子の手元を覗き込む。

「鏡子って、ウェディングドレスも作ってるのか?」

「そう、私のブランドでね!」

「へぇ……手広くやってんなぁ」


 鏡子は少し胸を張る。

「ちなみにブランド名は――『キョウコデラックス』よ」

 その瞬間、亮一達の脳裏に、ほぼ同じ言葉がよぎった。

(……名前、ダサ!)

 もちろん、誰も口には出さない。親しい中にも礼儀あり、である。


 鏡子は気にした様子もなく、あっけらかんと続ける。

「でも、あまり売れてないんだよねー」

 再び、四人の視線がわずかに交わった。その心の中身も、見事に一致する。

(……名前のせいだろ)


 ティセラはそんなやり取りを見て、くすくすと笑っていたが、やがて真剣な顔に戻った。

「それで……その天羽絹が作れなくなった理由なのですが〜」

 ガレオスが静かに問いかける。

「天羽絹そのものが、完全に作れないというわけではないのですか?」

「はい〜。普通の天羽絹でしたら、今でも何とか作れるのです〜」

 その言葉に、亮一が眉をひそめた。

「でも、“最高級”は無理なんだな」

 すると、すぐ横からガレオスの低い声が飛んできた。

「亮一」

「……何だよ?」

「相手は女王陛下だ。もう少し言葉遣いに気をつけろ」

「あ……」

 亮一がティセラを見る。

「すまない」

 ティセラは、ふわりと微笑んだ。

「いえいえ〜。どうかお気になさらないでください〜」

「ですが、陛下――」

 ガレオスがなおも言おうとすると、ティセラは小さく首を振った。

「私は、皆様に畏まっていただくより、気軽にお話ししていただいた方が嬉しいのです〜。王都から遠いところまで来ていただいたのですから、どうぞ普段通りにしてくださいね〜」

 ガレオスは困ったように眉を下げた。

「……陛下がそうおっしゃるのであれば」

 亮一も少しだけ肩の力を抜く。

「じゃあ……遠慮なく」

「はい〜」

 ティセラは嬉しそうに微笑んでから、本題へ入った。


「私たち蚕人族は、成人になると特殊な葉を食べ、自身の魔力を練り上げることで絹糸を作るのです〜。ですが最近、その葉の質が落ちてしまって……」

「葉の質が?」

 鏡子が首を傾げる。

「はい〜。私たちが絹を作るために必要なのは、魔界の森に生える桑の木の葉なのです〜」

 ティセラは、手元の布をそっと撫でた。

「その葉を食べ、葉に含まれる魔素を取り込みながら魔力を練り上げて、ようやく絹糸になります〜」


 レインが静かに目を細める。

「つまり、葉の質が落ちれば、絹の質も落ちる」

「その通りです〜。ですから、私が織る最高級の天羽絹だけは、細さも強さも光沢もわずかに足りず……もう作れなくなってしまったのです〜」


 ガレオスの表情が引き締まる。

「王都への献上も、結婚式の衣装も、このままでは間に合わなくなるということですね」

「はい〜……」

 鏡子が、そっと布をティセラへ返した。

「こんな特別な絹を見せられたら、デザインする側の血が騒いじゃうわ。私、絶対にこの天羽絹で最高のウェディングドレスを作ってみたい!」


 ガレオスが力強く頷く。

「では、原因を探りましょう。まずはその桑の葉を直接見せていただけますか?」

「はい〜。ご案内しますね〜」

 そうして一行は、女王の間を後にした。


◇ ◇ ◇


 里の外れへ向かう途中、ティセラは一行を桑の栽培区へと案内した。


 風に揺れる葉の群れ。

 だが、よく見ると、どこかおかしい。

 葉の色がくすんでいて、葉先に張りがない。本来あるべき瑞々しさが、明らかに欠けていた。


 亮一は一枚を指先でつまみ、じっと見た。

「……元気がないな」

 鏡子も別の葉に触れる。

「軽い。手触りがまるで違う。これ、髪で言うなら、パサついてるどころじゃないわね」


 ティセラが苦笑する。

「まさに、その通りです〜」

 レインも葉を見つめ、静かに目を細めた。

「魔素の巡りが弱いな」

 ガンツが腕を組む。

「この葉が悪くなったってことは、大元の木に何かあるんじゃねぇのか?」


「はい〜。この栽培区にある桑の木々は、魔界の森にいらっしゃる桑の木様の根系と、土の奥深くで繋がっているのです〜」

「桑の木様は、森にある桑の木々の母樹とも呼ばれています〜。根を通じて魔素を分け与えているのです〜」


 レインが納得したように頷いた。

「なるほど。大元の生命力や魔素が末端の葉にまで影響を与えているのか。ならば、その大元を治さない限り、葉の品質は戻らないな」


「そう思いまして……私もすでに、桑の木様へお尋ねしたのです〜」

「桑の木様? 尋ねるって……木に話しかけたのか?」

 亮一が目をパチクリさせる。

「はい〜。桑の木様は、お話しできますから〜」

「喋るのか!? 木が?」

 ガンツも目を丸くした。だが、レインは静かに首を振る。

「大樹が意思を持ち、言葉を紡ぐのは決して珍しいことではない。我がエルフの里を守る世界樹様もそうだ。この森の桑の木様も、それだけ長い時と強い魔素を蓄えているということだろう」

「……なるほどな。エルフの里にもいるなら、本当の話か」

 亮一は納得したように頷いた。当事者から直接事情が聞けるなら話は早い。

「それで、その桑の木様は何て?」


 ティセラは少し困ったように笑った。

「桑の木様ご自身も、最近調子が落ちていることは感じていらっしゃるのですが……どうしてそうなったのかまでは、分からないそうなのです〜」


 その言葉に、亮一は腕を組んだ。

 自分の調子が悪いことは分かる。でも、原因は分からない。

 その感覚は、職人として少しだけ分かる気がした。

 鏡子も、そっと葉を見ながら頷く。

「髪でもあるよね。毛先が傷んでるのは分かるけど、原因が根本(頭皮)にあることには自分じゃ気づけないこと」

「ああ。そういうことだな」

 亮一が言う。


 ガレオスが魔界の森の方角を見る。

「大元である桑の木様自身が分からない以上、我々が直接出向いて原因を探るしかありませんね」

「はい〜。皆様には、ぜひ桑の木様に会っていただきたいのです〜」

 そう言って、ティセラは一行を森へ案内するため、再び歩き出した。


 里の向こうに広がる魔界の森。

 濃い霧の奥に、無数の木々が重なって見える。

 そしてそのさらに奥には――他の木々よりも遥かに高くそびえる、巨大な影があった。

 亮一が目を細める。

「……あれか」

 ティセラは静かに頷いた。

「はい〜。あちらにいらっしゃるのが、桑の木様です〜」


 そして、ほんの少しだけ間を置いて、続けた。

「森で一番大きな大樹――桑の木様が、皆様を待っております〜」

 魔界の森の奥へ。

 桑の木様の元へ。

 天羽絹が作れなくなった原因を突き止めるため、一行は深く濃い緑の中へと足を踏み入れた。


―― To Be Continued...

カクヨムでも掲載してます。よろしくお願いします。

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