第26話 天羽絹が作れない!①
異世界バーバー ~理容師と美容師の異世界繁盛記~
作者:阿波根サキ
岩毛羊たちを救い、村を後にした一行は、再び魔導馬車を走らせていた。
目的地は――蚕人族の里。
王都では、ガレオスとエミリアの結婚式が近づいている。
その婚礼衣装に使われるのが、蚕人族の生み出す最高級の絹――天羽絹だった。
さらに今回は、蚕人族からの救援要請も届いている。
羊の一件で予定より時間を使ってしまった以上、これ以上の寄り道はできない。
ガレオスは御者席で手綱を握り、山道を慎重に進んでいた。
車輪が石を踏むたび、魔導馬車が小さく揺れる。
そんな中、車内ではガンツが亮一と鏡子に向かって、珍しく真面目な顔をしていた。
「そういや、お前ら。星銀について、どこまで知ってる?」
亮一が顔を上げる。
「星銀?」
腰元に置かれたシザーケースへ目を向ける。
その中には、星銀製のハサミや手動バリカンが収められている。
「詳しいことは知らないな。丈夫で魔力を通しやすいってくらいだ」
「私も同じかな」
鏡子も頷く。
ガンツは腕を組み、満足そうに鼻を鳴らした。
「なら、ちょうどいい。ドワーフに伝わる話を教えてやる」
ガンツは少し背筋を伸ばした。
「星銀ってのはな。昔、盟約四傑の一人――星鍛のブロムが、空から落ちてきた隕石の中から見つけた銀色の鉱石なんだ。ゆえに『星銀』って呼ばれてる」
「隕石の中から……」
鏡子が呟く。
「ああ。だがな、見つけたはいいが、とにかく加工が難しかったらしい」
ガンツは指を一本立てた。
「普通の銀どころか、鉄よりも融解温度が高ぇんだ」
「鉄よりも?」
亮一が眉を上げる。
「そうだ。普通の炉じゃ、どうにもならねぇ」
ガンツは豪快に笑った。
「そこでブロムは、とんでもねぇ方法を思いついた」
「……何をしたんだ?」
「竜の炎だ」
鏡子が目を丸くする。
「竜の炎!?」
「ああ。伝承じゃ、ブロムは竜の炎を借りて星銀を加工したらしい」
亮一は思わず感心する。
「……そこまでしないと加工できないのか」
「そういう代物だ」
ガンツは頷いた。
「だが、苦労して加工したところで、また問題があった。星銀は、とにかく重てぇ」
ガンツが拳を握る。
「比重が高いからな。武器にすりゃ強ぇ。だが、その分だけ扱いづらい」
「強いけど重い……」
亮一が呟く。
「そういうこった」
ガンツはそこで、一度言葉を切った。
「ところがな。同じ盟約四傑の一人――シアールは、その星銀の武具を使っていたらしい」
「シアールが?」
亮一が顔を上げる。
「ああ」
ガンツの声が少し低くなる。
「ドワーフに伝わる古い話じゃ、シアールは星銀に魔力を通して、その形を変えていたらしい」
「形を?」
「そうだ。盾にしたり、鎧にしたり……鞭に変えたこともあったそうだ」
亮一は少し考え込む。
「一つの星銀を、魔力でいろんな武具に変えてたってことか」
「そういう話だ」
ガンツは肩をすくめる。
「まあ、古い伝聞だ。俺も実際に見たわけじゃねぇ」
それを聞いて、鏡子が不思議そうに首を傾げた。
「でも、魔力で形を変えられるなら、わざわざ竜の炎で加工する手間が省けるんじゃないの?」
ガンツはニヤリと笑い、自慢の髭を撫でた。
「そこが素人の考えってもんだ。鉄鉱石だって、掘り出したままじゃただの脆い石コロだろ? 熱を加え、不純物を叩き出し、鍛え抜いてこそ強靭な金属になる」
「星銀も同じってこと?」
「ああ。極限の炎で鍛え上げられたからこそ、星銀は本来の力を発揮できる。魔力を受け入れ、自在に形を変えるなんてのは、鍛え抜かれた星銀だからこそできる芸当なのさ」
ドワーフの鍛冶職人らしいその言葉に、亮一は腰のシザーケースへ目を向けた。
「面白いな」
「何がだ?」
「星銀って、ただ硬くて重い金属ってわけじゃないんだな」
ガンツは亮一を見る。
「そうらしいな」
そして、亮一の腰元を指差した。
「ただな……」
「お前がそれを片手で振り回してること自体、十分おかしいけどな」
「そうか?」
「そうだよ!」
ガンツが即座に言い返す。
「星銀は重てぇんだぞ! しかも、お前のバリカンは魔導具ですらねぇだろ!」
亮一は少し考えた。
「まあ……毎日使ってるからな」
「だから、それで説明になってねぇんだよ!」
馬車の中に、ガンツの声が響いた。
鏡子がクスクスと笑う。
「亮一らしいね」
「何がだよ」
そんなやり取りをしながら、一行は山道を進んでいく。
やがて、御者席からガレオスの声が聞こえた。
「――もう着くぞ」
全員が顔を上げる。
「もう?」
鏡子が窓から外を覗く。
山道を抜けた先。
木々の向こうに、見慣れない町並みが姿を現していた。
「……あれが?」
亮一も窓の外へ目を向ける。
そこには、王都アルトとはまるで違う景色が広がっていた。
低く連なる瓦屋根。
白壁と木材を組み合わせた大きな屋敷。
屋敷と屋敷の間には土の道が伸び、建物同士を長い回廊が繋いでいる。
池を囲む庭園には、手入れされた木々が並んでいた。
静かで雅な町並み。
まるで古い時代の日本を思わせる景色だった。
「……平安京みたいだな」
亮一が思わず呟く。
隣で鏡子も目を輝かせて、うんうんと頷いた。
「わかるわかる! なんか歴史の教科書で見たことある感じ!」
「ヘイアンキョウ?」
聞き慣れない響きに、レインが不思議そうに首を傾げる。
「いや、俺たちの故郷の話だ。気にするな」
魔導馬車は、里の入り口にある大きな門へ近付いていく。
門の両脇には、二人の蚕人族の門番が立っていた。
背中には、薄く透き通った羽がある。
ガレオスが馬車を止め、身分を明かす。
「王都より参った、騎士団長のガレオスだ。女王ティセラ様への謁見を願いたい」
門番は一行を見ると、すぐに頭を下げた。
「お待ちしておりました」
「女王様から、皆様がお越しになったら通すよう申し付けられております」
「そうか。助かる」
門が開かれる。
拍子抜けするほど、あっさりと通された。
「ずいぶん話が早いな」
ガンツが呟く。
「それだけ、我々の到着を待っていたということだろう」
ガレオスが答えた。
魔導馬車が里の中へ入る。
すると――。
カタン。
カタン。
規則正しい音が聞こえてきた。
亮一がそちらへ顔を向ける。
屋敷の軒先。
開け放たれた作業場の中で、何人もの蚕人族が機織り機を操っていた。
細い糸を巧みに扱い、一本一本を織り込んでいく。
カタン。
カタン。
一定のリズムが続く。
「……機織りか」
亮一が目を細める。
そのとき、一人の蚕人族が顔を上げた。
そして、口をわずかに尖らせる。
「ん?」
亮一が目を凝らす。
次の瞬間。
その口元から、細く長い糸がすっと伸びた。
糸は機織り機へ送られ、そのまま織物の一部へ組み込まれていく。
「……」
亮一が固まる。
鏡子も目を丸くしていた。
「……口から、糸が出てる」
「本当に蚕なんだ……」
二人は思わず顔を見合わせた。
その様子を見て、レインが静かに口を開いた。
「蚕人族は成人になると、特殊な葉を食べ、自身の魔力を練り上げることで体内で絹糸を生成できるようになる。それが『天羽絹』だ」
亮一は感心したように頷き、ふと首を傾げる。
「ってことは、もしかして子供の時は芋虫なのか?」
「……そんなわけないだろう」
レインは心底呆れたようにため息をついた。
「魔族をなんだと思っている。彼らのほとんどは人間と同じ胎生だよ」
レインが視線を向けた先では、背中に小さな羽を生やした蚕人族の子供たちが、無邪気に追いかけっこをして遊んでいた。
それを見た鏡子が、心底ホッとしたように胸を撫で下ろす。
「よかったぁ……。絹でできた赤ちゃんの繭を、そのままお湯で煮詰めて糸を取り出してるんじゃないかって思ってたから」
「…………は?」
レインが顔を引き攣らせ、思わずドン引きしたように後ずさった。
「そ、そんな残酷なこと、するわけないだろう……!」
本気で青ざめるエルフの横で、ガンツが腹を抱えて豪快に笑い出した。
「ガハハハハッ! オメェ達が住んでた地球ってのは、とんでもなく恐ろしい所だな!」
「いや、地球の蚕(虫)の話だからね!?」
鏡子が慌てて訂正する。
亮一は苦笑しつつ、再び感心したように機織りの作業を眺めた。
「すごいな……」
鏡子も興味深そうに機織り機へ目を向ける。
「こんなふうに絹を作ってるんだ」
作業場のあちこちから、カタン、カタンと機織りの音が聞こえてくる。
糸を紡ぐ者。
織る者。
完成した布を確認する者。
里の中では、いつも通りの仕事が行われているように見えた。
だが――。
鏡子が周囲を見渡す。
「ねえ……」
「ん?」
「どこが緊急事態なの?」
亮一も周囲を見る。
子供たちが走っている。
店も開いている。
機織りも続いている。
一見しただけでは、何か問題が起きているようには見えない。
「確かにな……」
ガレオスも眉を寄せる。
救援要請が届いたと聞いていた。
もっと混乱しているものだと思っていたのだ。
レインも周囲へ視線を走らせる。
「……何か見落としているのか?」
「とりあえず、女王のところへ行こう」
ガレオスが決断する。
「話はそれからだ」
一行は馬車を降り、里の奥へ向かって歩き始めた。
道の両側には、大きな屋敷が並んでいる。
その中でも、ひときわ立派な屋敷が見えてきた。
他の屋敷よりも広く、屋根も高い。
門の両脇には美しい庭が広がり、その奥には長い回廊が伸びている。
「あちらが女王の屋敷となります」
案内役の蚕人族が告げる。
屋敷へ入り、長い廊下を進む。
磨かれた床板を踏むたび、足音が静かに響く。
やがて、一行は大きな襖の前へ辿り着いた。
「こちらが女王の間です」
襖がゆっくりと開かれる。
その奥に―― 一人の女性が座っていた。
蚕人族の女王、ティセラ。
妙齢の女性だった。
長い髪は艶やかに整えられ、穏やかな顔立ちには女王としての気品が漂っている。
身に纏っているのは、人族の着物によく似た優美な衣装。
幾重にも重なる布が身体を包み、淡い色合いの模様が美しく施されている。
ただし、背中は大きく開かれていた。
そこから伸びるのは、息を呑むほどに美しく、長大な四枚の羽。
まるで極上の絹糸を幾重にも紡いだかのように白く透き通り、動くたびに星屑のような細かな鱗粉が神々しく煌めいていた。
鏡子が思わず目を奪われた。
「……綺麗」
その呟きに、ティセラがゆっくりと顔を上げる。
そして――ふわりと微笑んだ。
「遠いところを……よく来てくださいました〜」
おっとりとした、柔らかな声。
その声には、不思議と人を安心させる響きがあった。
ガレオスが一歩前へ出る。
そして、騎士としての礼を取り、深く頭を下げた。
「我々は王都より、救援要請を受けて参りました」
「ありがとうございます〜」
ティセラはゆっくりと頭を下げる。
「本当に……来ていただけて助かります〜」
「一体、何が起きたのか。詳しい事情をお聞かせ願えますか」
ガレオスが静かに促す。
「はい〜」
ティセラは小さく頷いた。
「王都から来ていただいた皆様に、このようなお願いをすることになってしまって……申し訳ありません〜」
「どうかお気になさらず。我々にできることなら、全力でご協力いたします」
「ありがとうございます〜」
ティセラはもう一度、柔らかく微笑んだ。
だが、その表情がわずかに曇る。
「では……順を追って、お話ししますね〜」
女王の間に、静かな沈黙が落ちた。
ティセラは一度、息を整える。
「実は……」
ほんの少しだけ間を置いて。
「天羽絹が、作れなくなってしまったんです〜」
―― To Be Continued...
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