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第18話「その髪型、本当にお好きですか?」①

異世界バーバー ~理容師と美容師の異世界繁盛記~

作者:阿波根サキ


ノエルが新たな一歩を踏み出してから数日。

王都アルトには、穏やかな昼下がりが流れていた。

市場からは威勢のいい呼び込みの声が聞こえ、焼きたてのパンの香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。


 その賑わいの一角に建つ『ハサミ理容室』にも、今日も多くの客が訪れていた。


 チョキ、チョキ。


 軽快なハサミの音が、静かな店内に心地よく響く。

「はい、終わりました。」

 亮一は最後に前髪を整え、肩へ落ちた細かな髪を払った。


 鏡を向けられた男性客は、自分の姿をじっと見つめる。


 やがて口元がゆっくりと緩んだ。


「おぉ……若返った気がする。」


「気のせいじゃない。」

 亮一は笑う。

「今日は十歳くらい若返ってます。」


「十歳か!」

 客は豪快に笑った。

「家に帰ったら孫が驚くな。」


「驚かなかったら、また来てください。」

「ははは! その時は頼む!」


 店内に笑い声が広がる。

 鏡子も思わず頬を緩めた。


「ありがとうございました。またお待ちしております。」

「ああ。今度は息子も連れて来るよ。」


 男性は軽く手を振り、満足そうな表情で店を後にした。


 カラン。


 扉が閉まると、店内は静けさを取り戻す。

 鏡子はふぅ、と小さく息を吐いた。


「今日は本当に忙しかったね。」

「昼からずっと客が途切れなかったな。」


 亮一は使い終えたハサミを一本ずつ柔らかな布で磨いていく。

 刃先を光へかざし、わずかな汚れも見逃さない。

 一本一本が、異世界へ来る前から使い続けている大切な商売道具だ。


「紹介のお客様、本当に増えたね。」

 鏡子はカルテを整理しながら嬉しそうに言う。

「ガレオスのおかげもあるけど、やっぱり亮一の腕だよ。」


「そうか?」

 亮一は照れくさそうに鼻の頭をかいた。


「みんな帰る時、来た時よりずっといい顔してるもん。」

「それが理容師の一番のご褒美だからな。」


 亮一は少しだけ目を細めた。

 髪を切る。

 ただそれだけで、人は笑顔になる。

 その瞬間を見るために、この仕事を続けてきたのだ。


 その時だった。


 カラン。

 再びベルが鳴る。


「いらっしゃ──」

 鏡子の言葉が途中で止まる。

「ガレオスさん。」


「邪魔をする。」

 店へ入ってきたのは、王国騎士団長ガレオスだった。

 短く整えられた黒髪。

 磨き上げられた鎧。


 以前よりも柔らかな印象になったとはいえ、その堂々たる立ち姿はやはり騎士団長の風格を感じさせる。


 亮一は笑う。

「なんだ。今日は散髪か?」

「違う。」


「ヒゲか?」

「違う。」


 亮一は腕を組み、大げさに考え込む。

「まさか……。」

 ガレオスは嫌な予感がした。


「スポ刈りか?」

「するか!」


 店内に笑い声が響く。

「ふふっ。」


 鏡子は笑いをこらえながらお茶の用意を始めた。

「どうぞ。」


「悪いな。」

 ガレオスは湯呑みを受け取り、一口だけ口をつける。

 そして静かに卓上へ置いた。


 コトッ。


 その小さな音を境に、店の空気が変わる。

 亮一も自然と笑みを収めた。


「……何かあったな。」

「ああ。」


 ガレオスは真っ直ぐ亮一を見る。

「今日は頼みがあって来た。」

「頼み?」


 鏡子も椅子へ腰を下ろす。

 ガレオスは一呼吸置き、静かに口を開いた。


「陛下がお前たちにお会したいそうだ。」


 一瞬、店内が静まり返る。


「…………え?」

 鏡子が目をぱちくりさせる。


「陛下って……。」

「王様?」


「ああ。」

 ガレオスは頷いた。


 亮一もさすがに驚きを隠せない。


「俺たちが?」

「何かやらかした覚えはないぞ。」


「安心しろ。」

 ガレオスは苦笑する。


「叱るためじゃない。」

「髪について相談したいそうだ。」


「王様が……髪?」

 亮一は腕を組んだ。


 理容師としては嬉しい話だ。

 しかし相手は国王。

 予想すらしていなかった。


「詳しい話は陛下から直接聞いてくれ。」

 ガレオスは立ち上がる。


「閉店後、王家の魔導馬車が迎えに来る。」

「正式な招待だ。」

「時間は空けておいてくれ。」


 亮一は静かに頷く。

「分かった。」


「たのむ。」

 ガレオスも安心したように頷き、扉へ向かった。

 だが、ふと思い出したように足を止める。


「一つだけ。」

 二人が顔を上げる。


「陛下は……優しいお方だ。」

 それだけ言い残し、ガレオスは店を後にした。


 カラン。


 静かに扉が閉まる。

 しばらく店内に沈黙が流れる。

 やがて鏡子がぽつりと呟いた。


「ねぇ……。」

「ん?」

「王様って、どんな髪型なんだろう。」


 亮一は思わず笑った。


「そこか。」

「だって美容師だもん。」


 二人は顔を見合わせ、小さく笑う。

 だが胸の奥では、同じ思いが膨らんでいた。

 王国の頂点に立つ人物。

 その髪を任される日が、もうすぐ訪れようとしていた。


◇ ◇ ◇


営業を終え、店の片付けを済ませた頃だった。

 店先に、一台の魔導馬車が静かに停まる。

 深い藍色の車体には、金色で王家の紋章が描かれ、夕暮れの光を受けて鈍く輝いていた。


 御者は馬車を降りると、二人の前へ歩み寄り、恭しく一礼する。


「ハサミ理容室の亮一様、鏡子様でいらっしゃいますね。陛下のご命令により、お迎えに参りました。」


「よろしくお願いします。」


 二人は軽く頭を下げ、魔導馬車へ乗り込んだ。


 柔らかな革張りの座席は驚くほど座り心地がよく、馬車は石畳の上を滑るように進んでいく。


 窓の外には、夕暮れの王都が流れていた。


 店じまいを始める商人。

 母親と手を繋いで帰る子ども。

 パン屋から漂う焼きたての香り。


 あちこちの家々に明かりが灯り始め、王都は昼とは違う穏やかな表情を見せていた。


「なんだか落ち着かないな。」

 亮一が苦笑する。

「うん。まさか王様に呼ばれるなんてね。」

 鏡子も照れ笑いを浮かべた。


 やがて魔導馬車は王都の中心部へ差しかかる。

 視界いっぱいに、巨大な白亜の王城が姿を現した。

 夕陽を浴びた城壁は黄金色に染まり、高くそびえる塔の先では王家の旗が風にはためいている。


 正門には近衛騎士たちが整然と並び、磨き上げられた鎧が夕陽を反射して眩しく輝いていた。


 魔導馬車が近づくと、巨大な城門が重々しい音を響かせながらゆっくりと開く。


 その先には、美しく刈り込まれた庭園と大きな噴水が広がり、その奥に王城の正面玄関が堂々と構えていた。


「……すごい。」

 鏡子は思わず息を呑む。

「王城っていうより、一つの街だな。」

 亮一も見上げながら感心した。


 馬車が止まると、一人の男が歩み寄ってくる。


「待ってたぞ。」

 ガレオスだった。


 いつもの鎧姿だが、店で会う時と変わらない穏やかな笑みを浮かべている。


「案内する。」

「ああ、頼む。」


 三人は王城へ足を踏み入れた。

 高い天井。

 磨き上げられた白い大理石。


 真紅の絨毯が真っ直ぐ奥まで伸び、等間隔に並ぶ大きな柱には精巧な彫刻が施されている。


 すれ違う侍女や文官、騎士たちは、ガレオスへ一礼すると、その後ろを歩く亮一と鏡子を不思議そうな表情で見つめていた。


「あの方たちが……。」

 そんな小さな囁きが耳に届く。


 ガレオスは気にする様子もなく歩き続けた。

 廊下の両脇には歴代国王の肖像画が並んでいる。


「あれ?」

 鏡子が足を止めた。


「どうした?」

「みんな同じ髪型。」


 亮一も見比べる。

「本当だ。」


「ああ。」

 ガレオスは振り返る。


「初代国王から受け継がれてきた王家の伝統だ。」

「代々の王は、即位するとこの髪型に整える。」


「千年も続いてるのか。」

「そうだ。」


 さらに歩みを進める。


 回廊の突き当たりまで来たところで、ガレオスが足を止めた。


 そこだけ空気が違った。


 天井近くまで届く巨大な壁画。

 重厚な金色の額縁。

 壁一面に描かれた四人の英雄は、今にも動き出しそうなほど精巧だった。


 高窓から差し込む夕陽が中央の青年を優しく照らし、その姿だけが神々しく浮かび上がっている。


「……大きい。」

 鏡子が思わず呟く。


「写真じゃ伝わらない迫力って、こういうことなんだろうな。」

 亮一も自然と見上げていた。


 ガレオスは静かに壁画へ向き直る。

「この方々は『盟約四傑』。」

「千年前、この世界を戦乱から救った英雄たちだ。」


 三人の視線が壁画へ集まる。

「当時、この世界では人間軍と魔王軍による長きにわたる戦争が続いていた。」

「魔王軍は圧倒的な勢いで各地へ侵攻し、人間だけじゃない。エルフやドワーフの国々まで戦火に包まれていた。」

「人間側は次々と敗れ、このままでは世界は魔王軍に支配されるとまで言われていたそうだ。」


 ガレオスは壁画の四人へ視線を向ける。


「そこで、人間、エルフ、ドワーフ――それぞれの種族から選ばれた英雄たちが、少数精鋭のパーティーとして魔王討伐へ向かった。」


「四人だけで?」

 亮一が驚く。


「ああ。」


「激戦の末、四人は魔王と対峙した。」

「だが、魔王を倒すことはなかった。」


「倒さなかった?」

 鏡子が目を丸くする。


「四人は魔王との話し合いの末、千年間、互いに争わないという約束を交わした。」


「それが――千年盟約だ。」


「魔王も約束を守ったんだな。」

 亮一が感心する。


「ああ。その日を境に、人間と魔族の戦争は終わった。」


「魔族?」

 亮一が首を傾げる。


「そういえば、お前たちはまだ知らなかったな。」

 ガレオスは頷く。


「魔族は人間より寿命が長く、身体も丈夫だ。生命力も高く、生まれつき魔力を持つ者が多い。」


「骨格は人間とほとんど変わらないが、角が生えていたり、獣の耳や尻尾を持っていたり、翼を持つ者もいる。同じ魔族でも姿は様々だ。」


「へぇ……。」

 二人は素直に感心する。


 そして――


「「髪は?」」


 二人の声がぴたりと重なった。


「…………。」

 ガレオスは額に手を当て、大きくため息をつく。


「気になるの、そこか!」


 思わず漏れた声に、近くの衛兵がこちらを振り返った。

 ガレオスは咳払いを一つし、何事もなかったように続ける。


「……あるにはある。」

「ただ、人間と同じ髪質かどうかまでは俺も知らん。種族によって違うだろうな。」


「へぇ……面白そうだな。」

 亮一の目が輝く。

「一度切ってみたい。」


「私も!」

 鏡子も嬉しそうに頷いた。

「角があるなら、それに合わせた髪型も考えられそう!」


 ガレオスは二人を見比べ、小さく笑う。

(……やっぱり、この二人は変わってる。)


 王だろうが。

 魔族だろうが。

 興味が向くのは、いつだって髪だ。


 呆れるような、感心するような笑みがこぼれる。

(だからこそ……陛下も、この二人なら。)


 ガレオスは壁画の中央を見上げた。

「そして、この中央にいるのが盟約のシアール。」

「彼こそが、千年盟約を成し遂げた立役者だ。」


「剣で仲間を導いた黎明のレオニス。」

「知恵で幾度も窮地を救った翠風のエルディオン。」

「圧倒的な力で道を切り拓いた星鍛のブロム。」


「そして、その三人を一つにまとめ、人間と魔王の間に立ち、戦いではなく話し合いという道を選んだのがシアールだったと言われている。」


「彼がいなければ、千年盟約は結ばれなかったとも伝えられている。」


 ガレオスは少し寂しそうな表情を浮かべた。


「だが、盟約が結ばれた直後――シアールは忽然と姿を消した。」

「仲間たちは必死に探したそうだが、ついに見つかることはなかった。」

「その後、レオニスは人間の国を興した。」

「そして、二度とシアールという英雄を忘れないよう、その名を国に刻んだ。」


「それが、このシアール王国だ。」


「もちろん、千年前の出来事だ。今では史実と伝承が入り混じっている。」

「だが、一つだけ今も語り継がれている言い伝えがある。」


 ガレオスは壁画のシアールを見上げる。


「『盟約の英雄は、いつか必ず帰って来る。』」


 鏡子はその言葉に、なぜか胸の奥が小さく揺れた。


「……どうした?」

 亮一が声をかける。


「ううん。」

 鏡子は首を横に振る。


「なんだろう……。」

「この話、どこかで聞いたことがあるような気がして。」


 亮一は壁画を見上げ、小さく笑った。

「英雄譚なんて、映画や小説にもありそうな話だからな。」


「……そうかも。」

 鏡子は微笑み、それ以上は考えなかった。


「行こう。」

 ガレオスが歩き出す。


「陛下がお待ちだ。」


 三人は巨大な扉の前に立つ。

 衛兵がゆっくりと扉を開いた。

 重厚な音が静かな回廊に響き渡る。


 その先には――


 玉座の間が広がっていた。

カクヨムでも掲載してます。よろしくお願いします。

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