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第11話 もう一度、前を向いて①

異世界バーバー ~理容師と美容師の異世界繁盛記~

作者:阿波根サキ


昼過ぎ、冒険者ギルドは賑やかだった。


 依頼を終えた冒険者たちが酒場で武勇伝を語り合い、新人冒険者たちは受付前で報酬を受け取りながら笑い合っている。


 そんな喧騒の中心には、一人の大男がいた。


 冒険者ギルド長――バルト。


 年齢は五十を過ぎたが、その大きな背中と鍛え抜かれた体は今でも現役の戦士を思わせる。

 もっとも、昔と大きく違うところが一つだけあった。


「ギルド長!」


 若い冒険者がニヤニヤしながら声を掛ける。


「なんだ?」

「今日も頭、よく光ってますね!」


 ギルド中が吹き出した。

 別の冒険者も負けじと続ける。


「最近、額が後退したんじゃなくて、後頭部が前進してきてませんか?」

「ははははは!」


 笑い声が響く。

 普通なら怒ってもおかしくない。

 しかし、バルトは豪快に笑った。


「馬鹿野郎!」

 自分の頭をペシンと叩く。


「禿げたんじゃねぇ!」

「貫禄が増したんだ!」


 さらに大爆笑。


「さすがギルド長!」

「その返し待ってました!」

「今日も絶好調ですね!」


 笑いが収まる頃、一人の新人冒険者がぽつりと呟いた。


「でも、なんでギルド長は怒らないんです?」


 その言葉に周囲が静かになる。

 バルトは腕を組み、少しだけ空を見上げた。


(……昔の俺なら、こんな軽口に眉をひそめていたかもしれねぇな)


 ふと、過去の自分が脳裏をよぎる。

 だがすぐに、その記憶を振り払うように息を吐いた。


「頭をからかわれるくらいで怒ってたら、ギルド長なんて務まらねぇよ。」


 そう言って笑う。

「それにな。」


 若い冒険者たちを見回した。

(こいつらが笑っていられる場所を守る。それが今の俺の役目だ)


「お前らが笑って帰れるギルドなら、それでいい。」


 一瞬だけ静まり返る。


 そして誰からともなく笑顔になった。

「……やっぱりギルド長だ。」

「そういうところ、かっけぇ。」


 ギルドには再び明るい笑い声が響いた。

 その中心で、バルトもまた笑っていた。


(……この賑やかさが、好きだ)


 胸の奥に、ほんのわずかな温もりが灯る。


◇ ◇ ◇


 夕方。

 仕事を終えたバルトは自宅へ帰る。


「ただいま。」

「おかえり、お父さん!」


 娘が笑顔で迎えてくれた。

 その笑顔を見るだけで、一日の疲れが吹き飛ぶ。


(……ああ、帰ってきたな)


 ギルドの喧騒とは違う、柔らかな空気に包まれる。

 テーブルには布や箱が並べられていた。


「何だ、それ?」

「結婚式の準備だよ。」


 娘は照れくさそうに笑う。


「少しずつ荷物もまとめないとね。」


 部屋の隅には、新しい食器や布団、嫁入り道具が少しずつ積まれていた。

 バルトは静かに部屋を見渡す。

 この家には娘との思い出が詰まっている。

 柱には幼い頃に背比べをした傷。

 壁には家族三人で描いた落書き。

 どれも昨日のことのように思い出せる。


(……こんなに、時間が経っていたのか)


 胸の奥が、わずかに締め付けられる。


「あと、一か月か……。」

「うん。」

「早いな。」

「ふふっ。」


 娘は少し照れながら頷いた。

「私もまだ実感ないんだ。」


 バルトは笑顔を作る。

(……俺もだ)


「幸せになれよ。」

「うん!」


 娘は迷いなく頷いた。

 その笑顔が嬉しかった。

 嬉しいはずなのに――。


(……ああ、良かった)


 そう思う一方で、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚が広がる。

 娘が部屋へ戻ると、家の中は急に静かになった。

 さっきまでの温もりが、嘘のように消えていく。

 バルトは誰もいない居間を見回す。


(……さっきまで、あんなに賑やかだったのにな)


 ギルドの笑い声が、遠いもののように感じられる。

「……この家も。」

 ぽつりと呟く。

「俺一人になるのか。」


 誰も答える者はいない。


(……分かってる。これで、いいんだ。)


 頭では理解している。

 娘が幸せになることが、自分の願いだったはずだ。

 それでも――。


(……静かすぎるな)


 夕日だけが、静かに部屋を赤く染めていた。


◇ ◇ ◇


 ――二十年前。


 まだバルトが現役の冒険者だった頃。

 彼は王国でも名の知れた剣士だった。

 危険な魔物討伐。

 護衛任務。

 探索依頼。

 どんな仕事も仲間と笑いながらこなしていた。

 家へ帰れば、優しく笑う妻がいた。

 そして、小さな娘。


 それだけで十分幸せだった。

 だが、その幸せは長く続かなかった。


 妻は病に倒れた。


 どれほど高名な治癒術師を呼んでも、病は治らなかった。

 最期の日。

 妻は幼い娘の手を握り、バルトを見つめた。


「……お願い。」

「この子を。」


 バルトは妻の手を強く握る。

「ああ。」

「約束する。」

「俺が必ず、この子を幸せにする。」


 妻は安心したように微笑んだ。

 それが最後の笑顔だった。

 その日を境に、バルトは冒険者を引退した。

仲間からの酒の誘いも断る。

 ギルドの職員として、後進の育成に打ち込んだ。


 娘を育てる。


 そのためだけに生きると決めたからだ。

 ――妻との約束を守るために。


◇ ◇ ◇


 娘の結婚式まで、あと三週間。


 今日は両家の顔合わせの日だった。


娘はくすりと笑いながら身支度を整える。

「お父さん、あんまり緊張しないでね。」

「緊張なんかしてねぇよ。」

「その動きが緊張してる証拠。」

「うるせぇ。」


そう言いながらも、何度目か分からないくらい襟元を直している。

 娘は楽しそうに笑った。

 その笑顔を見て、バルトも照れ臭そうに笑う。


◇ ◇ ◇


 王都の食堂。

 個室にはすでに婚約者の青年が座っていた。

「本日はよろしくお願いします。」


 礼儀正しく頭を下げる青年に、バルトは大きく頷く。


「そんなに固くなるな。」

「今日から家族みたいなもんだ。」


 青年はほっとしたように笑った。

 娘も安心した表情を浮かべる。


「母は少し遅れるそうです。」

「ああ、気にするな。」


 その時だった。

 コンコン。

 部屋の扉がノックされる。


「失礼します。」


 聞き覚えのあるような、どこか懐かしい声。

 胸の奥が、理由もなくざわついた。

 扉がゆっくり開く。

 入ってきた女性を見た瞬間――


 バルトの時間が止まった。


 視界が一瞬で狭まり、耳鳴りのような静寂が広がる。

 呼吸の仕方を忘れたかのように、胸が詰まる。

 そこに立っていたのは、忘れたはずの面影をそのまま残した女性だった。


 柔らかな髪の揺れ方も、少し困ったように目を細める癖も、何一つ変わっていない。

 いや、違う。

 年月を重ねた分だけ、静かな強さと優しさが滲んでいた。


 それでも――


 あの日、夕焼けの中で別れた少女の姿が、そのまま重なって見えた。


「…………。」


 言葉が出ない。

 喉が乾き、心臓だけがやけに大きな音を立てている。

 女性もまた、扉の前で立ち尽くしていた。

 目を見開き、信じられないものを見るようにこちらを見ている。


 互いの視線が絡み合った瞬間、押し込めていた記憶が一気に溢れ出した。


 川辺で笑い合った日々。

 祭りの夜、はしゃぎすぎて叱られたこと。

 夕焼けに染まる帰り道、言えなかった言葉。


 胸の奥に沈めていたはずの感情が、痛いほど鮮明によみがえる。


「……エリナ?」


 ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。

 呼びかけたあと、バルトは一瞬だけ視線を逸らし、すぐにまた彼女を見る。

 信じたいのに、信じきれないように。


「……バルト?」


 エリナの声も同じように揺れていた。


 名前を口にしたあと、彼女はわずかに息を呑み、視線を落としかけて――それでも、もう一度しっかりとバルトを見つめ返す。


 その一言で、現実だと突きつけられる。

 本当に、目の前にいるのだと。

 部屋の空気が凍りつく。


 娘と婚約者は顔を見合わせた。


「え?」

「二人とも知り合いなの?」


 我に返った二人は、ほぼ同時に小さく息を吐いた。


 バルトは頭をかきながら、言葉を探すように一瞬口を開いて閉じる。


「あ、ああ……。」

「その……子どもの頃、同じ村で育ったんだ。」


 言い終えたあと、どこか落ち着かない様子で視線をテーブルに落とす。


 エリナも一拍遅れて、柔らかく微笑んだ。


 けれど、その笑みはほんの少しだけぎこちなく、指先がわずかに震えている。


「……幼馴染なの。」


 言葉の前に小さな間があった。

 懐かしさと戸惑いが混ざったような声音だった。


「そうだったんですか!」


 婚約者は驚きながら笑う。


「世間って狭いですね。」

「本当だね。」


 娘も嬉しそうに笑った。


 しかし、バルトとエリナだけは、まだ胸の鼓動が収まらなかった。

 互いに何度か視線を合わせては、すぐに逸らす。

 言いたいことがあるのに、言葉が追いつかないまま、時間だけが進んでいく。


◇ ◇ ◇


 食事は和やかに進んだ。

 娘夫婦は結婚式の話で盛り上がる。

 新居の話。

 将来の夢。

 笑顔が絶えない。


 一方で、バルトとエリナは時折目が合うたび、照れ臭そうに笑っていた。

 視線が合うたびに、どちらかが先に逸らし、またそっと見直す。

 そんなやり取りを、何度も繰り返していた。


「バルト、全然変わらないわね。」

 エリナはそう言いながら、少しだけ首を傾げる。


 懐かしむように、じっと彼の顔を見つめていた。


「いや……変わったさ。」


 バルトは一瞬言葉に詰まり、苦笑しながら頭をぽんと叩く。

「ほら、この通り。」

 わざとらしく軽く叩いたあと、少し照れたように視線を逸らす。


 エリナは思わず吹き出した。


「ふふっ。」

「そういうところも……昔のまま。」


 言い終えたあと、ほんの少しだけ目を伏せる。

 その笑顔を見た瞬間だった。

 胸の奥で、忘れていた何かが静かに動き出す。


(……懐かしいな。)


 昔も、こんなふうに笑っていた。

 村の川辺で。

 祭りの日に。

 夕焼けの帰り道で。

 何気ない毎日が、楽しかった。

 

 冒険者になってからは、王都へ行く夢ばかり追いかけていた。

 それが当然だと思っていた。


バルトは、エリナを見た。

 彼女は昔のまま、綺麗だった。本当にそう思った。


 今になって気付く。

 失ったものの大きさに。


◇ ◇ ◇


 食事を終え、店を出る。

 娘たちは先に歩いていった。

 二人だけが少し遅れて歩く。


 並んで歩きながらも、どちらからともなく距離を測るように、わずかに間が空いている。


「本当に久しぶりね。」

 エリナが先に口を開く。


 その声には、どこか慎重さが混じっていた。


「ああ……。」


 バルトは短く答えたあと、何か続けようとして言葉を飲み込む。


「何年ぶりだ?」

 少し遅れて、ようやく言葉を継ぐ。


「三十年以上かしら。」


 エリナは空を見上げながら答える。


 その横顔を、バルトは一瞬だけ見つめて、すぐに視線を前に戻した。


 思わず二人とも笑ってしまう。

 けれど、その笑いはどこか照れ隠しのようでもあった。


 エリナは空を見上げた。


「主人とは幸せだったわ。」

「でも数年前に病気で亡くなってしまって……。」


 少し寂しそうに微笑む。


 言い終えたあと、ほんのわずかに言葉を探すような間があった。


「息子が王都で働くようになったから、私も一緒に来たの。」


 バルトは静かに頷く。


「そうか……。」

 一拍置いてから、低く答える。


「お前も、大変だったんだな。」


 言いながら、視線を足元に落とす。

 今度はバルトが話す。

 亡き妻のこと。

 冒険者を辞めたこと。

 娘だけを見て生きてきたこと。


 エリナは何も言わず聞いていた。

 時折、小さく頷きながら。


「あなたらしいわ。」


 その一言が、不思議なくらい胸に沁みた。

 昔と変わらない優しい声だった。

 別れ際。

 エリナは微笑む。


 けれど、その笑みの奥に、何か言いかけてやめたような気配があった。


「また……会いましょう。」


 ほんのわずかに間を置いてからの言葉。


「ああ。」


 バルトも短く返す。

 それ以上、言葉は続かなかった。

 互いに何かを言いかけて、結局飲み込んだまま。


 それだけだった。


 それだけなのに、胸の鼓動は昔よりもうるさかった。

 バルトは遠ざかるエリナの背中を見つめる。


(……俺は。)

(まだ。)

(あいつのことが…。)


 忘れたと思っていた恋心が、静かに息を吹き返していた。


◇ ◇ ◇


 エリナと別れて数日。

 バルトはどこか落ち着かなかった。

 胸の奥に、小さな火種が残り続けているようだった。消えそうで消えないその熱が、じわじわと内側を焦がしていく。


 仕事をしていても、ふとした拍子に彼女の笑顔が頭をよぎる。


 それはまるで、乾いた心に落ちる一滴の水のようで、同時に触れてはいけないものに触れてしまったような痛みも伴っていた。


「……また会いましょう。」


 あの一言が、何度も胸の中で繰り返されていた。

 優しく、柔らかく、それでいて逃げ場を塞ぐように。


 忘れようとするほど、言葉は深く沈み込み、心の底で静かに波紋を広げていく。


 その日の夕食。


 娘は父の様子をじっと見ていた。


「お父さん。」

「ん?」

「最近、何かあった?」


 バルトはスープを飲む手を止める。

 匙の中で揺れる液面が、まるで自分の心のように落ち着かない。


「何でだ?」

「だって、ぼーっとしてることが多いもん。」

「そんなことねぇよ。」

「あるよ。」


 娘は少し悪戯っぽく笑った。

「顔合わせの日からずっと。」


 バルトは言葉に詰まる。

 胸の奥を見透かされたようで、思わず視線を逸らした。


「……分かりやすいか?」

「すごく。」

 娘はくすくすと笑う。


 しばらく沈黙が流れた。


 その沈黙は重くはなかったが、どこか温かく、逃げ場のない優しさに満ちていた。

 やがて娘は箸を置き、真剣な表情になる。


「ねぇ、お父さん。」

「私はね。」

「お父さんに育ててもらえて、本当に幸せだった。」


 バルトは娘を見る。

 その言葉は、胸の奥に静かに染み込んでいく。


「お母さんがいなくなってから。」

「お父さん、一度も自分のことを優先しなかったよね。」


 冒険者としての夢。

仲間との酒。

 自分の事。

 全部捨てて、自分だけを育ててくれた。


 幼かった娘にも、それはちゃんと伝わっていた。


「だからね。」

 娘は優しく笑う。

「今度は、お父さんが自分のために生きて。」


 その言葉に、バルトの胸が締め付けられる。

 長い間、固く閉ざしていた扉を内側から叩かれたようだった。


「……俺は。」

「お母さんとの約束を守っただけだ。」


 その言葉は、言い訳のようでもあり、支えでもあった。

「うん。」

「だからもう十分。」

 娘は迷いなく頷く。


「私はもう、お嫁に行く。」

「お父さんは、一人じゃないといけない理由なんてないよ。」


 バルトは何も答えられなかった。

 胸の奥で、何かがほどけていく。

 それは安堵なのか、それとも恐れなのか、自分でも分からない。


 娘は立ち上がり、父の肩にそっと手を置く。


 その温もりは、いつの間にか自分よりも大きくなった存在をはっきりと伝えてきた。


「もし、お父さんが誰かと笑って暮らせるなら。」

「私は、それが一番うれしい。」


 そう言って部屋へ戻っていった。

 一人残されたバルトは、静かに目を閉じる。

 娘はもう、守られる子どもではない。

 自分の足で未来へ歩いていく一人の大人になっていた。

 そして、自分だけが過去に縛られているような気がした。


◇ ◇ ◇


 その夜。

 洗面所の鏡の前。

 バルトはじっと自分の顔を見つめていた。

 深く刻まれた皺。

 長年の苦労がにじむ目元。


 そして――大きく後退した頭頂部。


 昔は風になびいていた髪も、今では見る影もない。

 鏡の中の男は、どこか疲れ切った戦士のようだった。

 戦いは終わったはずなのに、鎧だけが残っているような。


「……こんなおっさんが。」


 苦笑する。

 その笑いは乾いていて、どこか自嘲の味がした。


「今さら恋なんてな。」


 エリナの笑顔が浮かぶ。

 柔らかな光のように、心の暗がりを照らすその笑顔。

 同時に、自分の姿も映る。

 その光に照らされた自分は、あまりにもくたびれて見えた。


 どう見ても釣り合わない。


 手を伸ばせば届きそうなのに、その距離は果てしなく遠い。


「……馬鹿だな、俺。」


 そう呟いて鏡から目を逸らした。

 だが、逸らした先にも彼女の面影が残っていた。


◇ ◇ ◇


 翌日の仕事帰り。

「おい、バルト。」

 声を掛けてきたのはガレオスだった。


「今日は付き合え。」

「酒か?」

「ああ。」

「断る理由もねぇな。」


 二人は馴染みの酒場へ入る。

 ジョッキが運ばれ、乾杯する。

 しばらくは他愛もない話だった。

 やがてガレオスが口を開く。


「……何かあったな。」

 バルトは苦笑した。


「お前には隠せねぇか。」

 妻のこと。

 娘の結婚。

 エリナとの再会。


 全部話した。


 言葉にするたび、胸の奥に溜まっていたものが少しずつ流れ出ていくようだった。


 ガレオスは黙って聞いていた。


 話し終えると、静かに言う。


「それで?」

「何がだ。」

「お前はどうしたい。」


 バルトはジョッキを見つめる。


 泡がゆっくりと消えていく様子が、自分の迷いのように見えた。


「……もう一度。」


 喉の奥が熱くなる。

「エリナと歩いてみたい。」


 その言葉を口にした瞬間、自分でも驚くほど胸が軽くなった。

 まるで長い間背負っていた重荷を、ほんの少しだけ下ろせたようだった。

 だが、すぐに苦笑する。


 現実が追いついてくる。


「でもな……。」

頭をぽんと叩く。


「この頭じゃ、自信なんて持てねぇよ。」

「こんなおっさんが今さら告白なんて、笑われるだけ だ。」


 諦めが滲んだ笑いだった。

 その笑いの奥には、踏み出すことへの恐れが隠れていた。


 ガレオスは少しだけ目を細める。

 自分も、かつて見た目に自信を持てなかった。

 だから、その気持ちは痛いほど分かる。


ガレオスは目を細めた。


 かつて自分も見た目に自信がなかった。その気持ちは分かる。


 ガレオスは少し言い淀みながらも、決意を込めて口を開いた。

「……バルト。」

 呼びかけた後、相手の反応を静かに待つ。


 ガレオスは思案するように視線を落とし、ゆっくりと言葉を続ける。

「一つ提案がある。」

 その声には、どこか期待が滲んでいた。


 バルトが顔を上げる。


 バルトは眉をひそめ、訝しげに問い返す。

「何だ?」

 その声には半信半疑の色が混じっている。


 ガレオスは少し身を乗り出し、真剣な眼差しで告げる。

「シアール通りにある理容室に行ってみろ。」

 言い終えると、相手の反応を探るように視線を向けた。


 バルトは思い当たる節があるのか、軽く肩をすくめる。

「ああ、あの変わった店か。」

 どこか呆れたような響きが混じっていた。


 バルトは苦笑した。


 バルトは自嘲気味に頭を指しながら、肩を落とす。

「髪を切る店だぞ? 俺には切る髪がねぇ。」

 その言葉には諦めと皮肉が滲んでいる。


 ガレオスは首を振る。


 ガレオスは少し力を込めて言葉を続ける。

「だが、あの店で俺は変わった。」

 確信に満ちた響きがあった。


 ガレオスは遠くを見るように視線を逸らし、柔らかな表情になる。

「自信が持てて、エミリアにも想いを伝えられた。」

 その言葉には誇らしさと照れが混じっている。


 一拍置き、バルトを見据える。


 ガレオスは真剣な眼差しで、ゆっくりと言い聞かせるように語る。

「髪が生えるとは言わん。奇跡もな。」

 現実を踏まえた上での誠実な言葉だった。


 ガレオスはわずかに口元を緩め、優しく背中を押すように続ける。

「だが、一度行く価値はある。」

 その声には確かな信頼が込められていた。


 酒場が静まる。


 バルトは静かに酒を飲み干した。

 喉を通る苦味が、妙に心地よかった。

 ジョッキをテーブルへ置き、小さく息を吐く。


「……最後の悪あがきくらい、してみるか。」


 その言葉には、わずかながらも前を向こうとする意志が宿っていた。

カクヨムでも掲載してます。よろしくお願いします。

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