19.プレゼント
「手駒……とは?」
「難しく考える必要はないよ」
ディルクが質問を返すと、カールの発していた圧はやわらいだ。
「君の父親は『ファルケハインのために』それが唯一の判断基準の男だからね。いろいろと敵を作ってくるのさ──それを収拾するのが、私の仕事ってわけだ。君にはそれを少し手伝ってほしいだけだよ。信頼できる人物がほしいんだ」
「報酬は? 俺の力を隠す、それだけじゃ安すぎるだろう?」
「もちろん、報酬も惜しまないよ。二年後には君も王都の学院にいくからね。金はいくらあってもいいだろう?」
ディルクは淡々と言葉を交わしながらも、すでに心を決めていた。
高まる高揚感に、むしろ笑いを堪えるのに必死だ。
回帰前、この男がどんな仕事をしていたのか、ディルクは知っている。
言葉を濁しているが、ファルケハインの表に出ない、ありとあらゆる汚れ仕事に手を染めていた。
(この取引で、俺は、そのファルケハインの暗部に入り込むことができる)
どうやって入り込もうかと思っていたそれが、目の前にこうも容易く転がってくるとは。
「わかった。応じる」
「物分かりがよくて助かるよ」
ディルクはカールの差し出す手を握り返す。
(これで俺は、当主へとまた一歩近づいた)
四年後、この男はこの世にいない。
この男が死んだあと、ファルケハインの暗部はそのままディルクの手に落ちるだろう。
(それまでの間、こいつに利用されたふりをしてやる──待ってろよ、オスカー。俺はお前を殺して、必ず当主になってやる)
半年の魔法教育期間の終了後、ディルクは教育延長を言い渡された。
序列最下位であり、魔力を発現させたばかりの能力の足りないディルクが、カールに厳しく指導を受けている──といった態を装う。
内実は、カールの持つ様々な裏仕事がディルクにもたらされた。
殺しまでは要求されなかったが、反対勢力を陥れるための汚い裏工作には、いくつも関わった。
ディルクは、その手法、伝手、技術を貪欲に吸収していった。
今日もディルクは、カールに与えられた裏仕事をくたくたになりながらこなして、部屋へと帰りついた。
「十一歳の子どもにやらせる仕事じゃないだろう」
悪態をつきながらベッドに転がると、書き物机の上の手紙が目に入った。
序列を与えられ、カールの仕事を手伝うようになってから、ディルクの邸での扱いは格段によくなった。
本邸に私室が与えられ、使用人が食事を準備し、部屋に持ってくるようになった。
部屋には定期的に清掃が入り、汚れものは勝手にきれいになって戻ってくるようになったし、今日のような早い時間に戻ったときには、必ず部屋に菓子が準備されている。
ディルクは、テーブルの上の花びらの形の焼菓子を口に入れ、頬張りながら手紙に手を伸ばした。
母とラウラからだった。
ディルクは、毎週のように二人から手紙を受け取っている。
母からの手紙には、体が回復していることと近況、ディルクの体調を気づかう言葉が並べられている。母は、手紙の中身が読まれている可能性も考慮して、余計なことは書いてこない。
ラウラからの手紙には、八歳の女の子らしい、不揃いなかわいらしい文字が並んでいて、頬が緩む。
『兄さまへ
お母さんと私とフィーネ姉さまは元気です。
フィーネ姉さまの魔術の授業を見せてもらったの。雷の魔法がとってもすごいの。びっくりしちゃった。
それから、フィーネ姉さまに、街に連れて行ってもらったの。珍しいものもたくさん教えてもらったよ。
今、街ではお守りを作るのが流行ってるんだって。一緒にお守りを作ったからプレゼントするね。
兄さま、フィーネ姉さまに連絡してないでしょ。姉さま気にしてたよ。姉さまにもちゃんと手紙書いてね』
「二つ?」
一緒に入っていたのは、房の付いた飾り紐だ。これがラウラが手紙に書いてきたお守りなのだろう。ディルクは、机の上に二つとも飾ることにした。
それにしても、最近、ラウラの手紙には、フィーネの情報が多すぎる気がする。
アルトナー公爵夫人がディルクを利用したいのなら、ラウラと母を利用してくるはずだ。
けれど、フィーネとラウラが個人的に仲良くなっておくことは、その抑制につながるだろう。
フィーネへの手紙は書いたことがなかったが、一度くらい書いてみてもいいかもしれない。
「なんて書くか。まあ、妹がお前のことを姉と慕っているから、これからも姉妹のつもりで仲良くしてほしい、とかそんなんでいいか」
不意に、胃の腑から何かがせりあがってきて、ディルクは、口を押えた。
くらりと体がふらつき、床に倒れこむ。
「うっ……。げえっ」
吐き戻すと、悪臭と共に、血の混じった吐しゃ物が、絨毯に広がる。
(っくしょうっ。やってくれる)
こういったことも予測の範囲内だ。
ディルクは、胸元のポケットから取り出した薬瓶を一息にあおろうとして、手を止める。
裏仕事で手に入れた、モンスターから取り出した希少な解毒薬だ。こういったことも想定して準備していた。
(駄目だ。俺はまだ、力がないフリをしなくてはならない)
ディルクは、薬瓶の中の薬を半分だけ飲むと、瓶を荷物の奥底に隠す。
煮えくり返るようなみぞおちを押さえて、そのまま床に横たわると、目を閉じた。
◇◇◇◇◇◇◇
「なんでっすって。また失敗した⁉ なんであんな子ども一人殺せないのよ!」
ファルケハイン公爵夫人クリームヒルトは、金切り声を上げて、テーブルの上のカップを報告に来た侍女に投げつけた。
侍女の悲鳴と共に、カップは床に落ち、派手に砕け散る。
ディルクに毒入りの菓子を食べさせたはずが、命に別状はないという知らせを受けたばかりだった。
「忌々しいわね。あの女の子どもは、一体、どれだけ生きのびれが気が済むのかしら。大した子ではないというのに!」
「やはり、あなたでしたね」
場にそぐわぬその涼やかな声に、クリームヒルトは顔を上げた。
一瞬顔色を変えるが、すぐに手元の扇で顔を覆った。
「何のことかしら? それより、義弟とはいえ、許しもなく公爵夫人の私室へ足を踏み入れるとは、随分な無礼ね」
「申し訳ございません。けれど、廊下まで響く悲鳴と食器の砕け散る音はただ事ではありません。危険と判断し、夫人の安全のため踏み込ませていただきました。当主不在の間、邸の警備を預かる身ですから、このぐらいの権限は兄から与えられております」
夫人の身に何事もなかったようで安心しました、と頭を下げるカールに、クリームヒルトは扇の奥で奥歯をきしませる。
「そこの侍女が転んでカップを落としただけよ。カール、あなたはもう下がっていいわ」
「いいえ、話がまだ終わっておりません。実は、この部屋へと伺った理由は、夫人の身の安全のためだけではありません。──捕らえろ」
途端に、カールの背後につき従っていた数名の騎士が、床にうずくまっていた侍女を取り押さえる。
「そこの侍女に、ファルケハイン家の次男、ディルクに対する毒殺容疑がかかっています」
「まあっ、何ですって?」
「奥様! 私はっ」
「お黙りなさい。私がさんざん目をかけてあげたのに」
侍女は、何か言いかけて口を開けるがすぐにその口を閉じて下を向く。
「わ、私は、ギルター様をお慕いしております。あの少年のせいで、ギルター様はダンジョン秘匿などという冤罪をかけられたのです! あの……あの赤犬さえいなければっ」
クリームヒルトは、扇の下の口元を緩める。
「まあ、なんてことなの。あなた、ギルターに騙されているのよ」
「連れていけ」
「わ、私が一人で行ったのです。ギルター様のために!」
「ギルターの家の侍女を雇ってあげていたのよ。あの家も今、大変でしょう。跡取りがとんでもないことをしでかしたのだから。それなのに恩をあだで返すなんて……」
「夫人」
ため息をつきながら、首を振るクリームヒルトに、カールはほほ笑みかける。
「夫人、実は、人は簡単に口を割るのですよ。拷問にも、いくつかやり方がありましてね。──例えば、半年前にも、オスカーの信奉者がディルクを刺す事件を起こしましたね。アルトナーとの婚約を破談にさせたと逆恨みをして」
「そ、そうね」
「私の言いたいこと、おわかりですよね?」
「え、ええ」
「彼は、とるにたらない小者ですよ。それよりもこのようなことが露見してオスカーの瑕疵になるご心配をなさい」
カールのほほ笑みの奥に、言いようのない何かを見つけ、クリームヒルトは声を上ずらせる。
「わ、わかったわ」
「おわかりいただけてよかったです。私もオスカーがかわいいんですよ」
◇◇◇◇◇◇◇
「さて。これでしばらくおとなしくしてくれると思うんだけど。いいプレゼントになったんじゃないかな」
しかめ面ばかりの赤銅色の髪の甥を思い、カールは、笑みを漏らす。
「どっちもかわいい甥っ子なんだけどね。さて、私はあの子たちとどう付き合っていこうか」
──そして二年。
十二歳になったディルクは、王都の王立学院へと入学する。




