18.叔父との取引
飛び掛かってくるマンティコアの牙を、ディルクは<暁>の銃身で受け止める。
「壊れた」ガンソード・マギア<暁>。
剣の形態をとれない、不完全な古代魔法武器。
(もう一つ、試していないことがある)
──『<暁>が、剣の形態になれないのってさ、どうも、百年ぐらい前に壊れたせいなんだってさ。ただ、古代魔法武器って、壊れても直せないし、代わりがあるものでもないだろ。だから、序列を下げても残すしかないらしいんだ。銃の場合なら、問題なく使えるらしいしさ』
元はそれだけすごかったってことかもな、とルペルトは笑いながら<暁>の逸話を語ってくれた。
「壊れた」「不完全な」<暁>。
ただ、ディルクは、ある疑問がぬぐえない。
ファルケハインは、アルトナーとの婚姻を繰り返し、その魔力の多い血を、血脈に取り込もうと躍起になっていた。
それは「百年ほど前から」だという。
偶然なのか?
(試せばすぐわかる。俺の最大魔力を発しても、気づかれることのない、「ここ」でなら)
「≪形態変化≫」
ディルクは<暁>の魔法刻印に魔力をこめる。
≪形態変化≫の魔法刻印は起動しない。
徐々に魔力を上げていく。
一段階。
二段階。
そして、最高出力へ──。
ディルクにのしかかるマンティコアの牙の中で、その銃身は、光を発する。
(暁の、光──)
朝陽と見まごうかのごとき光を秘めた刀身が、ディルクの手の中に顕現していた。
長刀へと姿を変えた剣に、ディルクは目を見開いた。
細く、わずかに反った、片刃の剣。
モンスターの攻撃を支えていた腕から、抵抗が消えた。
するりと、流れるように、暁色の刀身が、剣を咥えたマンティコアの顔から体へと吸い込まれていく。
口から上下に分かれたモンスターの死体が、どっと地面に倒れこむ。
──ディルクたちは、勝利したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
半年の魔法教育を終えて、ルペルトがファルケハインを去る日が来た。
「なあ、ディルク、俺のこと忘れるなよ! 絶対だぞ」
「ああ、何度も言わなくてもわかった」
「二年後、王都の学院のクラス分けは、成績順だからな! 気を抜くなよ」
「それも何度も聞いた。Aクラスに入れるかどうか、お前の方がやばいんじゃないの?」
「うっ。それは、家庭教師をつけてもらうから大丈夫だ!」
他にも二年後のいろいろなことを念押しして、ルペルトは自領へ向かう馬車へと乗り込んだのだった。
『うるさい小童じゃのう』
「てめえっ! アデリア! あの時姿消しやがって!」
『まあ、やんごとなき事情があってな』
「この邪妖精。何が事情だ! おまえのことなんかもう信じないからな!」
『まあ、まあ。それだけ元気なら心配はいらぬな。我の契約者に何かあったら大変だからな』
「ちっ」
洞窟にディルクたちを放置して去ってしまったくせに、何をいっているのか。言っていることとやっていることが正反対だ。
ディルクは、舌打ちをしつつ邪妖精に背を向ける。
そもそも、こんな敵か味方かもわからないような邪妖精を信用するなんてどうかしていた。
「ディルク様。カール様がお呼びです」
使用人に声をかけられて、ディルクは、ため息をつく。
(そんなことより、問題なのは、こっちのほうだった)
実地訓練の最中、ギルターにダンジョンに落とされたディルクとルペルトは、魔物の巣を攻略し、上位種のモンスター、マンティコアを倒すことに成功した。
そして、地上に向かいしばらく行ったところで、ダンジョンに現れたカールたちに、満身創痍だった二人は助け出されたのだった。
領都近郊の森にあったダンジョンは数年前に発生したものだった。
ギルター率いる騎士団の管轄内だったが、あろうことか、ギルターはその存在を秘匿していた。
ダンジョンでは、価値の高い鉱石が取れることもある。ギルターは、とれた鉱石の対価を自分の懐に入れるため、その存在を隠していたのだ。
しかし、ダンジョンのモンスターは、時がたつにつれ、周囲の邪気を取り込み強くなってくる。モンスター討伐が不十分だったこのダンジョンは、モンスターを溢れさせるダンジョンバースト寸前だったという。
その前兆が、先日、領都近郊に現れた白蛇だった。カールたちは密かにこの地域を調査をしていたところだった。
ギルターはディルクを殺そうとした件に加え、これら一連の罪を負い、ガンソード・マギアを返還させられることになる。
ディルクはカールの執務室の扉を叩いた。
「入りなさい」
「……っ」
入った途端に感じる圧迫感に息を呑む。
ファルケハインの銃剣魔法使い、序列二位<漣>を預かるカールは、デスクで両手を組んだまま、にこやかにディルクを迎え入れる。
今まで感じたことのない圧をまとわせているのは、明らかに故意だ。
(笑ってるのに、笑ってねえ)
「座りたまえ」
「結構です」
立ったままのディルクに対し、カールは笑みを深くする。
「最近、我が領では、実に興味深いことが起きているんだ。というのも、我が領には、誰も存在を知らない小さな勇者がいてね。最初は、いつだったかなあ。そう、クリームヒルト夫人の宝物庫が賊の襲撃を受けた時だった」
ディルクは、後ろに組んだ手を握りしめて、無表情を貫く。
「それから、次に現れた時、勇者は狂暴な白蛇を倒してくれた。ただ、小さな勇者はお姫様のハートも奪ってしまってね。おかげでオスカーとの婚約が白紙になってしまって困ったよ」
(奪ってねえ! もとからオスカーとは合わなかっただけだろ。俺のせいじゃねえ)
「それから、試しの儀。『見る』ことのできないファルケハイン家の者には隠し通せると思ったのかな? 浅はかだよねえ。あそこには、アルトナー公爵夫人もいたのに。勇者は、その魔力量の大きさで、アルトナー家からすっかり目をつけられてしまった」
(……妙に公爵夫人が協力的だったのは、そういうことか。母さんを受け入れたのは俺に恩を売って利用するためだったのか)
苦々しく思いはするが、利用されるのがディルクだけなら別にいい。その対価を家族を求めさえしなければ。
「そして、今回。勇者はダンジョンで上位種のモンスターであるマンティコアまで討伐した」
カールは、立ち上がると、ディルクの脇に立った。
「けれど、彼は、その力をけして人前にさらそうとしない──ねえ、これって、彼が幼い頃に魔力を失って、二年前の、宝物庫襲撃事件後、魔力を取り戻したことと関係ある?」
ぎりっと奥歯をかみしめる。
「知ってたのか? ……母さんとあの女のことを知ってて、放置していたのか⁉」
(母さんが、命を削る魔力拡張の施術をオスカーに施していたことを!)
「いやいや、それはかいかぶりすぎだよ。知ったのは、君の母上が倒れた理由を調査してからだよ。クリームヒルト夫人が息子のためにあそこまでやっているとは思いもしなかった」
(でも、知ってても、止めたかどうかわからない……こいつは、そういう男だ)
「さて、誤解が解けたところで、勇者君。君は、強さを知られることをとても恐れているね。確かに、君のその強さと魔力は、後継者争いの脅威になりうる。きっとクリームヒルト夫人の不興を買うだろうね。彼女は何かをしでかすかもしれない。──それこそ、命の危険を伴うような何かを」
ディルクの母と妹は、すでにファルケハインを離れ、クリームヒルトの手から逃れた。ディルクは、自分の身だけ守ればいい。
(でも、まだ守れるだけの力が十分にあるとは言えない。──ルペルトすら、守れなくなるところだった)
「今回、マンティコアを倒した一番の功労者は、誰にしようか? ちなみに、君の魔力の本当の大きさを知っているのは、ファルケハインでは、私だけだと思うよ。でも、そろそろ隠すのもつらくなってきたなあ」
「脅しか」
「取引だよ」
カールは、ディルクの肩に手を添えた。
「ディルク、君、私の手駒にならないかい?」




