17.魔物の巣(モンスタープール)
(数十体のゴブリン、グール、それから、上位種のマンティコア)
「……魔物の巣」
魔物の巣は、騎士や冒険者たちに漏れ聞くダンジョンの逸話の中に度々登場する。
ダンジョンの残酷さと無慈悲さとを、教訓として伝えるためのエッセンスとして。
それが現実として眼前に広がっていることに、ディルクは圧倒され、一瞬対応が遅れた。
はっとして、ルペルトの指先の≪炎≫をひねりつぶす。
──が、遅かった。
暗闇の中、魔法の光は、モンスターたちの目を引くのに十分だった。
「キエエエエエ!」
「ギャー、ギャ、ギャ」
雄叫びを上げるモンスターの声を後にして、ディルクとルペルトは踵を返し、来た道を駆け戻る。
「おい、アデリア!」
ディルクのそばで、魔物の気配を伝えていたはずのアデリアは、いつの間にか姿を消していた。
身体強化の魔法を使い、どうにかモンスターを引き離すと、二人は脇道にそれて座り込んだ。
体力的な疲れよりも、極度の緊張による精神的な疲れが大きかった。
回帰したディルクでさえこの状態なのだ。
隣ではルペルトも、真っ青な顔で座り込んでいる。年齢通りの少年であるルペルトが、落ち着いていられるはずなどない。
その姿を見ると後悔が押し寄せてくる。
(俺が、あいつらを甘く見てた。俺がルペルトを巻き込んだんだ)
ルペルトがそばにいることが、自分はきっと心地よかったのだ。
甘えてしまった自分が許せない。
(俺は、本当は、ルペルトを遠ざけなければならなかった)
「何だよ、これ。ただの訓練だろ⁉ 何でこんなことになってるんだよ」
「落ち着け」
「俺たちが何か悪いことしたのかよ⁉」
息が落ち着き、最初のショックから脱したルペルトは、ディルクの襟につかみかかってくる。パニックを起こしかけているのかもしれない。
「落ち着けよ」
「せっかく銃剣魔法使いになれたのに!」
ディルクは、首にかけられたルペルトの腕をつかむと、落ち着かせるために、その顔を正面から見つめる。
ルペルトの、普段は快活な澄んだ瞳が不安で濁っている。
「……こんなことなら、カール様の頼みなんか聞かなきゃよかった」
何を言われたのか、始めはわからなかった。
「なんでここであいつの名前が出てくる?」
ルペルトは、自分の言葉に我に返ったようだった。唇をかみしめディルクにつかまれた腕を振り払う。
(まさか)
その思いに腹の底が冷えていく。
「はっ。俺みたいなやつに近づいてくるのはおかしいと思った。そうか、そうだよな」
思ったよりも低い声が出た。
「違う! そうじゃない! 俺はっ……」
その時、ゴブリンの奇声がすぐ近くで響いた。
仲間を呼ぶハウリングだ。
ゴブリンの呼応する声が遠くから響き、ダンジョン全体にこだまのように広がる。
「どうでもいい。今はここから出ることが先決だ」
ディルクは、立ち上がると身体強化の魔法をかけた。
ルペルトもそれ以上何も言わず、後に続く。
指をなめて掲げ、風の吹いてくる方向を読む。
アデリアの助けが期待できない中、二人は無言で、再び風の吹いてくる方向へと走り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇
アデリアは、途中から呼んでも全く現れなくなってしまった。
(あの、邪妖精、肝心な時に無視しやがって。期待していないときは出てくるのに)
アデリアがいないため、以降、モンスターとの遭遇率がぐっと上がった。
体力温存のため、ゴブリンとは戦闘を行うが、それ以上の強さのモンスターとは戦闘を避ける。
必然的に、逃げた道が当初向かっていた方向なのかわからなくなる。
ディルクには、残念ながら、戦闘を続けながらダンジョン内をマッピングできるほどの実力はない。
実地訓練は半日の予定だった。
簡単な携帯食と水筒しか持たずにダンジョンに落ちてしまったため、二人の疲労はどんどんたまっていく。
ディルクたちは、ファルケハインに二十人しかいない、序列持ちの銃剣魔法使いだ。
しかし、序列は潜在能力に対して与えられたもので、実力はまだその序列にふさわしいとは到底言えない。
魔法は基礎しか使えないし、十歳の体の体力はたかが知れている。
いくつかの戦闘をこなし、逃亡し、出口を目指して歩いてきたディルクたちだが、とうとう、最悪の状況に陥ってしまった。
(マンティコア‼)
再び、魔物の巣へと戻ってきてしまったのだ。
運がよかったことと言えば、今度は、モンスターに気づかれていないことだけだ。
再び、指をなめて風向きを確かめる。
「出口は、この奥だ」
マンティコアの眠る中央の奥が、別の通路につながっているのがわかる。
ルペルトは、ごくりと唾を飲み込む。
「じゃあ」
「俺が囮になる。その隙にお前は、奥の通路に走れ」
「何言って……」
「さすがに、命の危険のある状況だ。カールのやつも、俺の監視から外れても文句は言わないだろう」
「監視とかそんなんじゃ、」
マンティコアが顔をあげ、二人は口をつぐむ。
ルペルトの本心に対し、オスカーの裏切りを知った時のような憤りや憎しみは湧いてこなかった。
ただ、何かを失ったかのように悲しかった。
でも、冷静に考えると、たいしたことではないのだ。
(俺も、こいつに色々な情報をもらって助かっていた。俺も、情報を得るためにもこいつを利用してたにすぎない)
命を狙われるほどの裏切りにあったわけではない。
お互いに、理由があってそばにいた。そう、それだけなのだ。
ディルクは、手の中の<暁>を握りしめた。
「俺は、右から先に出る。お前は、左から通路へ走れ」
「やだ」
「は?」
「俺も戦う」
「さっきも言ったろ。あいつも、さすがにこの状況で逃げたからって文句は言わない。……ああ、もし俺が生き残れても口裏合わせてやるよ。お前が俺に近づいたのがカールの差し金だって、知らないことにしてやってもいい」
「違う! 俺が一緒に戦いたいんだ」
マンティコアがこちらを向く。
「正直に言うよ。きっかけはカール様だったんだ! カール様に、ディルクを気にかけてやってくれって言われてお前のことをよく見るようになったんだ。そしたら、お前がすっげえいい奴だって気が付いて。友達になりたいって思ったのは俺の本心だ」
「でも、後悔してるんだろ。それを受けたことを」
「ああ、後悔してる! だって、俺がつかまらなかったら、お前は、ギルターの罠から逃げられたじゃないか!」
「え」
「俺が弱いからお前の足を引っ張ったんだ」
ルペルトの、後悔に揺れる瞳は、それが真実だと物語っている。
(後悔してるって、そういう意味かよ)
ルペルトの告白に、冷えていた腹の底が、ぐっと熱くなる。
「本当は、俺が残ったら、またお前に迷惑かけるんじゃないかって思ってる。また迷惑をかけるのが怖い。でも、お前ならわかるんじゃないか? 俺が、お前の足を引っ張らない方法を」
ルペルトの真剣な瞳がディルクの瞳を射抜く。
「だから、お前が俺を使え。俺に指示をくれ。……弱くても、お前のそばで、お前と戦いたいんだ!」
マンティコアがこちらを視認した。
咆哮をあげるべく、口を開ける。
「耳をふさげ」
洞窟中に、高音の、臓腑にしみわたるような声が響き渡る。
そのまま聞いていたら、恐怖で一歩も動けなくなっていたほどの──マンティコアの特殊攻撃、敵の戦意を喪失させる咆哮だ。
「身体強化だ」
ディルクの「指示」にルペルトはうなずく。
その瞳から悲壮感が消え、いつもの子犬のような輝きが戻ってきていた。
「今の攻撃で、洞窟のあちこちから増援が来る。俺が、前の敵をやる。お前は俺の背後、この通路を死守しろ」
「わかった!」
ディルクはマンティコアの前に出る。周囲の通路からは、ゴブリンやグール、オークやトロールなどのモンスターがダンジョン中から集まってきた。
「舞台は、整ったな」
ディルクがガンソード・マギアを得てから、周りには常に人がいた。
だから、ずっと試せなかった。
──自分の「本当の」魔力で、どこまでガンソード・マギアを使いこなせるのかを。
「<暁>、この魔法刻印は、だいぶ長い間使われていなかったみたいだな。でも、目覚めるにはちょうどいいだろ?」
ディルクは<暁>の短い銃身を構え、自身の中の、ずっと抑え込んでいた魔力を解放し、その魔法刻印に注ぎ込む。
起動した魔法刻印に、膨大な魔力が吸い込まれていく。
「≪爆裂の連鎖≫」
小さな銃身に刻まれた魔法刻印は、ひときわ大きな光を放ち、その力を発動するべく、中空へと浮き上がる。
回帰前、ディルクの死の間際、オスカーが使った刻印魔法だ。
けれど、白光の強さはその時と比べものにならない。
中空の光は銃身へと吸い込まれる。
そして。
銃から弾丸が放たれるのと同時に赤い炎がほとばしる。
大音量の爆音が響き、爆裂が連鎖的に空間を埋め尽くす。
中距離の上級広範囲魔法。
「ギャー」
「グワァァァッ」
「ギエエエエーッ」
モンスターの悲鳴と咆哮が爆音に重なる。
屍が焼ける匂いと煙が周囲に充満する中、ディルクは、前方をじっと睨みつけていた。
煙が晴れていく中、ライオンの体に人間の顔、毒の尻尾を持つその怪物だけが、その場に残った。
焼けこげて縮れた体毛、火ぶくれになった顔面。
「グワアアアアアアッ‼」
怒りで血走らせた目を見開き、咆哮をあげてディルクに向かってくる。
「≪貫通の弾丸≫」
銃弾は、マンティコアの左足を射抜くが急所には当たらない。
モンスターは、そのまま、ディルクへと飛び掛かった。
銃ほど近接戦闘に向かない武器はない。
それ故に、銃剣魔法使いは、近接戦闘時には必ず≪形態変化≫で剣へとガンソード・マギアを変化させる。
けれど、ディルクの<暁>は、剣の形態にならない。
──「壊れた」ガンソード・マギアなのだ。




