15.ディルクの真の力
ディルクは、グンターに向けられた銃口を見据える。
「≪身体強化≫」
体の中心から魔力を引き出し、強化したい場所を魔力で満たす。
再び脇をかすめるグンターの≪貫通の弾丸≫。
それを、ディルクは≪身体強化≫した右手で受け止めた。
魔法で高速に回転する弾丸が、ギュルギュルと音を立て、ディルクの握りしめた手の中で白煙を上げる。
目を見開くグンターたちの前で、ディルクはゆっくりと手を開いた。
見せつけるように。
動きを止めた訓練用でない実弾がディルクの手からこぼれ落ち、地面に落ちた。
「ああ。二度も同じ間違いするなんて、従兄弟殿は、頭が悪いんですかねえ?」
「なん……だと⁉ ふざけやがって! こんなこと、あるわけがない! もう一度だ、ワルサー‼」
かっとなったグンターが再びガンソード・マギアの銃口をディルクに向ける。
ワルサーも、ルペルトを放置したままガンソード・マギアを構えて、二人同時に逆方向から弾丸を放つ。
「「≪貫通の弾丸≫」」
ディルクは動かなかった。
ただ、両腕を左右に差し出した。
そして、弾丸をその左右の手に受け止める。
先ほどの二倍の量の弾丸の回転音が練武場に響く。
白煙が上がる握りしめた拳から、指を一本ずつ開いた。
開いた手から、二つの弾丸が現れ、再び地面にこぼれ落ちた。
呆然とした双子を前に不敵な笑みを浮かべると、ディルクは腰のホルスターから、自らのガンソード・マギア<暁>を引き抜いた。
「≪水の銃弾≫」
一発。
「≪水の銃弾≫」
そして振り向きざまに一発。
二発の練習用の弾丸が、ワルサーとグンター、二人の額を打ち抜き赤い水が飛び散る。
「おっと、動かないでくださいよ。まだ終わってないんだから」
「貴様あっ‼」
ディルクは、叫び声をあげるグンターに、<暁>の銃口を向ける。
「≪爆裂の弾丸≫」
弾丸は、グンターの耳元をかすめる。
≪爆裂の弾丸≫──ガンソード・マギアにおける、刻印魔法の上位魔法だった。膨大な魔力を必要とし、習得までに最低でも五年はかかると言われている、まだ、オスカーですら使えない魔法だった。
ドオオオオン!
弾丸は、グンターの脇をかすめ、その背後の練武場の外壁にぶつかり、大規模な爆発を発生させた。
「ああ、俺も間違えちゃいました。でも、まあ、大丈夫ですよね。俺より序列の高い従兄弟殿が、防げないはずないし?」
ディルクは、腰を抜かしてしまったグンターを無視し、震えているワルサーの横を通りすぎ、ルペルトの元へ向かった。
二人と同じくルペルトは、呆然とディルクを見上げていた。
「これに懲りたら、二度と俺に近づくな」
──『俺は敵が多い。ガンソード・マギアを手に入れたことで、これからもっと敵が増える。今は自分を守るだけで精いっぱいだ。もっと強くなって、周りを守る力を手に入れるまでは、お前だけじゃない、誰とも仲良くしたくないんだ』
フィーネに伝えた言葉を思い出す。
それが現実のものとなったのがこれだ。
(これでもう、近づいてこないだろう)
「……だ」
言うだけ言って立ち去ろうとしたディルクは、足元からの声に振り返る。
「いやだ」
「痛い目に会いたくなかったら、俺に近づくなと言っている」
「いやだってば」
「おい。お前、ばかなの……」
「俺は、お前と友達になりたいんだ!」
ルペルトの言葉に、ディルクは思わず固まってしまった。
「なんで……」
「だってさ、祝賀会のあと、ディルクは、すげえ、妹とか母親とか大事にしてただろ。だから、いい奴だろうなって思ってさ。こういう奴と友達になりたいって思ったんだ」
(畜生、なんだよそれ)
頬が、かっと熱くなる。
ルペルトは、回帰前にはほとんど接点がなかった人物だった。
こんな言葉をくれるだなんて思ってもみなかった。
その時、ギルターがワルサーとグンターの元へと駆けつけてきた。
腰を抜かし、座り込む二人の元にいくと、ディルクに向かって怒鳴りつける。
「貴様、一体何をした⁉」
「模擬訓練です」
「そんなわけがなかろう! 練武場のこの荒れ様をどう説明する⁉」
(見てなかったのか?)
「ギルター卿。そこまでだ。確かに私も今日は模擬訓練と聞いていたが……卿の今の発言は、まるで模擬訓練の様子を監督していなかったようにも聞こえるのだが」
練武場の入り口からの声は、カールのものだった。
不意に現れた上官の姿にギルターは青ざめ、グンターとワルサーは下を向く。
カールは、たった今練武場へ入って来たところで何も見ていないようだった。
(好都合だ)
ディルクは、瞬時に計算する。
ディルクは今、義憤に任せて力をふるってしまった。けれど、力を隠して水面下で力をつける期間は長ければ長い方がいいのだ。強さを誇示してオスカーやクリームヒルトの目を引くと、自分で対処できない危機に陥るリスクが高くなる。
「ギルター卿は、ワルサー様とグンター様、二人で訓練をされていたところを、きちんと監督されていました。俺が指示通り見学をせず、練武場の端でガンソード・マギアを暴発させてしまって、壁に穴を開けてしまったのです。申し訳ありません」
視界の端で、ギルターと、グンター、ワルサーをけん制する。ギルターは、これ以上の失態をもう重ねたくないだろう。
「そうなのか?」
「はい! そうです。ディルク、次からは指示を守るように」
「はい、申し訳ありません。ギルター様」
ギルターたちは、これを貸しに思うような人間ではないが、後々脅しには使えるかもしれない。
カールは、気をつけたまえ、と声をかけると、練武場から去っていった。
弱みを握れたことで、グンターとワルサーの嫌がらせなどもきっとおさまるだろう、とディルクは安堵するのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
試しの儀を終え、王都の学院に戻ったファルケハイン家序列第三位、オスカーは、母からの手紙を読むと床に投げ捨てた。
外で見せている、人付きのする柔らかな笑顔など、その顔にはかけらも残っていない。
「あの赤犬どもめ!」
手紙には、アルトナーの娘フィーネとオスカーとの婚約を、アルトナー家が正式に断ってきたと書かれていた。
序列も高く、次代の当主たるオスカーとの婚約は、甘やかされた末娘である幼いフィーネの手に余る。ファルケハインとの婚姻による結束は望むところなので、もう少しフィーネの年齢が上がったら、貴家との婚約を改めて考えたい。
そんな表現で濁されていたが、フィーネと釣り合う年齢のファルケハイン家の男は、ディルクしかいない。
ガシャアアン!
オスカーは室内のテーブルに置かれた水差しをなぎ払った。
何もかもが気に入らない。
「俺を断るだと? そして、あの赤犬を?」
腹の中から怒りが湧いてきて、おさえることができない。
アルトナー出身のディルクの母は、生まれてからずっとオスカーに魔力拡張の施術を施してきた。
アルトナーの女など、オスカーのための踏み台でしかないのだ。
それなのに、アルトナーの娘フィーネは、ひざまずいて喜ぶはずのオスカーとの婚約を断ってきた。
代わりに選ぶというのが、ディルクだ。
「あの、俺の前で泣き叫ぶしか能のない、魔力なしだった情けない赤犬を⁉」
ひとしきりわめき、机の上のあらゆるものを薙ぎ払い、気持ちを落ち着かせると、オスカーは、ソファに深く体を沈めた。
ディルクは、ほんの少し前まで、確実に魔力なしだった。
封じの水晶は、今も母の元にあり、ディルクの魔力は呪いにより封じられたままだ。
それを取り戻すために、ディルクの母マヌエラは、この夏もオスカーに魔力拡張の施術を行い続けたのだから。
それなのに、先日、魔力が封じられたままのはずのディルクが、試しの儀で魔力を示し、序列最下位とは言え、ガンソード・マギアを手に入れたのだ。
「漏れ出てきた魔力だけで、ガンソード・マギアを手に入れたと言うのか。成長してきたとでも?」
だとしたら、その才能は脅威だ。
オスカーは初めてそう思い至る。
「懸念は、早めにつぶしておかねばな」
オスカーのそのささやきを聞く者は、誰もいなかった。




