13.謝罪と誓い
ファルケハイン公爵家の応接室では、当主テオドールと正妻のクリームヒルトを前にした、アルトナー公爵夫人カタリーナの姿があった。
「お話の機会を設けていただきありがとうございます。ファルケハイン公爵閣下、公爵夫人」
「いえ。アルトナー公爵夫人のご要望とあれば」
「そうですわ。これから親戚になるのですから」
テオドールとクリームヒルトの言葉に、カタリーナは目を細めた。
「ええ、そうですわね。ファルケハインの皆さまとは、同じ魔法を扱う一族として共に助け合っていけたらと思っておりますわ。それで、一つ提案がありますの」
「なんでしょう」
「マヌエラ夫人のことですわ」
「まあ、まあ。先ほど会場で倒れたので心配してくださったのですね。医師にみせたところ、過労だと言うことなので彼女には何の心配もございませんわ」
そう言い張るクリームヒルトの前で、カタリーナは扇で口元を覆う。
「先ほど、私もマヌエラ夫人の病状を拝見しました。実は、彼女は、魔力回路が損傷した状態にあるのです」
「しかし、医師からそのような話は……」
「医師が気づかなくても仕方ありませんわ。これは、医師の知識不足という話ではありませんもの。魔力感知に関しては、アルトナー家の者に一日の長があることは、皆さまもご存じでしょう。魔力を有する者の体の作りや魔力回路についても同様です」
「彼女の魔力回路の損傷の理由は?」
端的に問うテオドールに、カタリーナは、にっこりと笑みを浮かべる。
「魔力の器の拡張術を、施したせいでしょう」
「魔力の器の拡張?」
「はい、これもアルトナーに伝わる術です。自らの魔力を使い相手の魔力の器を広げるのです。術者には魔力回路が損傷するほどの負荷がかかり命を縮めることになるので、アルトナーでは年老いた祖父母が孫に贈るギフトのような扱いですわ」
カタリーナの言葉に、クリームヒルトは、どんどん顔を青ざめさせていく。
「噂で聞いた話ですが、ディルク君は幼い頃、魔力が全くなかったとか。それなのに今日はガンソード・マギアを受けるほどの魔力を発現させました。マヌエラ夫人は、きっとご自分の息子の魔力回路を広げるために、力を尽くされたのでしょう──命を削ってでもご自身の息子にかけるお気持ち、子を持つ母親としては、理解されますでしょう? クリームヒルト夫人」
「え、ええ。きっとそうですわね。息子思いの夫人ですもの」
カタリーナは、扇を下げると唇を弓のようにしならせた。
「しかし、まだ間に合います。彼女は若いですし、アルトナーで適切な治療を受けさせれば、回復することができますわ。彼女を預けていただけませんか? 公爵閣下」
応接室で当主夫妻との会話を終えたカタリーナは、自室に戻る渡り廊下で足を止めると、笑みを浮かべた。
ファルケハイン家の序列二位である鮮やかな金髪の青年が、太い柱の影から姿を現したからだ。
「アルトナー公爵夫人には、ご機嫌麗しく」
「あら、カール卿、どうされました?」
「実は、試しの儀の途中、席をお立ちになった理由をお伺いしたくてお待ちしていたのです。無作法をお許しください」
「扇を落としてしまっただけですのよ? 大切な会の途中でお騒がせさせてしまったかしら、申し訳ないわ」
「そうでしたか。私の勘違いだったようです。ディルクの試しの儀の最中……少し不可思議な数値が現れたので、夫人なら何かご存じかと。アルトナー家の魔法に関する感知能力は、当家とは一線を画すものですから」
心の奥底を悟らせないカールの笑みに、カタリーナも同様の笑みを返す。
目元のほくろがその印象をさらに強める。
「アルトナーをお褒め戴きありがとうございます。ああ、そうですわ、お伝えしなければ。今当主ご夫妻とお話しをしてまいりましたの。そのディルク君のお母様ですが、治療のため当家でお預かりすることになりました。まだお小さい妹さんも一緒です。フィーネの話し相手にちょうど良い年ごろですし」
「……銃剣魔法使いであるディルクは、出すわけにはいきません」
「ええ、教育のために難しいとご当主様にも伺いましたわ。私もそう思いましたので、ディルク君は、こちらに残ることになりました」
「しかし、なぜですか? マヌエラを治療することで失礼ながら貴家にメリットがあるとは……」
「まあ、それこそ水臭いことをおっしゃらないでいただきたいわ。同じく魔法を扱う八家同士、助け合っていきましょう。親戚になる間柄ですし?」
「そう思っていただけるとこちらもうれしい限りです」
「ええ、これからもよろしくお願いしますわね」
◇◇◇◇◇◇◇
──『あの、俺にできることで、何か恩返しをさせてください』
──『そうね、では、うちのお姫様の機嫌を直してやってくれないかしら?』
ディルクは、ため息をつきながら、中庭の小さなガゼボに向かった。
安請け合いをしてしまった自分の軽率さを呪うが、約束は約束だ。きちんと果たさなければならない。
しかし、どうやってそれを行えばいいか、さっぱり見当もつかなかった。
こんな時に、回帰前の人生は何の役にも立たない。
『色男は大変じゃのう』
「うるさい、邪妖精、役に立つことが言えないなら引っ込んでろ」
『朱の女神だと言っておろう。まあ、赤子のごきげんとりなど我の関するところではないからな。さっさと失敗して嫌われてこい』
捨て台詞を吐くと、アデリアはさっさと消えてしまった。
邪妖精もこういうことには一切役に立たない。
──『これ以上余計なことをしやがったらただじゃおかない』
──『……でも、けがの手当てくらい、させて?』
──『出ていけ。俺の視界から消えろ』
数日前の自分の行いを振り返るとため息しか出ない。
ディルクは歩み寄ってきたフィーネの好意を全力で拒絶したのだ。かなりの悪意をぶつけて。
きっと悪意をぶつけられたことのないお嬢様だ。
傷ついて落ち込んでいるのだろう。
「どうやって機嫌をとればいいんだ……」
ディルクは三度、深いため息をつくのだった。
ガゼボには、鮮やかな赤毛の少女が小さくなって座っていた。
ディルクの顔を一瞬見上げると、すぐに真っ赤になってうつむく。
ディルクは、とりあえず謝ろうと口を開きかけた。
「ごめんなさい!」
けれど、先に謝られてしまって面食らう。
「あの、お母様に聞いたの。あなたは、家族を守るために、わざと弱くて何もできないフリをしてるんだろうって……私が、それを勝手にばらしちゃいそうになったから、怒ったんだよね?」
フィーネは必死に見上げてくる。
水色の、猫のような大きな瞳が、不安げに揺れている。
(公爵夫人には全部見抜かれてたってことだよな。おまけに、こんな小さな子に気を使わせてさ。カッコ悪すぎだろ、俺……)
ディルクは大きく息を吐くと、自分の頭をガシガシとかいた。
「俺も悪かった。理由があったにしろ、もう少し言い方があった」
少女の顔が、ぱあっと花開いたように明るくなる。
「ううん、平気! じゃあ、もう私とも仲良くしてくれるよね!」
「ああ……。悪い。俺は、誰かと仲良くなりたくないんだ」
再びフィーネの瞳が涙でうるむ。
「どうして⁉ 許してくれたんじゃないの?」
この少女をもう傷つけたくない。
けれど、そのためのいい方法が思いつかない。
ただ、正直に誠実に答えて許してもらうことしか、今のディルクにはできなかった。
「俺は敵が多い。ガンソード・マギアを手に入れたことで、これからもっと敵が増える。今は自分を守るだけで精いっぱいだ。もっと強くなって、周りを守る力を手に入れるまでは、お前だけじゃない、誰とも仲良くしたくないんだ」
「……もっと強くなるまで、友達、作らないの?」
「ああ」
「強い友達なら、どう? その友達が強ければ守られる必要なんてないでしょ」
フィーネの言葉に、ディルクははっと息を止める。
そんなことを考えたこともなかった。
母や妹を失わないためには、強くなければならないとずっと思ってきた。
守るのは常に自分なのだと疑いもしなかった。
「そうか、そうだな。守るなんて考えなくていいぐらい頑丈で強いやつなら、友達になれるかもな」
──回帰前に一人もいなかった友人に。
フィーネの顔が途端に輝いた。
「ねえ、二年後、王都の学院にいくよね」
「ああ。序列を受けたやつは王立学院に行くのが決まりだからな」
「待ってて! 私、強くなる。二年後、友達になって!」
「ああ。本当に強くなってたらな」
ほほ笑ましい少女の言動に、笑みが漏れる。
「うん! またね」
去っていくフィーネを見送ると、肩の上にアデイラが姿を現す。
『罪な男じゃな』
「なんだよ、ちゃんと謝ったし、機嫌を直すと言う約束も守っただろ」
『そういう意味では……そなた、二年後、どうするつもりなんじゃ?』
「ああ、約束したからな。強くなったら友達くらいにはなってやってもいいだろう。対魔法戦の鍛錬につきあってもらえるかもな」
『……まあ、よいか。ゆっくりと成長すればよかろう』
「なんだよ。今頃出てきて、わけわかんねえこと言いやがって」
ディルクは、邪妖精の背中をつまみ上げる。
『つまむでない! だいたいそなた、朱の女神に対して不信心にもほどがある!』
「はいはい、そんな女神様聞いたことないけどな」
騒ぐアデイラはいつも通りだ。
その横顔が、なんだかさみしそうに見えたのは、きっと気のせいに違いない。




