第九話 指導対局
「じゃあ、次は対局する?」
僕はそう提案する。
指導対局だ。軽く将棋を解説したならば次は実戦でするのが将棋の勉強にとっていいだろう。
しかし、粧裕は快い返事を見込めるような表情をしていなかった。
もしかして嫌だったのかな、そう竜輝は思い。
「それとも」
そう言葉をひねり出し、代替案を出そうとする。でも、その代替案が中々思いつかない。
あれ、この際どういえばいいのだろうと、竜輝はうなった。
シンプルに気まずい。如何したらいいのだろう。
「疲れたから。休憩がしたいです」
漸く、口を開いてくれてあんしんした。気まずい空気も終わりを迎えてくれた。
確かになのだ。流石に熱中しすぎた。
何しろ、1時間半も将棋の勉強をしていたのだ。
「じゃあ、休憩しましょうか」
竜輝は出来る限りの優しい言葉で言った。
その言葉に粧裕がうんと頷いた。
「じゃあ、私がご飯作ったからみんなで食べよう」
そう言ってリサは料理を運んで来る。
美味しそうなカルボナーラだ。
一般的にカルボナーラは簡単な料理と言われている。しかし、このカルボナーラは見た目が美しい。恐らく同じレシピで作っても、竜輝にはこのカルボナーラは作れないだろう。
たべたい。食べたいが、
「じゃあ、僕は家に帰ってご飯を」
だけど、家族のひと時を邪魔しては行けない。家に帰って、カップラーメンでも食べよう。
「何言ってるの? 竜輝君も食べるんだよ」
「ええ、僕もですか。悪いですよ」
お金も払ってないし。
「もう作っちゃったから。それとも私のご飯が食べられないとでも言うの?」
「いえ、そんな事は」
もう、拒否権はないらしい。
でも確かに、リサの料理が食べたいのも事実。
ここはありがたく、リサの提案に乗るとしよう。
「分かりました、いただきます」竜輝はそう告げた。
そしてご飯を食べる。
「美味しい」そう、頷いた。
卵のうまみが濃縮されている美味なカルボナーラだ。
見た目だけでなく味もやはり素晴らしい。
今まで食べた料理の中でも、かなり上位の部類に入る。
こんなことを言うと、上から目線になってしまう。
しかしやはり、高級店で出されていても、納得してしまうであろう美味しさだ。
「そ、良かった」
「お姉ちゃんの料理は世界一ですから」
そう、粧裕がどや顔を見せる。それに対してリサは「なんで粧裕が勝ち誇るのよ」と、粧裕の頭を軽くはたく。
仲の良い姉妹だ。
そこで竜輝にある疑問点が生じた。
そう言えば両親はどこに行ったのだろう。
入った時から思ったが、二人分の生活臭しかない。
靴も二つしかなかったし、お皿も竜輝のだけ形が違う。普段二つしか皿を用いないからだろうか。
そう考えると両親は、海外出張しているのだろうか。
だけど、もし、亡くなっていたりとかしたら。
そう考えると疑問を口に出す勇気などなかった。
竜輝だって、親戚が亡くなっている。
その傷口をえぐる可能性があるとなれば好奇心だけで、言わないのが正解なのだ。
無邪気な行動一つですべてがぶち壊しになる可能性だってあるのだから。
ご飯をほおばる事に十分、その間に、リサとかなり多くの会話が出来た。
「竜輝君ね、学校ではいつも一人だったんだよ」
「え、そうなんですか?」さゆが驚く。
「えっとそれは」率直すぎる。
たしかにそれは事実だが、その言葉をリサから放たれたくなかった。
「人と仲良くできる気がしなかったんです」
竜輝は静かにそう発した。
人見知り。それが本心だ。だけど、それをそのままいうのは少し違う。
それに、仲良くなれる未来が見れなかったから、それも事実ではあるのだ。
「じゃあ、私とも仲良くはないの?」
「仲いいです」
「そう言う事なのよね。竜輝君は、怖がってるだけなのよ」
「でも、僕は実際に逃げてしまった。どう言い訳を連ねようと、その事実は変わらないんです」
竜輝は、あの日逃げの選択肢を取ってしまった。
その言葉に対し、粧裕が不思議そうに竜輝の顔を見る。
その視線を感じ、竜輝は軽く顔を俯かせる。
「分かってるから、竜輝君があの子たちと仲良くしようとしていることは」
「はい」
竜輝が実際に仲良くなりたいと思っているのは事実なのだ。
そこに嘘偽りはない。
「二人共」
粧裕がようやく口を開く。
「私何も分からないです」
その粧裕の言葉に、リサが「あ」と声を漏らす。
「ごめん」
そう、手を合わせて謝るリサ。
その顔を見て、竜輝はふふと笑う。リサの真剣な顔を見るのが楽しいのだ。
「竜輝君なにそれ」
そう、リサが笑う。その時点で自身の失態に気づく。
竜輝は慌てて口をふさぐが、時すでに遅し、リサはくすくすと笑っている。
「竜輝君の笑顔を見るの楽しいな」
そう笑うリサの姿。
「田島さんの笑顔が一番美しいです」
竜輝が照れながら言う。
軽く気まずい雰囲気になる。
それは粧裕がまた、「私を話に入れてください」と叫ぶまで続いた。
その粧裕の顔は嫉妬にまみれていた。
そして食事を終えた所で将棋をすることとなった。
指導対局だ。
「今日の手合いはどうする?」
竜輝はさゆに訊く。すると粧裕は、「平手でお願いします」と言った。
一見したら、無謀な挑戦ではある。
しかし、粧裕もアマ強豪の実力者。多少実力を出してもすぐに押しつぶされるなんてことは無いだろう。
その将棋は中々白熱した戦いになった。
竜輝が手を抜いているから、それも確かだ。
だけど、粧裕の攻めは的確で、細かい攻めなのに、繋がれる。
竜輝の目には、粧裕の手の弱点、その瞬間に粧裕の陣営に隙が出来ている事気が付いていたが、あえてここは真正面から受けていく。
咎める手に対しては感想戦で教えてやればいい。
そして、攻めを真正面から受けていく。
厚みで、粧裕の攻めを受け止める。
竜輝にとって指導対局は得意ではない。
とりあえず、勘でやっているだけだ。だけど、そんな竜輝の指導をありがたいと思ってくれているはずだ。
将棋を嗜むものとして、プロ棋士という物は、崇高なる物なのだから。
だが、そこで竜輝に雑念が起きる。
正直、指導対局を行っているのに、こんなことを考えてはいけない。
将棋に熱中しないといけない。
それは分かっている。
将棋を仕事としている人として、将棋中に雑念が入ってはいけないことは分かっている。
だが、自分を見ている、リサの存在は無視できなかった。
リサは、頬杖をしながら、自分たちを見ているリサの存在に気が付いた。
楽しそうに竜輝たちを見ている。
その姿はほほえましい物だ。かわいい。
ああ、くそ。
竜輝にはわかっている。今自分が将棋を指している身として考えてはいけないことを考えていることを。
そもそも、将棋とは心体技ならば、心の部分が強い。その日の気分によって、色々と変わっていくのだ。
勝てるかどうかが。
だから対局日前には早めに寝床につく。
食事も消化がいい物を取る。
それだけ、棋士にとって将棋という物は神聖なものだ。
だのに、今の竜輝はだめだめだ。
(ああ、もう、緊張するでしょ)
ただ、分かっている。
リサが見ているのは自分ではなく、妹である粧裕の事であると。
それが分かってるのに、なぜここまで緊張してしまうのか。
雑念を追い払うように。将棋盤に全集中を向ける。
そして、段々と攻めを受け流していく。
そして、全ての攻めを受け切って、最後は粧裕に「参りました」と、投了させた。
まっとうから粧裕の攻めを受け潰した形だ。
「ふう」
竜輝はため息をつく。その時には既に竜輝の体力はかなり削られていた。
勿論将棋の疲れではない。
好きな人が自分の将棋を見ているという面でだ。
「やっぱり、立花さんすごいです」
そう、粧裕は呟く。
「まあ、竜王ですから」
そう、竜王足る物、強いのだ。
そして感想戦を始めた。




