第七話 兄弟子
幸せ。その気持ちとほぼ同時に、今日はもう将棋の研究に熱が入らないだろうと思う。
幸わいしばらく対局日はない。今日は残りダラダラして過ごすかと思った。
「あ、でも」
そう言えば今日は佐山八段の将棋がある。
兄弟子だ。
一応奨励会に入るためにはプロ棋士に弟子入りを認めてもらう必要がある。
その師匠は基本的に誰でもいい。ある者は、交流のある棋士に、ある者は通っていた将棋道場などの推薦。ある者は尊敬する棋士の元。様々な形がある。
だが、師匠制度はあくまでも、奨励会に入るのに必要なだけだ。名前だけ貸してもらって、その後はほぼ関係ない赤の他人当然になるケースもある。しかし、竜輝が弟子入りした一門、中山一門は互いのつながりが熱い物になっている。
ちなみに師匠の中山健九段(元棋聖)は竜輝の叔父である渡辺と親睦の深い棋士である。
佐山八段とはそこまで親しい訳ではない。しかしずっと面倒を見てくれていた。彼にも将棋を教えてもらったものだ。その時はしっかりと勉強させてもらった。
佐山八段の将棋。恐らく今は終盤に入りかけている所だろう。
それを見たいのだ。
人の将棋を見ることも将棋の勉強につながってくるのだ。勿論今日はあくまでもぼーとしながら見るつもりではあるが。
テレビをつけ、中継サイトを見る。
結構な熱戦だ。
将棋の勉強はしないものの、これを見て、ボーとしながら将棋のことを考えながらボーとしようと、竜輝は思った。
終盤戦の熱い局面だ。
こういうのを見たら、自分も読みたくなる。
これは、3七銀以下詰みそうに見えるが、恐らく詰んでたとしても、十一手以上はかかりそうだ。
だが、恐らく対局相手の、水谷八段はその罪を理解しているのだろう。
だから長考しているのだ。
軽く銀を埋める手がまず考えられる。
しかし取って取られた後に、桂馬を跳ねられる手がある。
その手は放置するよりも、さらに厳しい局面にあるから無し。
一番ありえそうなのは玉を先に逃がそうとする手だ。
玉の早逃げ八手の得ありという格言がある。
玉を逃がす一手で八手も得するという物だ。
こちらの方がまだ、受けが効きそうな感じがする。
玉の早逃げ八手の得のように八手も稼げないかもしれない。
ただ、少なくとも二手は稼げそうだ。
だが、それも指さないとなれば、さらに難しい手を読んでいるのだろう。
「っ考えすぎか」
頭をいっいにフル回転しすぎて、疲れてきた。
そう言えば今日は見るだけにしようと思ってたんだった。
対局者の立場になって考えようとしているわけじゃない。そしたら糖分がいくらあっても足りるものではないのだから。
本来なら、将棋盤を前に、駒を動かしながらじっくりと考えたい。
しかし今は脳内でしかできない。
実の所、脳内で動かすのも中々体力がいる。将棋盤を前にして考えるよりもだ。
これはまさに筆算と暗算の違いみたいなものだ。
「これや、まるで仕事だな」
将棋棋士の仕事の中には、将棋盤を前に新しい定石を探したり、詰将棋を解いたりするのも、仕事の一つではあるが、今はそんな感じではなさそうだ。
頭を酷使したからか、少しふらふらとしてきた。
「僕は……」
将棋が好きだ。先ほどは上手くしゃべれなかった自分への怒りをエネルギーとして研究していたから、あまり楽しくなかったが、今はかなり楽しい。
「将棋仲間か」
将棋が出来る人なら、友達にふさわしいのだろうか。
だが、竜輝はすでにプロだ。彼に似合う対局が出来る人など、この世に数少ないだろう。いとこの凛くらいだ。
まともに、戦えるという条件に加え、竜輝が自分から仲良くしゃべれるという点を含めてだが。
まず竜輝にまともに話せる人が少ないのだ。
「まずは明日だよな」
明日は将棋が出来る人。つまり、田島さんの妹と一緒に対局が出来る。
どれくらいの実力かは知らないが、自分と興味が合えばいいな。そう思う。
竜輝には将棋仲間は少なく、実質一人しかいない。
だからこそ、将棋仲間を増やしたいのだ。




