第30話 遅刻
学校につくと、
「竜輝君遅刻だよ」
そう、リサが言いながら笑う。
「竜王さんも遅刻することがあんのかあ」
なんて幸也が笑う。
「何かあったの?」
そう訊く、リサに対し、「ただ夜更かししただけだよ」と答える。
「でも、珍しいわよ」
遥が手に持っていた飴を机に置きながら言う。
「遅刻ゼロじゃなかったっけ」
「欠席は何度かしたけど、遅刻は初めてです」
そう答えた。
遅刻をしたことがないという、自慢ポイントが破られてしまった。
そもそも、自慢ポイントとは何だという話ではあるが。
「ショックです」
竜輝がそう言うと、「仕方ないよ」なんて言っておどおど敷く遥は笑う。
「だな、いつも忙しいもんな。休み時間に本に読んだりとか」
「まあ、詰め将棋を解かないと、感覚忘れそうになりますから」
そして授業が始まった。竜輝が到着したのはもう四限目の始まる直前だったのだ。
授業。竜輝は真面目に効く。
その授業を聴いていて、竜輝は少し楽しいなと思った。
竜輝にとって、授業への理解が深まってきている。
佐山との対局まであと5日だ。
たったのいつか。だけどその前に明後日に別の棋士との対局がある。
それに対する準備も怠ってはいけない。
竜輝は、ノートをすらすらとかきながら脳内の、将棋を進めていく。
そして授業が終わった後、竜輝は机に顔をうつぶせた、
眠気が急にやってきた。一応前日は三時には睡眠についていたため、実質睡眠時間は、八時間は寝ているはずだが、昨日夜遅くまで脳を酷使したのが効いたのだろうか。
「竜輝君、寝ちゃったね」
そう、リサが小声で言う。相手は遥だ。
「そうねえ、疲れてたのかなあ」
遥がそう言って、竜輝の顔を見る。
「いい顔だよね」
リサが言う。その言葉に遥も頷く。
「凛ちゃんだっけ、あの子は竜輝君の寝顔をいつも見てんだよねえ」
遥が言うとリサも頷く。
「ねえ、リサ」
「なあに?」
「リサって竜輝君のことどう思ってるの?」
「え?」
リサは目を見開いた。
「好きなの?」
「好きとかじゃ」
慌てて手を振る。
竜輝とはただの親友だと思ってる。
「ふうん」
遥はそう言ってその場を後にする。遥は知っているのだ。竜輝のほんとうの気持ちを。
そして、一言呟く。
「そんなんじゃ私が貰っちゃうよ」
リサに聞こえないように。
無論、リサに渡すつもりなどないのだが。
遥にとって、将棋は自分の人生そのものだなんていうつもりはない。ただ、将棋というのに憧れを受けたのは中学生の時だった。中学生の時にたまたま見たNHK杯戦。そこに、たまたま自分で同年代の男子が出ていた。
そして、彼が繊細な差し回しで、玉をつめていた。
その時の姿が正直かっこよかったのだ。
その時の話はリサには話さなかった。
リサの事が嫌いだったわけではない。自分の胸の内に置いておこうと考えていたのだ。
★
「ん」
竜輝は目が覚めた。そして、自身の髪の毛をかき上げ時計を見る。すると時刻はもう、14時半だ。授業が開始している。
竜輝は真っ直ぐ目の前を向く。数学の授業だが、既に解説が開始されているからあまり良く分からない。先生は一体何を言っているのだろうか。
全く分からなかった。
竜輝はリサの顔を見る。
すると、驚きのジェスチャーをし、机の中でこそこそと、作業をする。
竜輝はそれを見て、自身のスマホを見る。そこには『起きたの?』というメールがあった。竜輝はそれに対し、『うん』と返す。
そして、軽く伸びをして、『授業、よく分からない』と返す。
『後で解説してあげるわ』
その言葉に『ありがとう。お金は払います』と言った。
すると、目がマネーの形になっているイラストが送られてきた。
竜輝は目の前を見る。今が14時40分。いったいどれだけ寝ていたのだろうか。
計算してみると、途方もない事になる。
今日はほとんど授業を受けられていない。これならば学校に来なければよかったとさえ思う。
だけど無駄には終わらない。なぜなら今日もリサに会えるからだ。
リサに会って癒しを貰おう。
そして竜輝は放課後リサと勉強会に向かった。ここ一週間程度対局がなかったから、新鮮だ。
リサを目の前に教科書を開く。
「今日の生物の授業はね――」
リサの解説が始まっていく。
それが終わった後、竜輝はリサに軽くため息をこぼす。
「リサさん、ちょっと僕の愚痴を聞いてもらってもいいですか?」
その言葉に興味深そうにリサが「聞かせて!!」と、笑顔で言う。その笑顔に癒されながら、「実はですね」と、話を開始する。
その話の内容は、勿論佐山に対してだ。
佐山を破らなければ新たなタイトルは取れないかもしれない。
いや、そもそも今壁として、立っている。
確実に次負ければ棋聖のタイトル戦には確実に出られないという未来が待っている。
それに、実は佐山は竜王戦でもいいところまで言っているのだ。
勿論、決勝トーナメントはまだ始まっていないから何とも言えないが、もし佐山が挑戦して来たら。
佐山に対して、勝ちきれる自信はない。
それも、タイトル戦ともなれば七局中四局は勝たなくてはならないのだから。
今思えばだいぶ無茶なことを言われていると、竜輝は思う。
この先、佐山の脅威におびえなければならないのか。
そう思うと不安なのだ。
「急にこんなことを話してすみません」
竜輝はまず謝る。
いきなりの話で、リサも混乱しただろう。
「急じゃないよ。それに大丈夫。竜輝君が不安な事、わたしはしっかりとわかってるから」
そう言って朗らかな笑顔を見せる。
「その笑顔で少し癒された気がします」
「そう? ならどんどん癒されて?」
リサがそう言って笑顔を強める。しかし、
「少し、ですけどわざと感が出てきました」
「なによそれ」
リサが竜輝の背中を叩く。
それに対し、「何なんですか」と言って竜輝もまた笑った。
「わたしはさ、竜輝くん頑張ってると思うよ」
「がんばってても勝てない相手なんですよ」
まだ短いプロ生活の中でもう9個の負け越しをしているのだ。
一年に三個の負け越しをしている計算になる。
嫌に当たるし、その中で流石に負けすぎている。
負けるの怖いのだ。
「竜輝君さ、自分に言い聞かせてみてよ」
「言い聞かせる?」
どういうことか、すぐには理解できない。
「暗示だよ。怯えてないで、絶対に勝てると自分に言い聞かせるの。そしたら、竜輝君の持つ苦手意識がなくなると思うから」
「そうかな」
「そうだよ。ビビってるから、怖いんだよ。ビビらなかったら怖くない」
竜輝はその言葉に、口つぼむ。
「大丈夫。竜輝君は絶対に勝てるよ」リサが竜輝の手を取る。「私がついているから絶対に大丈夫!!」
そして、リサの激励を受けた竜輝は、少し気分が好調した。




