第三話 帰路2
「じゃあ、明日からよろしくお願いします……お金増やしますから」
「いや、それはいいよ。もう十分に貰ってるからさ」
「は、はい」
竜輝にとってお金はいくらでも払ってもいいのだが、ここは大人しく優しさに甘えておこう。
「そう言えば、今日はありがとうございました。勉強、分かりやすかったです」
「いえいえ、どういたしまして。ていうか、今?」
「いえ、言うのを忘れてたので」
「ふふ、そうねえ。……あ、私この道だけど、立花君もこっち?」
「まだしばらくは一緒ですね……」
「そう……」
会話がなくなってしまった。
コミュ障である竜輝は、途端に心配になった。
今自分は田島さんに迷惑をかけてしまっていると。
この気まずい空気を打破しなければいけない。
その思いで小考ののち、竜輝はついに思いついた。
会話のネタを。
「そう言えば田島さんって、妹がいたんでしたっけ」
妹がいるという話を聞いたことがあるのだ。
「ええ、いるわよ。でも、まだ中二だけどね。……あ、でもあの子将棋知ってるんじゃなかったっけ」
それも知っている。「あ!!」急にリサが頭を抱える。
「大丈夫ですか?」
途端に竜輝は心配した。
「いえ、ね、代償をお金でもよかったけど、妹に将棋を教えるという条件にしてお良かったねって」
ああ、ずるい人だ。そう言われたら教えるしかないじゃないか。
竜輝は数秒黙り込んだ。
これは、一種のおねだりだ。これを受け入れることは少しあれだ。何しろしてやられた感じがあるから。
だが、竜輝には拒むという選択肢がない。
「今度教えますよ」
いいように使われたとしても、リサ|《好きな人》に使われるなら別に構わない。
「僕が将棋を教えましょう」
「やった!! じゃあ、お金は――」
「いえ、……その代わり僕の学園生活をもっといいものにしてくれませんか?」
「いいものって?」
「僕のコミュ障を直してくれるって言ってませんでしたか?」
「そうだね。分かった。じゃあ、明日からよろしく」
「はい……!」
そして竜輝たちは最後の十字路の前で分かれた。
そしてもう一つ大きな事実が明らかになった。
二人の家はとてつも無く近かったのだ。
そう、まさに同じマンションの別室だった。
「奇遇だね」
「……うん」
流石に漫画とかのように隣の部屋では無かったが、思った以上の近さにびっくりする。
(なんで僕は今まで気づかなかったんだろう)
そう、彼はため息をつく。知っていたら色々とやりようはあったのに。
「まあ、でも。これでやりやすくなったじゃん。いろいろ」
「いろいろ!?」
竜輝は思わず目を見開く。
「将棋の事とか、勉強の事とかね」
「そう言う事ですか……」
確かに同じマンションなら、すぐに行けるし、将棋も教えられそうだ。でもそれは、家にお邪魔したりすることで。
「じゃあ、また日程とか決めましょう」
「それなんだけど……日曜って対局なかったよね?」
竜輝の次の対局日は九日後だ。
日曜日は対局日前でもなければ対局日後でもない。
「大丈夫だと思います」
「じゃ、その日に私の家に来てよ」
その発言に竜輝は動揺が止まらない。
勉強会が出来ただけでもうれしい事なのに、早速家に行くのか。
「あ、でもそっか。……あの子、将棋部は行ってるものね。将棋部の方に行ってもらった方が良いか……」
竜輝の行っている学校は小中高一貫校で、妹もその中学に通っている。そのリサの発言に思わず、竜輝は声を発す。
「両方でもいいですよ。ちょうどテストも近いですし、日曜日に家に行って、そして将棋部の日に僕が行けば……」
(これ、僕がただ行きたいだけってのばれてないよね)
竜輝は途端に心配になる。
「分かった、そう言う事で」
どうやら大丈夫だったようだ。
「ならそう言う事で」
「うん」
そして、日曜日の約束を交わし、竜輝とリサはその場を離れた。
★
「うわああああああああ」
家に帰った後、竜輝は枕に思い切り叫んだ。
「僕が、日曜日に、田島さんの家に??????」
現実の出来事だと、まだ理解が出来ない。
外面は保っていたが、内心は動揺しまくりだ。
自分が日曜日に、好きな人の家に行くって。
今日も今まで考えたこともなかった幸せな時間だったが、日曜日はもっと幸せな日になる。そうに決まっている。
平常心でいれるのだろうか。
好きな人の住む家に入って。
「ああ、僕はどうしたらいいんだ」
日曜日までまだ三日ある。
それまで、どう取り繕えばいいんだ。
「仕方がない」
彼は軽く考えたのち、昨日の将棋の研究をすることにした。
秘儀、別のことをすることで、精神を落ち着かせようとする技だ。
昨日の将棋をAIにかけ、昨日の将棋を振り返る。
AIによって好手、悪手が顕著に出るのだ。
人間は九年前にAIに完全敗北した。当時の最強の棋士である岩井名人が負けたのだ。
それからAIの進化は続いている。
竜輝ももうAIには勝てないだろう。
無理もない。人間は一人の一生しか生きれないが、AIは全棋士のデーターを売る気から集めることが出来る。
故村谷永世名人から今の長谷名人まで全部のデーターが見れるのだ。
もはや人間はAIの弟子にならなければならない。
AIに迎合するか否で今のプロ棋士の実力は変わってしまうのだ。
「はあ、だめだな」
圧勝は圧勝だ。
だが、五七手目、圧倒的な決め手があった。それをさせていれば、もっと楽に勝てたはずだ。
さら八七手目に一瞬評価値が下がるような悪手があった。もしそこで水上が最善手をさせていたら、ほとんど竜輝のリードはなくなってしまう。そんな危なげな一手だった。当然、その最善手は人には指しにくい手ではあった。馬という貴重な駒ををただ捨てする一手だから。
(くそ、こういったミスをなくして行かないと、つよくはならない)
現実も大事だが、将棋も大事だ。
いつか、最強の長谷名人や岩田二冠に勝ち、他のタイトルもがんがんと取って行かないと。
浮かれてはいけない。
現実も将棋もまだまだこれからなのだ。




