第27話 指導対局
そしてそこから、せっかく来たのだからと、将棋を教える事となった。
それに対し、将棋部員はみな大喜びだ。
そして竜輝は早速一人の男子生徒と将棋を指す。
その生徒は眼鏡をかけていて、一般的な男子中学生と言った感じだ。
「平手でお願いします」と言った彼と二人、将棋を指していく。
勿論本気を出せばたやすくねじり伏せられる。だからこそ、定石形を指していき、そこからはとにかく待機し相手の出方を探る。
その姿をリサは黙って見守っている。
(角換わりの定石系には組んだけれど)
手待ちの応酬だ。
手待ち、一手パス。
将棋という物は完璧な陣形という物が存在する。そして、出来るならばその陣形を崩さずに戦いに持っていきたいところだ。
だから、将棋という物は、相手にいかにその理想形を崩させるかという勝負でもある。
竜輝が変な手を刺して、陣形を緩めたすきに猛攻を仕掛けようという事だろう。
竜輝はその作戦に会えて乗る。
飛車を一つ浮く。
この一手で竜輝の陣形には大分隙が出来る。
今は打てないが、そのタイミングが来たら角を打たれる。
そして陣形を荒らされる恐れがある。
だけど、これは指導対局だ。
敢えて呼び込み、そしてその責めを不利な状況から無理にひっくり返してやろう。そう、竜輝は思う。
「立花さん」
男子生徒――長谷場達樹は口を開く。
「将棋のプロは忙しいですか?」
唐突な質問に口をぼんやりと開く。
急でびっくりした。
しかし、達樹的にも気になるのも当然だ。
「忙しいですよ。忙しいと言っても、精神的なものが大きいです。結構将棋の対局がありますから、またですか、みたいになります」
「というと」
「1週間に一回程度、将棋盤の前で12時間ほど考えなければならない、というのは毎週テストを受けなければならないことと同じと言えばわかりやすいでしょう」
事実。毎週自分の伸展を図るテスト。それを毎週受けなければならない。それに失敗したらその科目は強制的に敗退。そう考えればいかにしんどいかが伺えるだろう。
「だから、肉体的にというよりも、精神的にしんどいんだ」
「なるほどっすね」
桂馬をはねる。
「将棋を指すだけだから、楽だと思われがちだけど、実はそうではないんだ」
そう言って銀を桂馬の先から逃げる。
「興味深いっすね」
そう言って角を打つ。
飛車を狙いつつ、真の狙いは銀だ。
銀をはぎ取り守りを薄くしてそこから猛攻を仕掛けようという事だ。
「将棋棋士になって後悔してますか?」
「いいえ、僕は後悔してませんよ」
そして、竜輝は達樹の果敢な攻めをぎりぎりで受け止めていく。
ギリギリ。本当にぎりぎりだ。少しでも間違えたら受け潰される。
しかし、達樹の将棋はまだまだだ。多少不利になろうが、逆転できる力は竜輝にはある。
「立花竜王。少し相談聞いてもらっていいですか?」
そして、竜輝が達樹の攻めを受け止めている間。達樹が口を開いた。
「何でしょう」
竜輝はおずおずと言った感じで応える。
「俺。田島部長の事が好きなんですよ」
その言葉に、竜輝は文字通り吹き出しそうになった。
無論飲み物を口に含んでいるわけではないので、口からは何も出できやしなかったが。
「そ、そうなんですか」
別の場所で将棋を指している粧裕になにか感づかれたりしなかっただろうかと、竜輝は軽く心配になったが、彼女の様子を見ていると、そんな感じはなさそうだ。
そのことにほっと胸をなでおろし、
「それは一体、どういう訳で」
そう続ける。
「俺は部長に誘われて将棋部に入ってきたんですよ。その時の初対局の時の彼女の堂々たる差し回しに惚れましてね」
「そ、そうですか」
これはどういった話なのだろう。
そう思いながら彼の話を聞き続ける。
「そして、将棋で勝った時に笑顔で笑う彼女に惚れました」
竜輝は頷く。
そして、「気持ちわかるよ」と言った。
勿論竜輝は粧裕の事が好きなわけではない。
しかし、その姉であるリサの事が好きだ。
その気持ちわかる!!だなんていうと少し違うかもしれない。だけどそこに大きな違いは存在しないと、竜輝は思うのだ。
「もしかして竜王も」
「違うよ。僕はリサさんの事を」
「てことは、姉の?」
竜輝はそれに静かにうなずいた。
「なるほど、そうっすか」
「内緒にしといてくださいよ」
竜輝がそう小声で言うと、「分かってますって」と、笑顔で言った。
「二人の秘密です」
その言葉に竜輝は静かに唾をのむのであった。
そして対局の方は中々互角の形勢が続いている。
竜輝が中々達樹のられていない状況だ。
否、竜輝にとって所と頃の緊張が影響をし続けている格好だ。
だけど、竜輝としてもいつまでもやられっぱなしでいるわけにはいかない。
そろそろ見せつけなくてはならない。プロとしての実力を。
「話しすぎましたね」
竜輝が言うと、竜輝の指し手が早くなる。
将棋のプロと言えど、必ずしも全員が早指しが得意なわけではない。
竜輝はまだプロとしての経験が浅いが、スタイルとしては長考派閥に入る。
先ほどまでは他の事に気を取られ中々集中できなかった。
だけど、今は別。
竜輝は駒を持つ手に力を入れる。
そしてずんずんと指していく。
手に油が乗っていく。
そのまま竜輝は果敢な攻めを繰り広げていく。
そして竜輝不利だった局面は。あっという間にひっくり返されていった。
竜輝有利の局面へと。
あっという間の寸劇だった。
一瞬でひっくり返された局面に、何ももう、達樹はただその局面を見ることしtか出来なかった。
「負けました」
達樹は終局図を見て、気持ちを落ち着かせ、行った。
目の前の光景が今起きている事実だとは受け入れられてない様子だ。
竜輝はその顔を見て、瞬時にメンタルケアをしないといけないと感じた。
これで心をおってしまったらいけないのだ。
「指し回し自体上手かったですよ」
そう言われても達樹にはただの強者の余裕にしか見えなかった。
達樹は思ったのだ。
これがプロの男なのだと。
その気弱そうな外見からは全く予想だに出来ないその実力。
それを前に立つ気は乾いた笑いをした。
「すげえ、田島部長よりも強い人間がこの世にいるなんて」
そして、感想戦に突入した。
竜輝は分かりやすくを心影て、どこが悪かったのかなどを教えていく。
それを、真面目に効く達樹。それを見て竜輝は強くなるなと、思った。
普通に考えてだ。竜輝もプロであると同時にまだ高校生だ。
年も二歳ほどしか離れていない。
そんな人に将棋を教えてもらってもそれを嫌がる人間もいるのだ。
人の教えを真面目に聞くというのも。強くなれる人の第一特徴なのだ。
「なるほど、勉強になりました」
指導対局が完全に終了した際、達樹は元気よくそう言ってのけた。
その言葉に、竜輝は軽く満足したのち、
「君は強くなれるよ」
と言った。多少中二感のある言い方だったけれど、その言葉に満足したのか「はいっ!!」と、達樹は元気よく言った。
そのまま色々な生徒の将棋を見ていく。結局2時間。三人の生徒を見て終了した。
「劇、参加してくれますかね」
「大丈夫よきっと。竜輝君パワーで何人か参加してくれるわよ」
そう言って拳を握り締めるリサ。
「心配なの?」
「心配ですよ、そりゃ」
「最悪四人でも出来るから。まあ、人数が多い方が劇の多様性は増えるけどね」
「はい」
竜輝は頷く。
竜輝が身に持っている恐れ。それはどこまで行っても、将棋部の面々を仲間に加えたと手、演劇初心者だという事。
それに竜輝自身も暇ではない。
研究もしなければならないし、リサに勉強を教わらなくてはならない。
対局日も狭くなっている。後なのかで佐山との対局だ。
負けるわけにはいかないのは当然の事だが、それでも苦手意識がある。
その答えを導き出さなくてはならないのだ。
竜輝にとって将棋は命の奪い合いだ。負けた時の悔しさはもう、たまったもんじゃない。
だからこそ、勉強をし続けないといけないのだ。
「でも」竜輝はふと思った。「達樹君はもしかしたら入ってくれるかもしれません」
そう竜輝は一太。あの感じだと、粧裕が演劇に参加するという事は、そんな彼女が好きな達樹も入ってくれるはずだ。
「たっちゃんから快い返事を貰ったんですか?」
粧裕が言う。
「たっちゃん……」
そう軽く竜輝は反芻し、
「たぶん入りそうかなと」
「やりましたね」
粧裕はそう言って笑う。
そのまま、帰路についた。




