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「ほら、さっさと選んじまえよ。どうせ買い物で長くなるより話が脱線して長くなるんだし」
「急かさないでよ。脱線事故の復旧作業は急いでやっても意味ないんだよ」
「なら事故んなや」
絶対乗りたくねぇよ、そんな車両。
それはそうと肝心のパソコンだが、これだけ数ありゃ姉さんみたいなタイプにとっては決めるのも一苦労だろう。
姉さん個人のパソコンとは違うが。
軍隊の如く規則正しくズラリと並ぶ商品の群れだが、新品の家電製品がこうも目の前にあれば、買う気がなくとも見て回るのが楽しいのはわかる。
が、デートでもないのに長居は無用だ。
「んで、群青色のが欲しいんだろ」
「うん、そうだよ」
色で括るだけで大分絞れた気がした。
パソコンだけでもこれだけ多くあるのだし、その中から群青色のものだけに絞っただけでも効果はあるだろう。
そもそも、姉さんの求める群青色のモデルが果たしてあるのだろうか。デスクトップではそんなイメージはない。
「ちなみにノートパソコン、でいいんだよな?」
「そう、ノートパソコンだよ。デスクトップだと大きくて重たいと思うし、ノートパソコンの方が使い慣れてるから。自分たちの部屋に置くんじゃないしね、家事代行の人たちも使うんならノートパソコンの方が邪魔にならないし使いやすいからね」
「ノートパソコンの方が色のバリエーションもありそうだしな」
ノートパソコンは薄型で持ち運びも可能なわけで、自ずとカラーバリエーションが豊かになる。
求めるものは普通の青ではないが、これだけ大型の店でなければ別の家電店を回る、というのは面倒や話だ。
「そもそも群青色ってピンポイント過ぎじゃないのか? あれば越したことないけど、妥協して青系統の色にしてもいいんじゃないのか」
「だめっ! ここは譲れないよ、どうしても」
姉さんは首を縦に振ってはくれなかった。
妥協じゃなく理解してほしいというのに。
「随分とこだわってるな。フェイバリットカラーに対して」
「そりゃそうだよ。拓弥だって何かこだわりのある物事に対してそう易々と妥協できる?」
「そう言われると……」
返す言葉もない。
姉さんの口から正論、かなりの驚きなのだ。
普段からこんなまともな人なら、俺の日常はさぞ豊かなものになっていたであろう。
「……あるといいな、群青色」
数秒程の間を埋めるように俺は相槌を打ったのだが、姉さんの目線が既に俺以外の者に向けられていた。
「あ、すいません。このノートパソコンなんですけど、カラーって何種類ぐらいありますか?」
驚くことに、姉さんは近くをたまたま通りかかった店員を捕まえていたのだ。
しかも、機能やメーカーなどよりあくまで色に拘った訊き方だ。
「おい、マジで色だけで決める気かよ?」
「えっ、いけない?」
「いや、いけないって……もっと重要なポイントあるだろ。機能とかメーカーとか、それから値段とか」
「うーーん……、目立つところに並んでるってことは、きっと最新のだよ。それに、予算内で済むなら値段は特に気にしてないし」
眼鏡をかけた中年男性の店員さんも、これには苦笑いを浮かべていた。
その店員さんは「どのようなカラーをお望みでしょうか」と、慇懃だ。
やはり接客業は骨が折れるのだうろ。
「色にこだわりがあって、今私が着てる服と同じ色のが欲しいんです」
さんは左手の親指と人差し指で群青色のカーディガンの一部分を摘むようにしてその場でハタハタと靡なびかせた。
群青色ってストレートに言えばいいものを。
「この色ですと、ウルトラマリンですかね?」
「ああーーはい、そうですかね」
確か、誰かが言っていた。
白って二百種類あるとかないとか。
青にもあるんか……。
「このモデルでしたらウルトラマリンブルー、ございますよ」
「えっ、本当ですか!?」
「こちらのモデルですがカラーバリエーションの豊富さも魅力となっておりますので、よろしければご覧になられますか?」
「はい、是非とも!」
ハツラツな二つ返事で笑みを浮かべる姉さんに、店員は「では、少々お待ちください」と言い残し足早にその場を後にした。
「なぁ、姉さん?」
「何?」
「ウルトラマリンって?」
玲亜姉さんと店員との会話が綺麗なまでに成立していたことからウルトラマリンなるものが何かの隠語や造語の類ではなく、そしてネットスラングでもないのがわかる。
どうでもいいはずなのに、その場で一人だけ取り残されたかのような気分になり、それが嫌になったんだと思う。
「もしかして知らないの?」
「"青色"ならわかるよ。でも俺、青色専門家じゃないんで」
「ウルトラマリンっていうのはね、群青色のことだよ」
「英語で群青色のことをそう言うのか?」
「まあ、一応ね。そもそも、『群青色』って言葉も『ウルトラマリン』の訳語として使われてるみたいなんだよね。あ、正確には違うかもしれないけど」
「曖昧なんだな」
「不正解とも言い難いかもね。でも、ウルトラマリンって一言で言っても種類も多くあるんだよね」
なるほど、だから店員との会話で姉さんは喜ばしくも渋々みたいな表情だったのか。
それにしても____、
「なんか、ウルトラマリンって聞くとウルトラソウルみてぇだな。B'zみたいで親近感湧くかも」
「B'z好きだもんね……。できれば私たち声優アーティストの曲も聴いてくれると嬉しいけどなぁ〜」
「声優アーティストがアース・ウインド&ファイアーみたいな曲出したらまあまあ聴くと思うよ」※
「ごめん拓哉、ウルトラマリンよりも聴き馴染みない言葉出てきたよ……」
◆
紙袋を両手に持ってご機嫌に鼻歌を飛ばす玲亜姉さん。
「いやぁ〜〜、良い買い物したね!」
「今さらだけど自分用のパソコンじゃないのに随分と嬉しそうだな」
「あはは、私の部屋のパソコンちゃんもウルトラマリンなのよね〜。なんとなくお揃いというかさ」
この人の部屋の情報興味ないし知りもしないのでウルトラマリンが既に置かれていることも知らなかった。
それはそうと腹が減った。
昼飯を食べるのに丁度良い時間だ。
「そういえば、新しくできたラーメン屋ってどこにあるんだよ」
秋葉原にも飲食店は多く、ラーメン店数も多い……と聞く。
老朽化が原因で既に閉店したと聞くが、某二郎系ラーメン店も秋葉原の街中にあったようだ。
あとは家系とか、安いチェーン店なども探せばあるだろう。
「それなんだけどね、この上よ、上!」
「上? あっ、レストランか」
大型の家電量販店だが、この大きな建物の全フロアが家電量販店というわけではない。
現在地は一階だがフロアガイドを見ると量販店となっているのが六階までで、七階より上、ついで地下も含めて別のフロアとなっている。
よく見てみると、建物の八階がレストランのフロアだった。
「ここにラーメン屋入ってたんだな。知らなかった」
「うん、私も知ったのほんと最近よ。仲の良い声優の子がラーメン好きでさ、教えてくれたの」
「……姉さん、仲良しの声優とか普通にいるんだな」
「お姉ちゃんのこといじめないで……、お目目からウルトラマリン流れるよ」
「涙に色はないだろ」
白にも青にも種類があるのだからもしかすると透明という概念も奥が深いかも、とか思っていると。
「ところでこの建物、トイレって一階にはないんだな」
「うんとね……三階以上だね」
フロアガイドを確認すると、細い線で隔たられた男性女性のピクトグラムが三階以上のフロアに表示されている。
一階、その上の二階にはない。
これだけ大きく広さもある建物で一階にトイレが設置されていないのは何故なのだろう。
売場スペースの確保とかか?
「ちょっとトイレ使いたいから三階寄るわ」
「じゃあ私もお手洗い寄ろうかな」
ここは都内でも最大クラスの家電量販店。
故にエレベーターもあるが、エレベーターとは待ち時間があるものでこれが不便だ。
我慢ができない爆弾を抱えているわけではないがさっさと済ませてしまった方が間違いなく良いわけで、エレベーターではなく常に自動で動くエスカレーターを選択したのは無難だ。
爆弾の導火線に火は点いているが長さには余裕がある。
でも待ち時間は嫌だし、二階分上に移動すれば済む話。
「ところで拓弥? 二郎系とつけ麺だとどっちの気分?」
幾度となく客を上まで運んできたであろうエスカレーターが一定の速度で動く中、玲亜姉さんはふと訊ねてきた。
「ここ、二郎系あんの?」
「みたい」
「姉さん、二郎系とか食うの? 俺はたまに食うけど」
「ぜんぜん食べないけどちょっと興味あるし。それに二郎系ってなんとなく女性一人だと入りにくいし、拓弥と一緒なら行けるかもって」
「ああ、なるほど……」
女性でも入りやすい感じの店もあるにはあるようだが、それでも玲亜姉さんのようなタイプにはハードル高いだろうな。
なんなら性別に関係なく、行く気にもならない二郎系も少なくない。
ラーメン店は都内に限らず全国津々浦々にあるが、二郎系と家系は何故SNSの使い方がハズレの店が多いのだろう。
「ほら、三階だよ」
重い老けていると、もう三階だ。
やはりエレベーターを待つよりエスカレーターで移動したのは正解だ。
ありがとう、エスカレーターよ。
「お手洗いはあっち……ん?」
俺より少しだけ前を歩いていた姉さん、突然歩みを止めた。
目を細め訝しげになり前方に視線を送る横顔に落ち着き「どうした」と声をかけた。
「なんか……人集りができてるんだけど」
俺も姉さんと同じくその人集りがある方に視線を送る。
確かにそこには疎ではあるが人集りができていて、その先に立ち入りを封じるように黒のポールと赤いベルトのパーテーションが設置されていた。
「何かしら、あれ?」
自然と人集りの後方に紛れ込む玲亜姉さん。
興味本位、と言う他なかった。
疎にできた人集り、その隙間からベルトパーテーションで隔離された部分はレジになっているだが、どうやら今は閉鎖されているらしい。
友人レジのはずなのに店員が立っておらず、代わりにマスクを着けた男性がビニール袋とスプレーボトルと携えて腰を落とそうとしていた。
「なんだろう……床が汚れてるのかな」
たぶん位置的に俺よりも姉さんの方がその様子をよく見えると思う。
男性だが店内に散らばる店員とは着用している制服が異なる。
と言うより、制服ではなく作業服だと思う。
確かに床が汚れているようで清掃作業をしているようだが、やや前にいた玲亜姉さんが青ざめた表情で一歩下がった。
「えっ……」
この人、元々の肌の色は白い方と思うが、なんとなく手に持った紙袋の中身と同じマリンブルーに近付いたような顔色だ。
「どうしたんだよ」
「……リトルブラザー、行くわよ」
「何故英語だ」
玲亜姉さんはその場から踵を返し、レジから離れた店内の奥の方にあるトレイの場所まで早足で向かった。
俺は少しだけ遅れて後を追う。そもそもトイレを使いたくて三階まで移動したわけだ。
ただ、姉さんが青ざめた理由が気になる。
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