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5-3

「うわぁー、たくさんあるねぇ〜」

「そりゃ量販店だしな」


 商品棚の上に規則正しく、綺麗に配置された新品のパソコンたち。

 まるで「俺を買ってくれ」と言わんばかりに己がボディを惜しげもなく露わにしている。

 冬の雪のように真っ白いなものもあれば、日焼けレベルでは済まない真っ黒なものが対をなすようにして隣に置いてある。

 無論、白黒だけが彩っているわけではない。

 完熟したトマトのように粗目もなく染まった赤、やや薄い青、黄色まである。


「そういや姉さん、どういうパソコンを買うかは決めたのか」

「ううん、決めてないよ」

「……んなことだろうとは思ったけど」


 こりゃ、長くなりそうだ。

 見事なまでのフラグである。

 一応飯は奢ると約束してもらっているので、舌打ちは心の中に留めておく。

 ちなみに今回購入するつもりのパソコンだが、玲亜姉さん個人のものではない。

 リビングに置く予定の家族で共通のものだ。

 が、既に一台、リビング用のものはあるのだ。

 俺たち姉弟たちは各々の部屋に個人用のパソコンがあるので、毎週何日か我が家に足を踏み入れる家事代行の人たちがもっと使えるように、と海外の両親から購入費を振り込まれた。

 オンラインで購入も可能だが、玲亜姉さんがプライベートで秋葉原アキバに行ってみたいと買い物に乗り出したわけだ。

 そんで俺も、別に断っても良かったのだが、実は少し気になる店があると噂に聞き、同行したわけだ。


「もうわガッカリしないでよ。デートは長い方が良いでしょ」

「ああ、それな好きな相手との"デート"ならそうだろうな。姉と弟が買い物するのが世間一般でデートなら、同居してるのってもはや結婚レベルなんじゃねぇのか」

「け、結婚って……もうっ、拓弥ったら! こんな店中でいきなり何言い出すの……えへへっ」

「冗談に決まってんだろ。女性声優キモい」

「主語がデカいからねっ!? SNSで主語デカい人とかよく荒れるでしょ? やめなさい!」

「……稲本いなもとさんとこの玲亜れいあさんキモい」

「お願い、やめて……謝るから、女性声優泣いちゃうから……!」


 見ると、本当に泣きそうだ……面倒臭い ()だ。

 ちなみにいうと、俺は仲の良い女子にはまあまあ優しいとは思う。目の前のこれは違うが。


「姉さん、パソコン買うんだから泣くのは後にして早く選ぼうぜ」

「あっ、はい……」


 正直に言えば、パソコンなどどれも同じに見える。

 日常的に使うが興味があるものでもない。

 眺めるのはまあまあ楽しいが。 


「私ね、パソコンの色はもう決めてるもん」

「色?」

「うん。色はね、絶対に"この色"って決めてたんだ」


 玲亜姉さんは自らの身を包んでいる群青色のカーディガンを親指と人差し指で軽く摘み、風など吹かぬその場でハタハタと揺らした。

 家電だらけの空間にミスマッチな薄い生地の波だが、その季節感のないカーディガンの色、どこで売っているのだろうかと思わされる程深い色をしている。


「……姉さん、本当にその色好きだよな」

「そりゃそうだよ。なんてったってこの色は私のフェイバリットカラーだもんね!」


 姉さん曰く、人には誰しも"色"があるという。

 肌や瞳の色ではなく、その人の心や仕草など、人間的な部分が内側から滲み出た色だそうだ。

 ごめん姉さん、やっぱりキモいわ……。

 SNSでやたらビジネス論だの恋愛観だの垂れ流す無個性アイコン集団と大差ない。

 そんな姉さん、私服の時も、無理矢理見せ付けてきやがる声優雑誌の自分のグラビアのページの中でも、この色に身を包むことが多い。

 あおといえば青である。

 しかし、青ではないのだ。

 青という表現が不正解ではないのだが、この色にやけにこだわりを見せる姉さんはきっと自身のフェイバリットカラーをそう言われることを不快に思うだろう。

 青であって青でない、深みのある青である。

 澄んだ湖をイメージさせる涼しさのある水色のような軽さはなく、晴天の空を表すに相応しい青でもなく、深い深い海の底のような重たい圧の中にありながら美しく揺れるような色とでもしておこう。

 紫みを帯びた深い青は、群青色ぐんじょういろと呼ばれるものだ。


「姉さんらしいかもな」


 何が面白いのか、小さく笑ってしまった。


「えっ、そうかな?」


 笑われたにもかかわらず、姉さんは嬉しそうだ。

 自分の好きな色が自分らしいと言われたことに喜びを感じたのだろうか。

 確かに群青色は姉さんらしい色、かもな。

 爽やかな夏の海や若い喧噪に包まれるおしゃれなプール、風に撫でられ小さくはしゃぐ湖、そんな要素は姉さんにはたぶんない。

 深い深い海の底、お日様から届けられた陽の光は水の層で下に下がる度に弱まり、海底はズンッと重く時の流れがゆっくりと進んでいる。

 そんな冷たい世界で泳ぐのは綺麗な海水魚ではなく、珍妙な深海魚だ。

 つまり玲亜姉さんは、涼しげで爽やかな夏の風に長い黒髪を靡なびかせるキャンペーンガールではなく、暗い世界で餌を誘い込むために自分の手元だけを地味に照らしぼっち街道まっしぐらな生き方しかできないぼっちである。

 この人の声を"清涼感のある涼しげな美声"と評価するファンもいるのだろうが、改めて耳にすると全く異なる評価になって面白いものだ。


「ちょっと拓弥、心の声丸聞こえなんですけどッ!?」


 檻の中のチンパンジーみたいな奇声が聞こえたかと思えば、それは玲亜姉さんのものだった。

 凄いなこの人、こんな声も出せるだな。

 流石は女性声優、女性声優もプロなんだな。


「ここ、秋葉原だよな? 上野は一駅隣のはずだけどな」

「誰がチンパンジーよっ!?  そもそも上野動物園に今チンパンジーいないらしいわよ」

「脱走して隣駅の周辺までやって来たのか」

「だから私はチンパンジーじゃないわよッ!!」


 確かに玲亜姉さんはサル顔ではないな。

 丸顔ではあるけど。


「今は私の好きな色___この群青色についてが本題よ! そもそも失礼な心の声が途中から出てたんですけど……」

「本題っていうならパソコン買うことだと思うけど」


 家電製品店の一角で、どうして姉弟していで色について話さなきゃならんのだ。

 んなもん自分のラジオ番組で語りゃファンも喜ぶだろう。


「うぅぅ……そもそも酷いのは拓弥だよ。心の声が丸聞こえだとからね。私のことを深海魚だとか、謝って、私と群青色に対して今すぐ謝って!」

「女性声優に厳しい態度を取る厄介者だから無理ですごめんなさい」

「謝罪を口にしつつ悪口重ねるの悪質だからねっ!!」


 動物園どころか野生のチンパンジーの方が大人しいんじゃないのか、マジで。

 どんだけ構ってほしいんだよ、この人は。


「本当に酷いよ拓弥……私だって確かにネガティブというか、ぼっちなところもあるけどね。ほら、見た目は涼しげで爽やかな風が似合う黒髪ロングの清楚系なんだからね!」

美沙貴みさきも同じこと言ってたぞ」


 前から思っていたが、姉妹の中でも美沙貴と玲亜姉さんって共通点が多い気がする。

 言い換えればキャラが被っているだけかもしれないが、ならどちらかいなくとも構わないな、うん。


「美沙貴ちゃんも確かにネガティブだけど、でも私はまだポジティブだよ、きっと! ベクトルが違うんだよね」

「あの【闇の美沙貴】と比較すればな」

「そうだよ。だから私や群青色のことを悪いイメージで捉えないでよ」

「はぁ……こうして無駄な話してるからなかなか決まんねぇんだろ」

「流されたし……。ま、買わないのはアレだけどさ」

「はぁ……どうして姉さんたちとの会話って脱線が多いんだろうか」

「JR姉貴日本では脱線は日常茶飯事だよ。つまりさ、それだけ話が弾んでる、つまりなんだかんだで仲良しなんだと思うよ!」

「脱線で結果ポジティブとかあり得るんか」


 この建物、駅の近くだ。

 とんでもなく不謹慎だな。

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