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9話

送られてきた写真には、九条中央病院の前で同じ傘に入る俺と雨宮が写っていた。

 

『次は逃がさない』

 

 ・・・いいね。ずいぶんと分かりやすい脅迫じゃないか。

 

「この写真、いつ撮られたんでしょうか」

 

「俺たちが病院にいたのは一時間くらい前だ。少なくとも、そのときには見られてたってことだな」

 

「でも、周りには誰も・・・」

 

「写真を見る限り、正面からじゃない。病院の駐車場か、道路の反対側から撮ってる」

 

 画面を拡大してみるが、撮影者の姿が写っているわけではない。写真の情報も削除されており、撮影した機種や正確な時刻は分からなかった。

 

 まぁ、犯人が自分の顔付きで自撮りを送ってくるほど親切ではないよな。

 

「爺や。病院の防犯映像を確認できる?」

 

「すでに警備責任者へ依頼しております。病院正面、駐車場、周辺道路の映像を保存するよう伝えました」

 

「さすが爺や、仕事が早いね」

 

「司様が次に仰ることくらい、長年お仕えしていれば分かります」

 

「じゃあ俺が次に言うことは?」

 

「明日は学校を休む、と」

 

「違うよ。雨宮の部屋の警備を増やして、だ」

 

「おや。学校へ行かれるのですか?」

 

「俺を何だと思ってる?」

 

「新学期早々、雨の中で行方不明になった生徒でしょうか」

 

「・・・・・・、明日は学校へ行く。雨宮も一緒に」


 無視無視

 

「えっ、私もですか?」

 

「学校を休んで一日中ここにいるか?さぞお姫様待遇を味わえるだろうな?」

 

「・・・行きます」

 

「決まりだな。送り迎えも爺やに頼む」

 

「かしこまりました」

 

「待ってください。同じ車で学校へ行くんですか?」

 

「同じ学校なのに、別々の車で行く意味ある?」

 

「あります!変な噂が立つじゃないですか!」

 

「昨日会ったばかりの男の家に泊まった時点で、噂になったら手遅れだろ?」

 

「誰にも言わなければ分かりません!」

 

「じゃあ、同じ車から降りても誰にも言わなければ大丈夫だな」

 

「それは見たら分かるでしょう!」

 

 よく声が出るね。もう深夜なのだから、少しは静かにしてほしい。

 

 怒らせたのは俺だけど。

 

「とにかく、今夜はもう寝ろ。携帯は俺が預かる」

 

「嫌です」

 

「またメッセージが来たら眠れないだろ?」

 

「でも、お母さんから連絡が来るかもしれません」

 

「なら通知だけ切って持っておけ。知らない番号には返信も電話もしないこと」

 

「子供じゃないんですから分かってます」

 

「さっき返信しようとしてたけど?」

 

「・・・もうしません」

 

 雨宮は気まずそうに目を逸らした。

 

「鍵を閉めて寝ろよ」

 

「あなた、本当に入ってきませんよね?」

 

「入りたくなったらノックするよ」

 

「ノックされても開けません」

 

「それなら安心だ」

 

 扉を閉める直前、雨宮が小さな声で俺を呼び止めた。

 

「九条君」

 

 初めて名前で呼ばれた気がして、少しだけ驚いた。

 

「何?」

 

「・・・巻き込んで、ごめんなさい」

 

「だから、勝手に首を突っ込んだのは俺だって」

 

「それでもです」

 

「じゃあ、全部終わったら何かお礼してくれ」

 

「私にできることなら」

 

「お前が飛び降りるところを一番近くで――」

 

「おやすみなさい!」

 

 勢いよく扉を閉められた。

 

 冗談なのに。面白くなかったか・・・

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 翌朝。

 

 いつもより少し早く目を覚まし、一階の食堂へ向かうと、すでに雨宮が朝食を食べていた。昨日と同じ制服を着ているが、シャツや靴下は屋敷にあった新品へ替えたらしい。

 

 黒髪も綺麗に整えられ、目の下に少しだけ隈があることを除けば、普段どおりに見えた。

 

「おはよう」

 

「・・・おはようございます」

 

「眠れた?」

 

「少しだけ」

 

「俺の家、世界一安全だっただろ?」

 

「知らない家で、知らない人が隣の部屋にいて、知らない番号から脅されてたんですよ。眠れるわけないでしょう」

 

「俺は知ってる人だろ?」

 

「知り合って三日目です」

 

「もう三日目か。長い付き合いになったな」

 

「短いです」

 

 どうやら寝不足でも、突っ込む元気はあるようだ。朝食を済ませ、雨宮と一緒に車へ乗る。本人は学校から少し離れた場所で降りたいと主張したが、危ないから却下した。

 

 校門の前へ車が止まり、後藤さんが後部座席の扉を開ける。俺が先に降り、そのあとを雨宮が続いた。

 

 周りにいた生徒たちの視線が、一斉にこちらへ集まる。

 

「ほら!だから嫌だったんです!」

 

「見られてるだけだろ?」

 

「そのうち変な噂になります!」

 

「もうなってるかもよ?」

 

 校舎へ向かおうとしたところで、聞き慣れた明るい声が後ろから飛んできた。

 

「えっ!?ちょっと待って!九条君と雨宮さん、どうして同じ車から降りてきたの!?」

 

 振り返ると、橘いちかが目を輝かせながら走ってきた。よりによって、一番面倒そうな人に見つかったな。

 

「おはよう、橘」

 

「おはようじゃないよ!何があったの!?」

 

「雨宮を迎えに行った」

 

「九条君!」

 

 隣の雨宮に怒鳴られた。嘘は言ってないだろ?昨日は病院まで迎えに行ったのだから。

 

「迎えに行ったって、朝から?雨宮さんの家に?」

 

「細かいことは本人の許可なく話せないな」

 

「前もそれ言ってた!二人、絶対何かあるでしょ!」

 

「何もありません!」

 

 雨宮が即答した。そこまで力強く否定されると、少し傷つくな。別に何かあってほしいわけでもないけど。

 

「じゃあ、どうして同じ車で?」

 

「たまたまです!」

 

「そんな偶然ある?」

 

「九条家の車が、たまたま雨宮の泊まった家の前を通った」

 

「九条君は黙っててください!」

 

 朝から元気だねぇ。

 

 いちかは納得していない様子だったが、予鈴が鳴ったため、ひとまず三人で教室へ向かった。

 

 -------------------------------------------------------------------------

 

 二時間目が終わった休み時間。

 

 俺のスマートフォンへ、三枝さんから連絡が入った。

 

『受取人変更手続きについて、確認できたことがございます』

 

 教室内を見る。雨宮は窓際の席で、橘に話しかけられていた。俺が目で合図すると、少し不満そうな顔をしながらも席を立つ。

 

 昨日使った特別教室へ移動し、三枝さんへ電話をかけた。

 

『司様。受取人変更の申請は、一か月前に九条生命の城南支店で行われております』

 

「郵送じゃなくて、直接か?」

 

『はい。契約者である雨宮茂氏と、被保険者である雨宮雫様が来店した記録になっています』

 

「雨宮は行ってない」

 

『その点について、防犯映像を確認しました』

 

「何が映ってた?」

 

『雨宮茂氏と、十代と思われる女性です』

 

 隣で聞いていた雨宮が、目を見開いた。

 

「顔は?」

 

『マスクを着用しており、正面から顔を確認できる場面はほとんどありません。ただ、髪型や体格は雨宮雫様と大きく違わないように見えます』

 

「本人確認はどうした?」

 

『顔写真付きの学生証と健康保険証が提示されています。現在、書類の写しと受付担当者への聞き取りを行っております』

 

「私の学生証は、ずっと私が持ってます」

 

 雨宮が電話へ聞こえるように言った。

 

『となりますと、提示された学生証自体が偽造された可能性がございます』

 

「映像、俺たちにも見せられる?」

 

『静止画を切り出し、雨宮様ご本人へ確認いただけるよう手配します』

 

「すぐ送って」

 

『承知しました』

 

 電話を切ってから、数分後。三枝さんから一枚の画像が届いた。九条生命の支店に設置された防犯カメラの映像。

 

 受付の椅子へ座る雨宮茂と、その隣にいる一人の少女。黒い髪。雨宮と同じくらいの身長。白いマスクで顔の半分を隠している。

 

「この人、知ってる?」

 

「顔が見えないので、分かりません」

 

「服は?」

 

 映像に写っている少女は、紺色のブレザーとスカートを身につけていた。胸元には、見覚えのある校章。

 

 俺は自分の制服へ目を落とし、画像をもう一度見た。

 

「・・・これ、どう見てもうちの制服だよな?」

 

「はい」

 

 雨宮の声が震えた。父親へ協力し、雨宮雫になりすまして保険金の受取人を変更した少女。

 

 そいつは、俺たちと同じ学校の制服を着ていた。

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